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【裁決解説】M&Aの「引き留め金(リテンション・ペイメント)」は一時所得か雑所得か?

M&A(企業買収)の際、買い手側から対象会社の役員へ「買収後も一定期間継続して勤務すること」を条件に支払われる一時金、いわゆるリテンション・ペイメント(引き留めボーナス)の所得区分が争われた重要な裁決です。

本件の請求人(代表取締役)は、取引先から「2年間の忠誠」への報酬として金員を受領しました。請求人は、この金員が「従前どおり働くことを期待されたものに過ぎず、役務の対価ではない」として、税負担の軽い「一時所得」(50万円の控除および2分の1課税)で申告しました。しかし、審判所はこれを「雑所得」と判定しました。

審判所は、一時所得から除外される「役務の対価」について、具体的な作業への報酬だけでなく、「何らかの義務を伴う地位に就いていることの見返り」も含まれると判示。本件金員は、代表取締役として留任し、取引関係を維持する義務を負う契約上の地位に対する対価であり、偶発的な所得(一時所得)には当たらないと結論付けました。

M&A実務において、リテンション・ペイメントの所得区分(役員給与・役員報酬との区別を含む)や契約書上の「忠誠」「継続勤務」といった文言が所得区分を左右し、多額の追徴課税を招くリスクがあることを示す、経営者・実務家必見の事例です。

この記事でわかること
  • M&Aのリテンション・ペイメント(引き留めボーナス)が一時所得ではなく雑所得とされた理由
  • 「役員給与・役員報酬」と「一時所得・雑所得」の違い――M&Aで役員が受け取る金員の所得区分の考え方
  • 「義務を伴う地位に就いていることの見返り」が「役務の対価」に含まれると解釈された法的根拠
  • 契約書(BONUS AGREEMENT)の「2年間の忠誠」「競業避止」「返還義務」が所得区分にどう影響したか
  • M&A後の役員報酬・役員給与の税務リスクと実務上の注意点

裁決要旨

国税不服審判所ホームページの裁決要旨

請求人は、自らが代表取締役を務める法人(本件法人)の取引先から支払を受けた金員(本件金員)は、請求人が本件法人で従前どおり働くことを期待して支払われたものにすぎず、その支払の前後を通じてその内容に変化はないから、本件金員に係る所得は所得税法第34条《一時所得》第1項に規定する労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものに当たり、一時所得に該当する旨主張する。

しかしながら、本件金員は、請求人が本件法人の代表取締役の地位にとどまって同社の職務を担い、本件法人と取引先との間の取引関係を従前どおり維持する義務を伴う契約上の地位に就いていることの見返りとして支払われたものと認めるのが相当であることから、本件金員に係る所得は同項に規定する労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものには当たらず、雑所得に該当する。(令6. 4.24 東裁(所)令5-96)


事案の概要

本件は、請求人が、自ら代表取締役を務める会社(本件法人)の取引先から受け取った金員(本件金員)に係る所得について、一時所得に該当するものとして申告したところ、原処分庁が、当該金員に係る所得は労務その他の役務の対価としての性質を有するから雑所得に該当するとして、所得税及び復興特別所得税の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分をしたため、請求人が原処分の取消しを求めた事案である。


基礎事実

当事者関係

  • 請求人は、本件法人の代表取締役である。
  • 本件法人は、超硬合金の製造・加工・販売等を目的として設立された内国法人であり、外国所在の取引先(以下「取引先」という。)から商品を仕入れ、国内メーカー向けに販売していた(本件法人と取引先の間に直接の資本関係はない)。

本件買収と本件契約書

  • 取引先側の関係会社によって、本件法人に関する買収(本件買収)が行われた。
  • 請求人は、取引先側との間で、英語表題が「BONUS AGREEMENT」とされる契約(本件契約書)に署名し、契約を締結した。

本件契約書には、要旨、次のような内容が記載されていた。

  • 一定の条件が充足された場合、請求人は、本件買収完了後の「2年間の忠誠」に対するものとして本件金員を受け取ること
  • 請求人が辞表を提出していないこと、解雇通知を受けていないこと等
  • 本件金員のうち推定【不開示】を【不開示】に投資すること、また、請求人に支払うのではなく、本件法人が請求人に代わり取引先側へ直接支払うことに同意すること
  • 本件買収完了後24か月以内に一定の原因で関係が終了した場合、請求人は一定条件に従い本件金員の一部を返還すべきこと
  • 契約期間中、直接・間接に競合する事業への従事等をしてはならない旨(競業避止等)

