国税不服審判所は令和6年4月2日、不動産所得の必要経費の可否、青色申告の承認取消しの適法性、医療費控除における保険金の取扱いといった実務上重要な論点について判断を示しました。本件では、請求人が実際には賃貸予定のない不動産について「募集中」と記載し、必要経費を計上していた点が問題とされました。審判所は、単に「将来賃貸するつもりだった」という主観的意図だけでは足りず、近い将来に確実に賃貸に供されると認められる客観的状態が必要であると判示しています。
また、請求人が帳簿や領収書を保存していなかったことから、青色申告の承認取消処分の適法性も争われましたが、審判所は、青色申告制度の趣旨に照らせば、帳簿保存義務違反は軽微とはいえず、取消処分は裁量権の逸脱・濫用には当たらないと判断しました。
さらに、医療費控除に関しては、入院給付金や手術給付金などの保険金が「医療費を補填する保険金」に該当するかが問題となりましたが、審判所は、支払事由からみて医療費の補填を目的とするものであり、控除額から差し引くべきと結論付けています。
不動産所得の実態判断、青色申告の帳簿管理、医療費控除と保険金の関係など、実務に直結する論点がコンパクトに整理された裁決といえるでしょう。
国税不服審判所ホームページの裁決要旨
請求人は、原処分に係る各通知書(本件各通知書)における処分の理由には、重加算税の賦課決定処分について、何がどのような隠蔽、仮装なのかの具体的説明がなく、また、どのような根拠で原処分をしたのかの判断過程の記載もないことから、原処分の理由の提示に不備がある旨主張する。
しかしながら、本件各通知書には、原処分に当たり、原処分庁が基礎とした事実関係の内容及び判断過程等が具体的に明示されているから、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるという行政手続法第14条《不利益処分の理由の提示》第1項本文の趣旨に照らして、同項本文の要求する理由の提示として欠けるところはないというべきである。したがって、処分の理由の提示に不備はない。(令6. 4. 2 東裁(所)令5-89)
請求人は、原処分庁が認定した事実は、恣意的な見解であり、請求人は正しいことを行うために会計ソフト等を使用しており、請求人に隠蔽し、又は仮装した行為はない旨主張する。
しかしながら、請求人は、請求人が所有する不動産(本件不動産)について、将来において貸付けを予定していないにもかかわらず、青色申告決算書の「賃貸人の住所・氏名」欄に「募集中」と記載し、入居者の募集を行うなど本件不動産を賃貸するための具体的な計画や準備をしているとして、不動産所得に係る必要経費を計上することで、過少な所得金額を記載した確定申告書を継続的に提出し続けた。また、請求人は、不動産会社の担当者に対し、専任媒介契約時に賃貸に係る契約の希望があったと事後的に虚偽の申述をするよう依頼しており、当該行為は、請求人が、真実の所得の調査解明に困難を伴う状況を作出し、真実の所得金額を隠蔽しようという確定的な意図の下に行った隠蔽のための具体的な工作であって、真実の所得金額を隠蔽する態度、行動をできる限り貫こうとしたと評価することができる。このような請求人の一連の行為によれば、請求人が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合に該当するというべきであるから、請求人に、国税通則法第68条《重加算税》第1項に規定する重加算税の賦課要件を満たす行為があったということができる。(令6. 4. 2 東裁(所)令5-89)
請求人は、請求人が受領した保険金は、患者の生活を支えるために支給されたものであり、また、入院の諸費用のためであって、医療費の補填のためのものではないから、所得税法第73条《医療費控除》第1項括弧書に規定する医療費を補填する保険金等に該当しない旨主張する。
しかしながら、請求人は、保険契約に基づき入院給付金、手術給付金及び入院一時給付金の支払を受けており、これら入院給付金等の支払事由からすると、入院給付金等は、請求人が入院及び手術をしたことによる費用を補填するために支払われたものであると認められるから、同項括弧書に規定する医療費を補填する保険金等に該当する。 (令6. 4. 2 東裁(所)令5-89)
請求人は、一部の年分の帳簿のデータがないことについて、使用していたシステムに変更があった際に請求人が帳簿のデータをプリントアウトしなかったというミスはあるものの、当該ミスと青色申告の承認の取消処分(本件青色申告承認取消処分)は不均衡であり、本件青色申告承認取消処分には裁量権の逸脱又は濫用があることから、本件青色申告承認取消処分は違法である旨主張する。
しかしながら、請求人は、帳簿を紙媒体で保存しておらず、整理保存すべき領収証も保存していなかったのであるから、請求人の所得税法第148条《青色申告者の帳簿書類》第1項に規定する義務への違反の程度は軽微なものではなく、青色申告制度の趣旨に照らして、本件青色申告承認取消処分が裁量権の逸脱又は濫用に当たるものとは認められない。したがって、本件青色申告承認取消処分には取り消すべき違法はない。(令6. 4. 2 東裁(所)令5-89)
