暗号資産での税金支払い
日本ではまだこの制度は導入されていませんが、アメリカのいくつかの州では、納税者が暗号資産を使って税金を支払うことができる制度を導入しています。
このような取り組みは、クリプト企業を惹き付ける可能性があり、先進的で革新的な州としての評判を高め、デジタル通貨の価値を確立する一助となるかもしれません。また、暗号資産を多く保有している納税者にとっては、法定通貨に換えることなく直接納税することが可能となり、時間や手数料を節約できる場合もあるでしょうし、いずれにしても支払の選択肢が増えることは個々の納税者にとってはいいことかもしれません。
しかし、暗号資産を使って税金を支払う際には、課税イベントが発生し、支払いに使用した暗号資産のキャピタルゲインやロスを計算しなければなりません。このため、手続きが複雑になり、場合によっては納税額が増加する可能性があります。
また、自治体がPayPalのような決済サービスを利用して暗号資産を法定通貨に換える場合や納税者が暗号資産で納税する際にトランザクションフィーがかかる場合には、暗号資産での納税は他の支払い方法に比べて不利になります。
さらに、自治体側では、暗号資産ウォレットの管理やセキュリティに対する懸念もあります。納税者側では、自分のウォレットアドレスを課税当局に共有することに対する躊躇もあるでしょう。ウォレットアドレスを提供することで、課税当局に暗号資産の残高や関連するブロックチェーン取引が知られてしまう可能性があるからです。たとえ、PayPalなどを通じて支払うことで、自治体が納税に使用された納税者のウォレットアドレスを直接的には把握していないとしても、自治体が容易に調査できるのであれば、この問題は残ります。
米国の州における暗号資産による納税の現状
このような複雑さを考えると、暗号資産ユーザーは本当にこの支払い方法を受け入れているのでしょうか?
Michael J. Bolognaは、“Crypto Tax Payments Get Few Takers as More States Eye Programs” (Bloomberg Tax, Oct. 3, 2024)という記事の中で、暗号資産を税金の支払いに使うことを受け入れているアメリカの州の現状について、次のとおり、整理しています。
コロラド州が暗号資産での納税を可能にしてから2年が経過しましたが、これまでの利用件数は72件、総額は約5万6千ドルにとどまっています。これはビットコインの高価格を考えると少額であり、同じく暗号資産を受け入れているユタ州はまだ1件の支払いも受けていません。
それにもかかわらず、他の州(アリゾナ州、オハイオ州、ルイジアナ州など)は、暗号資産での納税を認める法案を提出したり、可決したりしています。支持者たちは、暗号資産を受け入れることで革新を促進し、ビジネスに友好的な州としての地位を高めることができると主張しています。
一方で、これにより税金の支払いの手続きが不必要に複雑化しているという批判的な指摘もあります。コロラド州やユタ州は暗号資産を法定通貨として認めていないため、PayPalのような第三者決済処理企業を通じて暗号資産をドルに換える必要があります。これにより、納税者にとっては手数料が発生し、暗号資産での支払いが不利になります。また、暗号資産を売却して税金を支払うことにより、納税者にとっては課税対象となるキャピタルゲインが発生し、さらに手続きが複雑化します。
州議会の議員は、暗号通貨に強い関心を示し、ブロックチェーン技術や消費者保護に関連する法案を提出していますが、税金に関する関心はあまり強くないようです。取引コストの高さと低い利用率を考えると、暗号資産での納税は、現時点では、広く採用される段階には至っていないようです。
カリフォルニア大学アーバイン校ロースクールの租税法の教授であるOmri Marianは、「なぜ州がこれをやりたがるのか、その理由は、それが『クール』に見えるからという以外にはないと理解している」、「そこに政策的な意味はない。州にとっては徴税コストが増えるだけで、目に見えるような利益はない」とコメントしています。
この記事のまとめ
現時点では、暗号資産での納税には以下のような利点と欠点(課題)があります。
暗号資産で税金を支払う利点:
・暗号資産ビジネスの誘致:
暗号資産を受け入れることで、暗号資産関連企業を誘致できる可能性があります。
・技術的な近代化
暗号資産を採用することで、納税システムが技術的に近代化されます。
・暗号資産保有者への利便性
暗号資産を多く保有する納税者にとって、法定通貨への換金手続きを省略できます。
・先進的なイメージと革新性
暗号資産を受け入れることで、技術的な先進性がアピールされます。
暗号資産で税金を支払う欠点(課題):
・税負担増・事務負担増
暗号資産を売却して税金を支払う場合、キャピタルゲインが発生し、納税者にとっての税負担が増えるケースがあります(もちろん、キャピタルロスが発生すれば、逆に税負担が減少します)。キャピタルゲイン・ロスの計算や申告の手間がかかります。
・取引手数料:
決済サービスやブロックチェーンを利用することで手数料が発生します。
・低い普及率に見合わない維持費:
システムの運用コストが、利用率に見合っていない可能性があります。
・運用とセキュリティのリスク
地方自治体側での暗号資産ウォレットの運用やセキュリティの管理に課題があります。
結局、暗号資産で税金を支払うことに利点を見いだすことはできるものの、広く普及させるにはいくつかの課題が残っているといえるでしょう。なお、国や地域によって暗号資産を取り巻く環境は異なるため、米国や日本以外の国や地域では、暗号資産による納税の受入れ状況について異なる風景が広がっているかもしれません。