この記事でわかること
- 副業のM&A仲介業務が「事業所得」か「雑所得」かを判断する際に重視される「相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性」という基準の意味と、本裁決での適用
- 収入ゼロ・赤字継続・資金を給与収入に依存していた状況が、事業所得の「営利性・有償性」否定の決定的要因となった理由
- 多数の案件リスト作成・案件活動シート管理などの活動実績があっても「社会的客観性をもって事業と認められる実態」がないと判断される場合があること
- 事業所得と雑所得の違いが「損益通算」(給与所得との相殺)の可否に直結し、課税負担に大きく影響すること
- 本裁決(令和6年8月20日・東裁(所)令6-17)が示した理由付記の適法性判断と、高額所得者の副業節税スキームへの影響
本裁決は、会社役員が副業として行ったM&A仲介業務の所得区分が争点となりました。請求人は、多数の案件管理や資料作成を行い、活動に継続性・反復性があったとして「事業所得」を主張し、多額の赤字を給与所得と損益通算しました。しかし、審判所はこれに対し、以下の理由から「事業」に該当しないと判断し、雑所得への振替を支持しました。
最大のポイントは、事業所得の判断において「安定した収益が得られる可能性」を重視した点です。本件では、(1)数年にわたり収入が一切なく、多額の経費のみが発生し続けていたこと、(2)活動資金が自身の給与収入に依存し、経済的な自立性に欠けていたこと、(3)案件検討は行っていたものの、実際の成約や収益獲得に直結する具体的・客観的な行動が希薄であったことが指摘されました。
審判所は、一定の労力を費やしていても「社会的客観性をもって事業と認められる実態はない」と判示しました。この裁決は、特に高額所得者が行う副業において、単なる活動実績だけでなく、営利性や収益の実現可能性が厳格に問われることを示しています。損益通算による節税を検討する実務において、非常に重要な指針となる事例です。
裁決要旨
国税不服審判所ホームページの裁決要旨
請求人は、M&A仲介を目的とする業務(本件業務)から生じた所得は事業所得に該当する旨主張する。しかしながら、本件業務には、継続性・反復性があること、請求人の危険と計算による企画遂行性を有していること、物的設備を備えていること、請求人が精神的・肉体的労力を一定程度費やして行っていた活動であることが認められるものの、これらの活動に要する資金は、専ら請求人が会社役員として得た給与収入から調達されていること、各年分において毎年多額の経費が発生する一方で、収入は一切生じておらず、重要な考慮要素である相当程度の期間継続して安定した収益が得られる可能性が存したとはいえず、営利性・有償性があったとはいえないところ、これらの事情を踏まえ社会通念に照らして事業所得該当性を判断すると、本件業務に係る経済的活動は社会的客観性をもって事業と認められる実態を有するものではないから、本件業務から生じた所得は所得税法上の事業所得に該当せず、雑所得に該当する。(令6. 8.20 東裁(所)令6-17)
基礎事実
請求人の役員としての勤務
請求人は、平成19年6月に【不開示】の取締役に就任し、平成30年4月には【不開示】の取締役最高投資責任者に就任しており、平成30年分、令和元年分及び令和2年分(以下「本件各年分」という。)において、【不開示】から給与収入を得ていた。
本件各年分における請求人の給与等の収入金額は、平成30年分が【不開示】円、令和元年分が【不開示】円、令和2年分が【不開示】円であり、いずれも【不開示】から支払われたものである。
【不開示】は、広告、宣伝に関連する企画及び制作のほか、市場及び広告に関連する調査、情報収集、研究開発、コンサルティング及び調査情報の提供等を目的とする内国法人である。
本件業務の内容
請求人は、本件各年分において、【不開示】の役員業務とは別に、M&Aの仲介を目的とする本件業務を行っていた。
本件各年分において、本件業務のために常時雇用されている者はいなかった。
本件業務に関して、請求人は、次の各書面を作成していた。
・仲介対象として検討等を行うこととした案件273件について、投資先呼称等、URL、主たる業務・事業、本件業務における取扱いの現状を示す「案件ステータス」、検討した事項等を示す「投資検討プロセス」などの項目を記載した「案件リスト」と題する一覧表
・上記案件リストから抽出した143件の投資案件について、投資先呼称等、事業概要、直近の業績、投資によるリスク・メリットなどを記載した「投資案件概要」と題する書面
