今回取り上げる国税不服審判所の裁決は、暗号資産の譲渡による損失が税務上認められなかった事例を扱っています。
具体的には、請求人が所有していた暗号資産を前夫に売却し、その取引によって損失が発生したと主張しましたが、その主張が税務当局によって否認されました。
請求人は、暗号資産を保管しているウォレットとそのIDおよびパスワードを前夫に譲渡したと述べ、損失が生じたことを示す証拠として売買契約書や確認書を提出しました。しかし、審判所は請求人の提供した証拠が不十分であるとして、この請求を認めませんでした。
審判所の判断の核心は、暗号資産が適切に譲渡されたことを証明する証拠が欠如していた点にあります。
通常、暗号資産の取引や譲渡を証明するためには、ブロックチェーン上の送受信履歴やトランザクションの確認が重要な要素となります。しかし、請求人はウォレットの引き渡しやパスワードの提供が行われたことを主張したものの、その取引の実態を裏付けるオンチェーンの記録や具体的な証拠を示すことができませんでした。ウォレットのIDや暗号資産の譲渡に関する技術的な証拠が提示されなかったため、審判所はその事実認定において慎重な姿勢を取りました。
また、審判所は、請求人が提出した売買契約書や確認書のみでは、暗号資産の実際の引き渡しや損失の発生を証明するには不十分であると判断しました。契約書や確認書自体は取引の存在を証明するための一つの手段に過ぎず、特にデジタル資産である暗号資産の取引においては、ウォレットの操作履歴や送受信記録といった技術的な裏付けが必要です。さらに、取引の対価として支払われた金額や取引が完了したことを示す客観的な証拠も不十分であり、税務当局の側からは、これらの不備が指摘されました。
また、請求人と前夫の陳述も一貫性に欠ける部分がありました。取引が実際にどのように行われたのか、そしてどのタイミングで暗号資産が譲渡されたのかについて、両者の説明が一致していなかったため、審判所はこの点についても懸念を示しました。暗号資産の譲渡が事実上行われていない可能性や、取引の正当性に疑問を持たれることとなりました。このような状況から、審判所は、請求人の主張する損失は税務上認められるべきものではないと判断しました。
この裁決は、暗号資産に関する取引において、単に契約書や確認書といった書面上の証拠だけでは不十分であることを示しています。
特に暗号資産は、ブロックチェーン上での取引履歴やトランザクションの記録が非常に重要な証拠となり得るため、取引に関する証拠を十分に確保しておくことが求められます。暗号資産の売買や譲渡においては、デジタルな証跡を正確に残し、それを税務当局、審判所・裁判所に提出できるような準備が必要です。この裁決は、暗号資産取引における透明性と証拠の重要性を強調するものであり、今後の類似の事例にも影響を与える可能性があります。
納税者が、暗号資産取引における税務上の損失を計上する際に、厳格な証明義務が伴うケースがあることを再認識させる裁決例として注目されます。特に、個人間の取引において、書面上の取引契約だけでなく、取引の技術的な側面も含めた十分な証拠を用意することが重要であり、それが税務調査や審判においても求められることが改めて確認された事例となりました。