海外の銀行に預けていた定期預金の利子。銀行が経営破綻し、営業許可が取り消された場合、その未収利子を「所得がなかったもの」として税金を戻してもらえるのでしょうか。
令和6年5月7日の国税不服審判所裁決では、インドネシアの銀行が清算手続に入り、元社長が実刑判決後に所在不明となったケースが争われました。請求人は所得税法64条の「所得計算の特例」に基づき更正の請求を行いましたが、審判所はこれを認めませんでした。最大の理由は、納税者側による「回収不能であることの立証不足」です。海外の預金保険制度の存在や、債権が法的に消滅した証拠の欠如がどう影響したのか。実務で求められる厳格な立証責任について確認します。
裁決要旨
国税不服審判所ホームページの裁決要旨
請求人は、外国に所在する銀行(本件銀行)の清算手続開始等により、本件銀行に預け入れた定期預金から生じた利子のうち未収のもの(本件未収利子)が回収不能となった事情は、所得税基本通達51-11《貸金等の全部又は一部の切捨てをした場合の貸倒れ》又は51-12《回収不能の貸金等の貸倒れ》に定める事由と同等であるから、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となつた場合等の所得計算の特例》第1項に規定する回収することができないこととなった場合に該当し、国税通則法第23条《更正の請求》第1項第1号に規定する更正の請求ができる場合に該当する旨主張する。
しかしながら、更正の請求をする場合には、納税者側においてその申告内容が真実に反することの立証をすべきであるところ、請求人が提出した各資料からは、本件未収利子に係る債権が法律上消滅したと認めることはできず、また、債務者である本件銀行の資産状況、支払能力等からみて、本件未収利子の全額を回収できないことが明らかであると認めることもできない。したがって、請求人において、本件未収利子が回収不能となったことの立証がされているとはいえず、同号に規定する更正の請求ができる場合に該当しない。(令6. 5. 7 東裁(所)令5-99)
事案の概要
本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、インドネシア共和国に所在する銀行(以下「本件銀行」という。)に預け入れた定期預金から生じた利子所得について、本件銀行の営業許可の撤回及び清算手続開始等により、利子所得に算入した金額のうち未収となっている部分(以下「本件未収利子」という。)が回収不能となったとして、当該金額は所得税法第64条第1項により「なかったもの」とみなされるなどと主張し、更正の請求をした事案である。
これに対し、原処分庁は、本件未収利子が回収不能であるとは認められないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分を行った。請求人は、これを不服として審査請求を行った。東裁(所)令5第99号
関係法令等
イ 国税通則法(令和4年法律第4号による改正前のもの。以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第1項柱書及び同項第1号は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときには、当該申告書に係る国税の法定申告期限から5年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができる旨規定している。
ロ 所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第1項は、その年分の各種所得の金額(事業所得の金額を除く。)の計算の基礎となる収入金額又は総収入金額(不動産所得又は山林所得を生ずべき事業から生じたものを除く。)の全部又は一部を回収することができないこととなった
場合には、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす旨規定している。
ハ 所得税基本通達51-11《貸金等の全部又は一部の切捨てをした場合の貸倒れ》は、貸金等について次に掲げる事実が発生した場合には、その貸金等の額のうちそれぞれ次に掲げる金額は、その事実の発生した日の属する年分の当該貸金等に係る事業の所得の金額の計算上必要経費に算入する旨定めている。
(イ)更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定があったこと。
これらの決定により切り捨てられることとなった部分の金額
(ロ)特別清算に係る協定の認可の決定があったこと。
この決定により切り捨てられることとなった部分の金額
(ハ)法令の規定による整理手続によらない関係者の協議決定で、次に掲げるものにより切り捨てられたこと。
その切り捨てられることとなった部分の金額
A 債権者集会の協議決定で合理的な基準により債務者の負債整理を定めているもの