・本件投資案件ごとに案件コードを付し、情報収集等の活動内容、活動の開始日及び終了日、主な候補企業並びに主な終了理由などを記載した「案件活動シート」と題する管理資料
さらに、請求人は、これらのほかに、本件投資案件に係る活動の終了理由を記載した「案件活動シート終了理由補足メモ」を作成していた。
請求人は、本件投資案件に係る機密情報を入手し、それらの情報を基に本件案件概要書を作成していた。
請求人は、本件各年分において、投資先となる可能性があるM&A案件に関する情報を収集するため、複数のM&Aマッチングサイト等に買手として登録していた。
本件各年分のいずれの年分においても、本件業務から生じた収入金額はない。
調査・更正等の経緯
請求人は、平成15年10月3日、開業日を同月1日とし、事業の概要を「経営コンサルティング、マーケティングサポート、企業買収、統合アレンジなど」と記載した「個人事業の開廃業等届出書」及び「所得税の青色申告承認申請書」を提出し、平成15年分以後の所得税について、青色申告の承認を受けていた。
請求人は、本件各年分の所得税等について、本件業務から生じた所得は事業所得に該当するものとして確定申告を行っていた。
令和3年10月14日、【不開示】税務署所属の調査担当職員は、請求人に対し実地の調査を開始した。
原処分庁は、令和5年6月21日付で、本件業務から生じた所得は雑所得に該当し、その損失の金額は給与所得の金額から控除することはできないなどとして、本件各年分の所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行った。
争点
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点1 | 本件業務(M&A仲介)から生じた所得は、事業所得又は雑所得のいずれに該当するか。 |
| 争点2 | 本件各更正処分の理由の提示に不備があるか否か。 |
本件業務から生じた所得は、事業所得又は雑所得のいずれに該当するか。
本件各更正処分の理由の提示に不備があるか否か。
争点についての請求人の主張
所得区分について
本件業務は、事業の性質上、活動経費が先に発生するものの、継続的に安定した収入を得られることが期待できたことから、営利性及び有償性を有していたる。
また、収益を改善するために、取り扱う案件の見直しを行うなど効率化を図っていた。
さらに、生活の糧が専ら給与収入によって賄われていることは結果論にすぎず、個人事業の事業該当性を否定する直接的な理由にはならないし、本件業務の運転資金はカードローンで賄っていた。
理由の提示について
本件各通知書には、いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって本件各更正処分がされたのかが明示されていない。
また、本件各通知書に記載の内容は、事実と異なる内容を判断基準としており、所得区分が法律の規定に従っていない又は誤りがあることが明らかであるとまでは立証されていない。
審判所の判断
本件業務の所得区分について
所得税法第27条第1項は、事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得をいう旨規定している。
そして、株式会社の役員業務とは別に行われていたM&Aの仲介を目的とする業務から生じた所得が事業所得又は雑所得のいずれに該当するかが問題となる本件においては、当該業務に係る経済的活動が事業に該当するか否かは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該経済的行為に費やした精神的・肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、資金の調達方法、その者の職業、経歴、社会的地位及び生活状況等に加え、「相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性」を重要な考慮要素として、これらを総合考慮し、社会通念に照らして、社会的客観性をもって事業と認められる実態を有するか否かによって判断すべきとした。
請求人は、本件業務に関し、一定程度の継続性・反復性を有し、自己の危険と計算による企画遂行性を有し、物的設備を備え、精神的・肉体的労力を一定程度費やしていた活動であることは認められる。
しかしながら、本件各年分において本件業務から生じた収入は一切なく、各年分において多額の経費が発生していたこと、当該資金は専ら請求人が会社役員として得た給与収入から賄われていたこと、収益の獲得に直結する行動をしていたとは認められないこと、収益改善に向けた具体的かつ現実的な計画が存在したとは認められないことなどを踏まえると、相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存したとはいえず、営利性・有償性があったとは認められないとした。