請求人は、青色申告の承認の取消処分(本件青色申告承認取消処分)の通知書には、最高裁判所平成23年6月7日判決に当てはめた説明がなく、また、どのような根拠で処分をしたのかその判断過程の記載もないため、本件青色申告承認取消処分の理由の付記に不備があることから、本件青色申告承認取消処分は違法である旨主張する。
しかしながら、本件青色申告承認取消処分の通知書には、①原処分庁所属の調査担当職員が一部の年分の帳簿書類を確認したこと、②請求人は一部の年分の帳簿データが消えてしまった旨及び必要経費に係る領収書を保存していない旨を申し述べ、青色申告者が備え付けるべき帳簿等を提示しなかったこと、③これらのことは所得税法第148条《青色申告者の帳簿書類》第1項の規定に従っていないことになり、同法第150条《青色申告の承認の取消し》第1項第1号に規定する青色申告の承認の取消事由に該当することが記載されているため、当該記載自体から当該処分がいかなる事実に基づき、いかなる法規を適用してなされたものであるかが十分に了知できるものであると認められるから、当該処分の理由の付記に不備はない。したがって、本件青色申告承認取消処分には取り消すべき違法はない。(令6. 4. 2 東裁(所)令5-89)
事案の概要
本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)に対し、
- 青色申告に係る帳簿書類の備付け等が法令に従って行われていなかったとして青色申告の承認の取消処分
- 本件不動産は貸付けの用に供された事実がないとして不動産所得の否認
- 医療費控除の否認
- さらに重加算税及び過少申告加算税の賦課決定
などを行ったところ、請求人が、これらの原処分の取消しを求めた事案である。
基礎事実
青色申告の状況
請求人は、平成25年10月15日に所得税の青色申告承認申請書を提出し、平成25年分以後の所得税について、青色申告の承認を受けていた。
本件不動産の取得
請求人及び請求人の兄(以下「兄」という。)は、平成26年9月6日、???所在の共同住宅(以下「本件不動産」という。)を相続により取得した。
なお、請求人及び兄の本件不動産の持分は、それぞれ2分の1である。
申告内容
請求人は、本件各年分(平成29年分~令和3年分)について、青色の確定申告書を提出し、
- 本件不動産について、「賃借人の住所・氏名」欄に「募集中」と記載
- 不動産所得の必要経費として各年分にわたり支出額を計上
- 令和3年分については、医療費控除として411,247円を計上
していた。
税務調査と処分
原処分庁は、令和4年8月以降、実地調査を実施し、その結果に基づき、
- 平成27年分以後の青色申告承認取消処分
- 本件各年分の更正処分
- 過少申告加算税及び重加算税の賦課決定処分
を行った。
争点
本件における主要な争点は、次のとおりである。
本件調査の手続に違法があるか(争点1)
本件各更正処分等の理由の提示に不備があるか(争点2)
青色申告承認取消処分は違法か(争点3)
本件各費用は不動産所得の必要経費となるか(争点4)
保険金は医療費控除における「補填」に該当するか(争点5)
重加算税の賦課要件を満たすか(争点6)
審判所の判断
争点1:本件調査の手続に違法があるか
判断枠組み
審判所は、国税通則法の規定に照らし、
「調査手続に単なる違法があるだけでは、直ちに課税処分の取消事由とはならない」
とした上で、取消事由となるのは、
「課税処分が何らの調査なしに行われたような場合」
又は
「証拠収集手続に重大な違法があり、調査を全く欠くのに等しいと評価される場合」
に限られると解した。
当てはめ
審判所は、
- 本件調査担当職員が実際に調査を行っていること
- 関係者への確認等を行っていること
- 調査結果の説明も行われていること
を認定した。
また、請求人が主張するパワハラ・セクハラ・脅迫的言動・情報漏えいについても、
「これらを裏付ける具体的な証拠はなく、当審判所の調査結果によっても、そのような事実は認められない」
とした。
さらに、
- 修正申告の勧奨
- 関係先への調査の示唆
についても、
「それ自体が違法となるものではなく、社会通念上相当の限度を超える態様で行われたとも認められない」
とした。
結論
以上から、
「本件調査の手続に、本件各更正処分等を取り消すべき違法があるとは認められない」
と判断した。
争点2:本件各更正処分等の理由の提示に不備があるか
判断枠組み
審判所は、行政手続法14条1項本文の趣旨について、
「行政庁の判断の慎重と合理性を担保し、その恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えること」
にあるとした。
その上で、
「この趣旨を充足する程度に具体的に明示されていれば、理由の提示として不備はない」
と解した。
当てはめ
審判所は、本件各通知書について、
- 不動産所得の金額
- 翌年以後に繰り越す純損失の金額
- 当年分で差し引く純損失の金額
- 給与所得の金額
- 医療費控除の金額