B 行政機関又は金融機関その他の第三者のあっせんによる当事者間の協議により締結された契約でその内容が上記Aに準ずるもの
(二)債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知したこと。
その通知した債務免除額
二 所得税基本通達51-12《回収不能の貸金等の貸倒れ、》は、貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、当該債務者に対して有する貸金等の全額について貸倒れになったものとしてその明らかになった日の属する年分の当該貸金等に係る事業の所得の金額の計算上必要経費に算入する旨定めている。
ホ 所得税基本通達64-1《回収不能の判定》は、所得税法第64条第1項に規定する収入金額又は総収入金額の全部又は一部を回収することができなくなったかどうかの判定については、同通達51-11から51-16《更生手続の対象とされなかった更生債権の貸倒れ》までの取扱いに準ずる旨定めている。
基礎事実
本件定期預金と利子の状況
請求人は、インドネシアに所在する本件銀行において、請求人及びその親族名義で、複数の定期預金(以下「本件各定期預金」という。)を保有していた。請求人は、預入日以降、平成28年3月までの間、本件銀行から本件各定期預金に係る利子の支払を受けていた。
本件銀行の営業許可の撤回等
本件銀行は、インドネシアにおける金融機関の監督機関によって、営業許可が撤回された。その後、インドネシアの預金保険制度を運営する公的機関により、清算手続が行われることとなった。
更正の請求に至る経緯
請求人は、平成28年分の所得税等について、本件未収利子17,097,500円相当額(約21億ルピア)を利子所得の収入金額に含めて申告した。
しかし、当該利子は現実には支払われておらず、回収不能であるとして、利子所得の金額が過大であるなどと主張し、更正の請求を行った。
これに対し、原処分庁は、「本件未収利子が回収不能であるという事実は認められない」として、更正をすべき理由がない旨の通知処分を行った。
争点
本件の争点は、本件更正の請求が、国税通則法第23条第1項第1号に規定する「更正の請求ができる場合」に該当するか否かである。
具体的には、本件未収利子が、所得税法第64条第1項に規定する「回収することができないこととなった場合」に該当するか、すなわち、当該利子が回収不能となったといえるかが問題となった。
争点についての主張
請求人の主張
請求人は、本件未収利子について、
- 所得税基本通達51-11(貸金等の全部又は一部の切捨てをした場合の貸倒れ)
- 所得税基本通達51-12(回収不能の貸金等の貸倒れ)
に定める事由と同等の状況にあると主張した。
具体的には、本件銀行の資産状況が悪化していたこと、利子の支払が滞り、最終的に停止したこと、営業許可が取り消され清算手続が開始されたこと、本件元社長が支払を約束していたが履行されなかったことなどを挙げ、本件未収利子は事実上回収不能であると主張した。
したがって、本件未収利子は、所得税法第64条第1項に規定する「回収することができないこととなった場合」に該当し、更正の請求が認められるべきであるとした。
原処分庁の主張
原処分庁は、請求人が提出した資料からは、
- 本件未収利子に係る債権が法律上消滅したかどうか
- 具体的にいくらが切り捨てられたのか
- 本件銀行の資産状況や支払能力
などが明らかではないと指摘した。
そして、本件未収利子の全部又は一部を回収することができないと認めるに足りる証拠はないとして、所得税基本通達51-11及び51-12のいずれにも該当しないと主張した。
審判所の判断
更正の請求における立証責任
審判所は、申告納税方式を採る所得税においては、納税者の申告によって税額が確定するのが原則であるとした。
その上で、国税通則法第23条第1項に基づく更正の請求については、
自ら計算した所得金額等を記載した申告内容の更正を請求する納税者側において、その申告内容が真実に反するものであることの立証をすべきである
とした。
「回収することができないこととなった場合」の解釈
審判所は、所得税法第64条第1項にいう「回収することができないこととなった場合」について、
回収の見込みのないことが客観的に明らかな状況において、当該債権が法的に消滅した場合又は客観的にこれと同視し得る状態にある場合
を指すと解するのが相当であるとした。
そして、その具体的な判断基準として、所得税基本通達51-11から51-16の取扱いに準ずるとする通達64-1の定めは合理的であるとした。
所得税基本通達51-11該当性
審判所は、通達51-11が、債権が法律上消滅した場合を想定しているとした上で、本件について検討した。
その結果、本件銀行の営業許可が撤回され、清算手続が開始されたことは認められるものの、
本件未収利子に係る債権が法令の規定等により切り捨てられた事実があったとは認められない
とした。