これらの事情を総合考慮すると、本件業務に係る経済的活動は、社会通念に照らして、社会的客観性をもって事業と認められる実態を有するものではなく、事業に該当しないとした。
したがって、本件業務から生じた所得は、事業所得に該当せず、雑所得に該当すると判断した。
理由の提示の適否について
行政手続法第14条第1項本文は、不利益処分をする場合には、その理由を名宛人に示さなければならないと規定しており、その趣旨は、行政庁の判断の慎重と合理性を担保し、その恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服申立てに便宜を与える点にあると解される。
本件各通知書には、法令解釈を示した上で、本件業務に係る営利性、有償性、反復性・継続性及び企画遂行性の有無、精神的・肉体的労力の有無及び程度、人的・物的設備の有無並びに職業、社会的地位及び収益の状況等について、具体的な事実を摘示し、雑所得に該当すると判断した理由が記載されている。
これらの記載内容からすれば、原処分庁による判断過程及び判断結果並びにその基礎とされた事実関係及び法令解釈を容易に了知し得るといえる。
したがって、本件各更正処分の理由の提示に不備はないと判断した。
結論
以上のとおり、本件業務から生じた所得は雑所得に該当し、また、本件各更正処分の理由の提示に不備はない。
よって、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分はいずれも適法であり、審査請求は理由がないため棄却する。
理由付記要旨
本件各通知書に記載された本件各更正処分の理由の要旨(以下は、令和2年分の所得税等の更正処分に係る通知書に記載されたものであり、平成30年分及び令和元年分の所得税等の各更正処分に係る各通知書についても、同旨の記載がされている。)
あなたが備え付けている帳簿書類等を調査した結果、令和3年3月15日に提出じた令和2年分の所得税及び復興特別所得税の確定申告書(以下「本件申告書」といいます。)において申告された事業所得の金額等に誤りがあると認められましたので、次のとおり更正しました。
1 事業所得の金額
ある経済活動が所得税法上の事業所得を生ずべき事業に該当するかどうかは、その経済活動が、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ、反復継続して営まれる業務であって、社会通念上事業と認められるかどうかにより判断すべきものとされています。
あなたは、あなたが行っている経営コンサルタント及びM&Aの仲介に係る業務(以下「本件各業務」といいます。)が事業所得を生ずべき事業に該当するとして、当年分の事業所得の金額を算出していますが、以下の(1)ないし(7)を総合して勘案すると、本件各業務は、事業所得を生ずべき事業と認められませんので、あなたの事業所得の金額は【不開示】となります。
(1) 営利性の有無について
あなたは、平成27年にコンサルティング業務に係る顧問契約を解除されて以降、本件各業務について収入を得ていません。他方、本件各業務については必要経費を多額に計上し、連年赤字となっていることからすれば、継続して安定した収入を得る見込みであるとはいえず、本件各業務に営利性があると認められません。
(2) 有償性の有無について
あなたは、上記(1)のとおり、本件各業務において、収入を得ていないことから、本件各業務に有償性があると認められません。
(3) 反復性・継続性の有無について
あなたは、本件各業務について、新たな顧問契約を締結するため顧問先を探す営業活動を行ったり、売手となる企業及び買手となる企業と接触し、資料を収集し、約150社のM&Aの売手企業に関する資料を作成し、成約を見据えて契約書のひな型を作成していた旨を申し述べています。また、あなたは、公開情報の収集や「投資案件概要」と題した昔面を作成していたことが認められます。
しかしながら、接待交際喪の支出先及び「投資案件概要」の作成対象である企業等に対し行った反面調査の結果によれば、いずれもあなたから個人事業主としてM&Aの提案を受けたことはない旨申し述べており、あなたが本件各業務に係る積極的、具体的な活動を行っていた形跡は希薄であり、本件各業務について、反復性・継続性は乏しいものと認められます。
(4) 自己の計算と危険においてする企画遂行性の有無について