- 重加算税・過少申告加算税の賦課理由
について、それぞれ
「処分の基礎となる事実関係及び判断過程が具体的に示されている」
と認定した。
そして、
「原処分庁が基礎とした事実関係の内容及び判断過程等が具体的に明示されている」
として、
「行政手続法14条1項本文の要求する理由の提示として欠けるところはない」
と判断した。
結論
したがって、
「本件各更正処分等の理由の提示に不備はない」
とした。
争点3:青色申告承認取消処分は違法か
判断枠組み
審判所は、所得税法148条1項及び150条1項1号の規定から、
「帳簿書類を適切に保存し、検査時に提示できる状態にしておく義務がある」
とした。
また、青色申告承認取消しは裁量処分であるが、
「裁量権の逸脱・濫用がある場合には違法となる」
とした。
さらに、理由付記についても、
「処分の相手方が、どのような事実に基づき、どの法規を適用してなされたかを了知できるものでなければならない」
と判示した。
当てはめ(帳簿保存義務違反)
審判所は、
- 請求人が帳簿を紙媒体で保存していなかった
- 電子帳簿保存法の承認も受けていなかった
- 必要経費に係る領収証も保存していなかった
点を認定し、
「請求人の所得税法148条1項に規定する義務への違反の程度は軽微なものではない」
と評価した。
その上で、
「青色申告制度の趣旨に照らし、本件青色申告承認取消処分が裁量権の逸脱又は濫用に当たるものとは認められない」
と判断した。
当てはめ(理由付記)
通知書には、
- 調査で確認した事実
- 帳簿が提示されなかったこと
- これが取消事由に該当すること
が具体的に記載されているとして、
「当該記載自体から、処分の根拠を十分に了知できる」
とした。
結論
以上から、
「本件青色申告承認取消処分には取り消すべき違法はない」
と判断した。
争点4:本件各費用は必要経費に算入できるか
判断枠組み
審判所は、
「単に主観的に賃貸する意図があるだけでは足りない」
とし、
「近い将来において確実に貸付けの用に供されると考えられる客観的状態にあることが必要」
と判示した。
当てはめ
審判所は、
- 本件不動産は実際に賃貸されていない
- 売却目的で専任媒介契約が締結されていた
- 賃貸に向けた具体的準備行為が認められない
と認定した。
その結果、
「近い将来において確実に貸付けの用に供される客観的状態にあったとは認められない」
とし、
「本件各費用は必要経費に算入できない」
と判断した。
「イ 法令解釈
個人の所有する不動産で、ある年分においていまだ貸付けの用に供されていなかったものに係る支出が、その年分における不動産所得を生ずべき業務について生じた費用と認められるためには、その者がその主観において当該不動産を貸付けの用に供する意図を有しているというだけでは足りず、当該不動産がその形状、種類、性質その他の状況に照らして、近い将来において確実に貸付けの用に供されるものと考えられるような客観的な状態にあることを必要とするものと解すべきである。
なぜなら、所得税法第37条第1項に規定する「その年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」とは、当該支出が不動産所得を生ずべき業務と直接関係し、かつ、当該業務の遂行上必要なものに限られると解するのが相当であるが、とりわけ不動産については、種々の目的に利用することが可能であり、不動産所得を生ずべき資産ともなり得るし、投資用の資産あるいは家事用の資産、趣味用の資産ともなり得るし、将来の売却や利用を考えてはいるが当面は自己又は第三者の債務の担保に供しておくということも考えられ、また、その途中において利用方法を変更することも比較的容易である。そうすると、現に貸付けの用に供されていない不動産については、これが、不動産所得以外の所得の基因となるような利用方法や家事用としての利用方法ではなく、貸付けの用に供されるものであることが外部から識別できるような状態であ
る場合に、初めて、当該不動産に係る支出を不動産所得を生ずべき業務について生じた費用と判定することができるからである。」
争点5:保険金は医療費を補填するものか
審判所は、
- 請求人が入院給付金
- 手術給付金
- 入院一時給付金
の支払を受けていることに着目し、
「これらの支払事由からすると、入院及び手術による費用を補填するために支払われたもの」
と認定した。
その上で、
「所得税法73条1項括弧書に規定する医療費を補填する保険金等に該当する」
と判断した。
争点6:重加算税の賦課要件を満たすか
審判所は、請求人の行為について、
「当初から所得を過少に申告することを意図していた」
と認定した。
具体的には、
- 実際には賃貸予定がないのに「募集中」と記載
- 必要経費を計上し、過少申告を継続
- 不動産会社担当者に虚偽の申述を依頼
などの行為について、
「真実の所得の調査解明に困難を伴う状況を作出し、真実の所得金額を隠蔽しようという確定的な意図に基づく行為」
と評価した。
その結果、
「通則法68条1項に規定する重加算税の賦課要件を満たす」
と判断した。