金員の支払等

  • 本件契約書に従い、本件金員の一部は請求人の投資として処理され、請求人は本件法人の無議決権普通株式【不開示】株を取得した。
  • また、本件金員の残額の一部が、送金手数料等が控除された後、請求人名義の外貨預金口座に入金された。

更正処分等と審査請求

  • 請求人は、令和2年分につき、本件金員に係る所得を一時所得として申告した。
  • 原処分庁は、本件金員に係る所得は雑所得に該当するとして更正処分等(更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分)を行い、請求人はこれを不服として審査請求をした。
  • なお、当事者間では、本件金員に係る所得が給与所得に該当しない点について争いはなく、専ら、一時所得と雑所得のいずれに当たるかが争われた(M&A後の役員報酬・役員給与としての取扱いは本件の争点外)。

争点

争点:本件金員に係る所得は、一時所得と雑所得のいずれに該当するか。具体的には、本件金員に係る所得が、「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」に当たるか否か。

争点についての主張

原処分庁の主張

所得税法が一時所得の要件として「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」を掲げる趣旨からすれば、対価性が否定されるのは偶発的な所得に限られる。したがって、所得が、具体的・特定的な労務提供の見返りとして生じた場合に限らず、一般的な職務又は何らかの義務を伴う地位に就いていることに対応して生じた場合も、偶発的とはいえず対価性を満たし、一時所得には該当しない

本件では、本件契約書の内容や取引関係等からすれば、請求人は、本件法人の代表取締役として、取引先との取引関係を従前どおり維持し、また競合行為をしない等の義務を負う地位に就いたのであり、本件金員は、このような義務を伴う地位に就いていることを継続することの見返りとして支払われたものだから、雑所得に該当する。

請求人の主張

雑所得は他の所得区分に該当しない場合に消去法的に選択されるものであるから、雑所得認定は抑制的になされるべきであり、労務その他の役務の対価として一時所得から除外される所得も限定的に解すべきである。

本件では、請求人が本件金員を受け取った前後を通じ、請求人の職務は本件法人の代表取締役として従前どおり会社を運営していくことであり、その内容に変化はない。本件金員は、請求人が従前どおり働くことを期待して支払われたものにすぎず、労務その他の役務の対価とはいえないから、所得税法の一時所得に当たる


審判所の判断

法令解釈

一時所得は「一時的、偶発的な所得」で類型的に担税力が低いと考えられるため、特別控除や2分の1課税など、担税力に見合った特別の取扱いがされている。一方で、一時所得から「労務その他の役務の対価としての性質を有する所得」が除かれているのは、自らの意思に基づき労務その他の役務を提供した見返りとして生じた所得は偶発的ではなく、類型的に担税力が低いとはいえないため、特別の取扱いをする必要がないからである。

そして、所得税法が「労務」に限定せず「その他の役務」も含めていることからすると、労務その他の役務の対価としての性質を有する所得を、具体的な労務提供の見返りに限定する必要はなく、一般的な職務又は作為・不作為を問わず、何らかの義務を伴う地位に就いていることの見返りとして生じた場合も含まれると解するのが相当である。

「一時所得は、一時的、偶発的な所得であり、類型的に担税力が低いと考えられることから、一時所得の金額の計算に当たっては、一時所得の特別控除額が控除され(所得税法第34条第2項)、総所得金額の計算に当たっては、所得金額の2分の1に相当する金額のみが総所得金額に算入される(所得税法第22条《課税標準》第2項第2号)という担税力に見合った特別な取扱いがされている。一時所得から労務その他の役務の対価としての性質を有する所得が除かれたのは、自らの意思に基づき労務その他の役務を提供したことにより、その見返りとして生じた所得は、偶発的に生じるものではなく、類型的に担税力が低いとはいえないから、このような特別な取扱いをする必要がないためである。そして、このような法の趣旨に加えて、所得税法第34条第1項が一時所得から除外される所得を、労務の対価に限定せずに、その他の役務の対価と規定していることからすると、労務その他の役務の対価としての性質を有する所得を、具体的な労務の提供の見返りとして生じた所得に限定する必要はなく、一般的な職務又は作為、不作為を問わず何らかの義務を伴う地位に就いていることの見返りとして生じた場合もこれに含まれると解するのが相当である。」

検討

本件金員に係る所得は、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得又は譲渡所得のいずれかに該当するとは認められないため、一時所得と雑所得のいずれに当たるかが問題となる。

