個人が、自分が支配する法人や親族等に暗号資産を贈与したり、時価よりも著しく低い価額で譲渡した場合、所得税の税金に注意する必要があります。所得税法では、棚卸資産の贈与や低額譲渡に関して、特別なルールを定めています。暗号資産にも同様の規定が適用され、結局「時価で譲渡した場合と同様の所得計算を行う」必要が出てきます。
贈与や低額譲渡に対する課税ルール
所得税法40条1項には、棚卸資産等を贈与や遺贈、または著しく低い価額で譲渡した場合の税務処理が定められています。その具体的な内容は次のとおりです。
- 贈与や遺贈の場合
棚卸資産等を誰かに贈与した場合、その時点のその「棚卸資産の価額」が総収入金額に算入されます(所得税法40条1項1号)。これにより、その贈与した年の事業所得や雑所得に反映されることになります。つまり、形式上は贈与であり、対価として相手方から1円も受け取っていないにもかかわらず、時価で譲渡した場合と同様の税金がかかるということです。 - 著しく低い価格での譲渡
もし、その「棚卸資産の価額」よりも極端に低い価額で譲渡した場合、その「棚卸資産の価額」と譲渡価格との差額のうち、実質的に贈与をしたと認めれる部分が総収入金額に加算されます(所得税法40条1項2号)。つまり、形式上は売買であっても、上記差額と譲渡価格の合計額が総収入金額に計上されるため、時価で譲渡した場合と同様の税金がかかるということです。
実務上の基準
そうすると重要になるのは、「棚卸資産の価額」です。これは、「通常販売価額」を意味すると解されていますが、実務上は、事業者が、「通常販売価額」のおおむね70%以上、かつ、取得価額以上の金額をもって帳簿に記載し、これを事業所得の金額の計算上総収入金額に算入しているときは、当該金額でも認められています(所得税基本通達39-1、39-2)。
また、この場合の著しく低い価額の対価とは、実務上、その棚卸資産の価額(上記と同じ「通常販売価額」)のおおむね70%に満たない額をいうものとされてます(所得税基本通達40-2)
例えば、次の場合の所得金額の計算について、国税庁は次のとおり説明しています(国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」(令和5年12月改訂)2-10)。
- 4月9日に 450 ,000 円で1 BTC を購入
- 5月 20 日に 450 ,000 円で1 BTC を売却
- 売却時における交換レート は 1 BTC 1, 000 ,000 円
- 暗号資産の売買手数料については勘案せず
〇 低額譲渡に該当するかどうかの判定 ①売却価額 450 ,000 円 ②時価の 70 %相当額 1, 000,000 円 × 70% =700 ,000円 ③ ①<②であることから、売却価額は、時価の 70 %相当額未満であり、低額譲渡に該当 〇 総収入金額算入額 低額譲渡に該当する場合の総収入金額は、実際の売却価額に加えて、時価の 70 %相当額との差額を総収入金額に算入 450,000円 + (70 0,000円-45 0,000 円) = 700,000円 (実際の売却価額) (時価の70%相当額との差額) (総収入金額算入額) 〇 所得金額の計算 700,000円 - 450,000円 = 250,000円 (総収入金額) (譲渡原価) (所得金額) |
課税されない例外的な取扱いは暗号資産にも適用されるか?
時価よりも著しく低い価額で譲渡しても、所得税法40条による課税が適用されないケースもあります。例えば、商品の型崩れや流行遅れにより値引き販売が通常行われる場合や、広告宣伝や金融上の換金処分の一環として行う場合は、この規定が適用されないこととされています(所得税基本通達40-2(注))。
このような例外的な取扱いは暗号資産にも適用されるのでしょうか。国税庁は見解を明らかにしていません。
所得税法40条の規定は、棚卸資産に対して適用されます。
暗号資産は所得税法上の「棚卸資産」からは除外されていますが、所得税法40条の規定の適用はあります(所得税法40条、所得税法施行令87条)。しかも、棚卸資産は通常、販売目的で保有している資産であると解されていますが、暗号資産は保有目的問わず、同条の規定の適用があるので注意が必要です。「販売目的で保有していたわけではない暗号資産を低額譲渡したのだから、所得税法40条の規定の適用はないはずだ」という主張は通らないということです。
この意味では、暗号資産に対して非常に厳しい税務処理を求めるものとなっているといえるでしょう。
暗号資産の保有目的が多様化している中で、法人税の期末時価評価課税のみならず、所得税の贈与・低額譲渡課税も今一度、規定内容を点検すべきでしょう。
含み益への課税
暗号資産は価格の変動が激しく、含み損益が多額になることがあります。
所得税法40条によれば、暗号資産を贈与や低額譲渡した場合、その保有者において含み損益が実現したものとして、課税されることになります。
この規定は、贈与や低額譲渡を通じて利益が他者に移転(所得の転嫁)がなされることを防ぐために設けられていると考える方もいるでしょうし、他方で、暗号資産は売却して利ザヤを稼ぐことが主たる保有目的だから、贈与や低額譲渡の場合に時価で評価して課税することに支障がないため設けられていると考える方もいるでしょう。
贈与や低額譲渡を受けた側の処理
贈与や低額譲渡受けたのが個人である場合には贈与税の課税関係、法人である場合には法人税の課税関係を検討する必要があります。