あなたは、本件各業務に係る指揮命令、監督、介入等に服しておらず、独立性を有し、本件各業務について危険を負担していると認められるため、自己の計算と危険においてする企画遂行性を有していると認められます。
(5) 精神的・肉体的労力の有無及び程度について
あなたは、【不開示】の役員として業務に従事していますが、自身の感覚では、業務に費やす時間のうち
全体の7割程度の時間を役員業務に費やし、残りの3割について役員業務と並行して本件各業務を行っていた旨を申し述べています。また、あなたは、本件各業務において、案件を仕入れるため、M&Aのプラットフォームマッチングサイトに買手として登録しているほか、売手及び買手となる企業と接触し、資料を収集し、売手企業約150社の情報をまとめたA4用紙1枚の「投資案件概要」と題する書面を作成し、また、売手企業との秘密保持契約に係る「秘密保持契約書」と題する書面を作成し、これに署名・押印して、各売手企業に提出していた旨を申し述べています。しかしながら、上記(3)のとおり、あなたが本件各業務について積極的、具体的な活動を行っていたとは言い難く、姿料作成等のため一定の精神的・肉体的労力を費やしていたと認められるものの、その程度は乏しいものと認められます。
(6) 人的・物的設備の有無について
あなたは、本件各業務において使用人を雇っていませんが、本件各業務を行うに当たり、【不開示】の役員執務室で資料作成を行っていたほか、自宅において資料作成等のため机やパソコン等を設置し、資料の保管を行っていた旨申し述べています。
したがって、あなたは、本件各業務について、人的設備は有していないものの、物的設備は有していたと認められます。
(7) 職業、社会的地位及び収益の状況等について
あなたは、【不開示】の最高投資責任者の地位にあり、同社から【不開示】の給与収入を得る一方で、本件各業務に係る収入はなく、多額の必要経費のみを計上していたことから、あなたの生活の糧は、専ら当該給与収入により賄われていると認められます。
2 雑所得の金額
本件業務に係る所得は、上記1のとおり事業所得に該当せず、利子所得、配当所得、不動産所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しないと認められますので、雑所得に該当します。
(1) 総収入金額
あなたの当年分の雑所得に係る総収入金額【不開示】です。
(2) 必要経費の額あなたの当年分の雑所得に係る必要経費の金額は、本件申告審に添付された青色申告決算書(一般用)の必要経費の合計額欄に記載した金額【不開示】円と同額です。
(3)雑所得の金額
あなたの当年分の雑所得の金額は、上記(1)の総収入金額【不開示】から上記(2)の必要経費の額【不開示】を差し引いた金額【不開示】となります。
3 総所得金額
雑所得に係る損失の金額は、他の各種所得の金額から控除することができないことから、あなたの当年分の総所得金額は、給与所得の金額と同額の【不開示】となります。
実務上のポイント
- 「安定した収益が得られる可能性」が事業所得の鍵となる。継続性・反復性や企画遂行性があっても、数年間にわたり収入がゼロで赤字のみが続く場合は、この要素を欠くとして事業所得が否定されます。副業の所得区分を事業所得として申告する前に、収益実現の客観的見通しを確認することが必須です。
- 生活費を給与収入に依存していると事業の独立性が問われる。本件では、業務資金が専ら役員給与から賄われていたことが、経済的自立性の欠如として事業所得否定の根拠の一つとされました。事業所得と認められるには、当該業務自体が生活の糧となる可能性が必要です。
- 書面作成等の活動実績だけでは事業性の立証に不十分。案件リスト273件の作成・案件活動シートの管理等を行っていても、反面調査で接触先がM&A提案を受けた認識がないことが判明し、「具体的活動が希薄」と認定されました。活動の記録だけでなく、外部との実際の取引・交渉の証拠も重要です。
- 雑所得と事業所得では損益通算の可否が大きく異なる。事業所得の赤字は給与所得等と損益通算できますが(所得税法69条)、雑所得の損失は他の所得と通算できません(所得税法35条)。高額給与所得者が副業赤字を損益通算する節税スキームには、事業所得認定の厳格審査が伴います。
- 更正処分の理由付記には法令解釈・事実摘示・判断過程の明示が必要。本裁決は、通知書に「営利性・有償性・反復継続性」等の要素ごとに具体的事実を摘示した上で雑所得と判断した理由が記載されていたとして、理由付記の不備を否定しました。更正処分に不服を申し立てる際は、通知書の記載内容を精査する必要があります。