また、請求人又は代理人弁護士が、債務免除額を書面で通知した事実も認められないとして、
本件未収利子が法律上消滅したとは認められないと判断した。
所得税基本通達51-12該当性
審判所は、通達51-12が、法律上債権は存在するが、事実上その回収ができない場合を対象とするものであるとした。
しかし、本件では、
- 清算手続の具体的な状況
- 本件銀行の資産状況
- 支払能力
が明らかではなく、
本件未収利子の全額が回収できないことが明らかであるとはいえない
とした。
さらに、インドネシアでは預金保険制度があり、元本及び未払利息も保証対象となることから、
本件未収利子が全額回収不能であると直ちにいえる状況にはない
と判断した。
「(2) 請求人が提出した資料
請求人が、本件末収利子について、所得税基本通達51-11又は同通達51-12に定める事実があることを証明するものとして、原処分庁及び当審判所に提出した主な書類の内容は、要旨次のとおりである(以下、当該苦類を併せて「本件各資料」という。) 。
イ 「証言書」と題する各書面
平成29年9月15日付及び同月23日付の「証言書」と題する各書面には、本件元
社長が、本件各定期預金の払戻しについて、請求人との合意日である同月22日までに行うことはできないが、必ず払い戻す旨証言した旨が記載されている。
ロ「記者会見」と題する書面
???の「記者会見」と題する書面には、本件監督機関が、①本件監督機関は、同日付で本件銀行の営業許可を撤回したこと、②本件保険公社は、法律に従って引受機能を実行し、本件銀行の清算手続を実行すること、③本件監督機関は、本件銀行の顧客に対し、銀行の公的資金は適用される規制を満たしている限り本件保険公社によって保証されているため、落ち着いて行動することを求めていることなどを発表した旨が記載されている。
ハ「発表」と題する書面
???の「発表」と題する書面には、本件保険公社が、上記口の本件銀行の営業許可の撤回に関連して、①本件保険公社は、法律に従って引受機能を実行し、本件銀行の清算手続を実行すること、②本件保険公社は、本件銀行の顧客からの預金保険金支払請求に対し、保険金の支払を受ける資格のある預金か否かを検証することなどを発表した旨が記載されている。
ニ 「件名:定期預金の支払いスケジュール」と題する書面
平成30年1月23日付の「件名:定期預金の支払いスケジュール」と題する書面には、請求人及びその親族から委任された本件弁護士が、本件元社長に対し、本件各定期預金の元本及び本件未収利子等の合計額を同年2月22日に支払うよう求めた旨が記載されている。
ホ「???」と題する書面
令和4年9月29日付の「???」と題する書面には、本件弁護士が、請求人に対し、次のとおり報告した旨が記載されている。
( イ) 本件銀行の業務及び銀行機関は???に本件保険公社により清算・閉鎖されたこと。
(ロ)本件弁護士は、本件銀行の残りの資産、本件元社長又は第三者によってまだ保管されていると疑われる資産の存在を確認等するため、本件元社長の資産に関する調査も実施したが、本件元社長の資産を見つけることができなかった。
(ハ)本件元社長は、懲役5年の実刑判決を受けた後、現在まで所在が不明である。
(二)本件元社長の住居は、現在、貯蓄貸付協同組合が所有しているものの、既に荒廃しており、本件元社長及び関係者と連絡を取ることもできなくなっている。
(ホ)上記(イ)ないし(二)からすると、本件弁護士は、本件元社長が支払わなければならない本件各定期預金の元本及び本件未収利子について、回収できないと結論付けている。
(3) 認定事実
原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
イ インドネシアの領土内で営業する全ての銀行は、預金に対して保険を掛ける義務がある。
ロ 本件保険公社は、インドネシアにおいて銀行が清算された場合、預金保険プログラムに基づき、対象となる預金残高に対して、保証限度額まで保証する。
なお、保証の対象となる預金は、当座預金、定期預金、譲渡性預金、普通預金、その他の同様の形式の預金等であり、保証される預金額は、銀行免許の日付時点での元本及び未払利息、収益からなる預金残高である。
(4) 当てはめ
上記(1)のイのとおり、更正の請求をする場合には、納税者側においてその申告内容が真実に反することの立証をすべきであり、かかる立証がされない限り、申告に係る所得金額をもって正当なものと認めるのが相当である。」
まとめ
以上から、審判所は、
本件各資料は、本件未収利子について、所得税基本通達51-11又は51-12に定める事実があることを立証する証拠として十分ではない
とした。
そして、
本件未収利子が回収不能となったことの立証がされているとはいえない
として、
本件更正の請求は、国税通則法第23条第1項第1号に規定する更正の請求ができる場合に該当しないと判断した。
結論
以上により、審判所は、審査請求には理由がないとして、これを棄却した。