本件契約書には、本件買収完了後の「2年間の忠誠」に対するものとして本件金員を受け取る旨や、一定の場合の返還義務等が定められている。雇用関係(又はこれに類する関係)の存在自体は認められないものの、本件法人と取引先との取引関係等に照らすと、本件契約書にいう「2年間の忠誠」とは、請求人が本件買収完了後も、本件法人の代表取締役の地位に2年間とどまって職務を担い、取引関係を従前どおり維持する義務を負うことを意味すると解される。

そうすると、本件金員は、請求人が当該義務を伴う契約上の地位に就いていることの見返りとして支払われたものと認めるのが相当である。したがって、本件金員に係る所得は、労務その他の役務の対価としての性質を有するから、「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」には当たらず、雑所得に該当する。

請求人の主張に対する判断

請求人は、雑所得認定は抑制的にすべきであり、一時所得から除外される所得は限定的に解すべきで、本件金員も従前どおり働くことを期待して支払われたにすぎない旨主張する。しかしながら、労務その他の役務の対価としての性質を有する所得には、何らかの義務を伴う地位に就いていることの見返りとして生じた場合も含まれると解するのが相当であり、本件金員はこれに該当する。よって、請求人の主張には理由がない。


結論

以上により、審査請求はいずれも理由がないため棄却する。


実務上のポイント(M&A・リテンション・ペイメント・役員報酬)

  • M&Aのリテンション・ペイメントは、原則として雑所得に分類されるリスクが高い。「従前どおり働くだけ」という主張は、義務を伴う契約上の地位への対価と認定された場合には通らない。
  • 役員給与・役員報酬とリテンション・ペイメントは別物だが、M&A後の役員が受け取る金員の所得区分は、契約書(BONUS AGREEMENT等)の文言が決定的。「忠誠」「競業避止」「返還条項」などの義務条項があれば対価性が認められやすい。
  • リテンション・ペイメントを「一時所得」として申告する場合、50万円控除・2分の1課税という有利な取扱いを受けられるが、本裁決は「義務を伴う地位への対価」という広い解釈で対価性を認定しており、一時所得の適用が困難なケースが多い。
  • 「給与所得に当たるかどうか」は別途検討が必要。本件では給与所得該当性は争いとなっておらず(非該当で確定)、雑所得 vs 一時所得の問題だったが、M&Aの文脈では役員給与・役員報酬としての課税関係も事前に確認しておく必要がある。
  • M&Aにおける役員向けリテンション・ペイメントの設計にあたっては、税務上の所得区分を事前に検討し、契約書の文言・金員の支払方法について税理士と連携したスキーム設計が不可欠

よくある質問(FAQ)

Q. M&Aのリテンション・ペイメント(引き留めボーナス)は一時所得として申告できますか?
A. 原則として難しいです。本裁決では、「義務を伴う契約上の地位に就いていることの見返り」は労務その他の役務の対価に当たるとして雑所得と判定されました。契約書に「継続勤務義務」「競業避止条項」「返還条項」などがある場合は一時所得の適用が否定されるリスクが高いです。
Q. リテンション・ペイメントは役員給与・役員報酬に当たりますか?
A. 本件では「給与所得に該当しない」という点は当事者間で争いがなく、雑所得か一時所得かのみが争点でした。ただし、M&Aの状況や契約内容によっては役員給与・役員報酬として課税される可能性もあるため、個別の事情に応じた検討が必要です。M&A後に役員が継続して受け取る報酬が「定期同額給与」等に該当するかどうかも確認が必要です。
Q. 「義務を伴う地位に就いていることの見返り」とは具体的にどういう意味ですか?
A. 具体的な作業(労務)を行うことへの報酬だけでなく、「代表取締役として留任する」「競業しない」「取引関係を維持する」といった義務を含む地位・立場にある状態を継続することへの対価も含む、という意味です。本件では、契約書に定められた「2年間の忠誠」「競業避止」「返還義務」などが義務条項として認定されました。
Q. M&Aで役員が受け取る金員の所得区分を事前に確認する方法はありますか?
A. 契約書(BONUS AGREEMENTなど)の内容を税理士が精査することが第一歩です。特に「支払条件」「継続勤務期間」「返還条項」「競業避止条項」の有無が所得区分の判断に大きく影響します。必要に応じて税務当局への事前照会(文書照会制度)を活用することも検討してください。
Q. 一時所得として申告していた場合、どのような追徴課税が生じますか?
A. 雑所得と一時所得では課税方法が異なります。一時所得は50万円特別控除+2分の1課税ですが、雑所得は全額総合課税となります。所得額が大きい場合、税率の高い累進課税が適用され、差額に過少申告加算税(10〜15%)も上乗せされます。本件も更正処分+過少申告加算税の賦課決定処分がなされています。

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