税務署から届いた更正通知書に、「他の相続人の贈与額をこれだけ加算したから税金が増える」とだけ書かれていたら、あなたはどう感じますか?「一体何の贈与なのか」「本当に正しい額なのか」——具体的な事実が分からなければ、到底納得はできませんし、不服を申し立てることも困難です。
今回ご紹介する大阪高裁令和7年4月17日判決(一審:京都地裁令和6年9月26日判決)は、まさにこの「更正処分の理由提示(理由付記)」が適法かどうかが最大の争点の一つとなりました。
ジャージー島信託という極めて専門的なスキームへの課税に加え、処分の根拠がほぼ「総額」のみ示され、具体的な「行為」や「適用法令」が伏せられていた本件。裁判所は、「第三者の個人情報保護」と「納税者の反論権」の天秤をどう取ったのでしょうか。
一審・京都地裁令和6年9月26日判決
事案の概要
本件は、原告(本件被相続人の妻)が、本件被相続人の相続に係る相続税について修正申告をしたところ、処分行政庁(伏見税務署長)から、原告以外の相続人が「相続時精算課税に係る贈与」により取得した財産の価額が課税価格に加算されるなどとして更正処分(本件更正処分)を受けたため、原告が、①相続時精算課税に係る贈与の事実(本件贈与財産)を争い、②処分理由の提示(理由の提示)に不備があるとして、更正処分の取消しを求めた事案である。
関係法令等
旧相続税法( 平成19年法律第6号による改正前の相続税法) 4条2項は、信託に関して、概ね以下の内容の規律を定めていた。「次の各号に掲げる信託について、当該各号に掲げる事由が生じたた5 め委託者以外の者が信託の利益の全部又は一部についての受益者となった場合においては、その事由が生じた時において、当該受益者となった者が、その信託の利益を受ける権利を当該委託者から贈与( 第一号の受益者の変更が遺言によりなされた場合又は第四号の条件が委託者の死亡である場合には、遺贈) により取得したものとみなす。
1 委託者が受益者である信託について、受益者が変更されたこと」
主文
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
原告は、伏見税務署長が令和2年12月24日付けで原告の相続開始に係る相続税についてした更正のうち、課税価格2億1323万2000円、納付税額5441万8700円を超える部分の取消しを求めた。京都地裁令和6年9月26日判決及び大阪高裁令和7年4月17日判決
前提事実
本件の基本構造
- 本件相続は、本件被相続人の死亡により開始された相続であり、本件相続人は、被相続人の妻である原告と、子である複数名である。
- 本件では、処分行政庁が「相続時精算課税に係る贈与」の対象として認定した財産(本件贈与財産)が問題となっている。
本件信託(ジャージー島法準拠)
本件被相続人は、平成18年9月11日、英国ジャージー島法に準拠して、本件受託者との間で信託契約を締結し、信託(本件信託)を設定した。
争点
本件は大きく、次の3点が争点となった。
- 争点(1):本件信託関係:本件被相続人の死亡に伴う本件信託の受益権の帰属(旧相続税法4条2項1号関係)
- 争点(2):本件債権放棄関係:本件債権放棄の有無(相続税法9条関係)
- 争点(3):本件更正処分における理由の提示の適法性(行政手続法14条1項関係)
争点に関する当事者の主張
争点(1)本件被相続人の死亡に伴う本件信託の受益権の帰属
被告の主張
本件被相続人及び???は、本件信託の設定時から相続開始時まで、各2分の1ずつ受益権を有していたとした上で、本件被相続人の死亡により、???が本件信託の利益の全部について受益者となった。
このような受益権の帰属の変動は、「委託者が受益者である信託について、受益者が変更されたこと」に該当し、旧相続税法4条2項1号の適用対象となる。
また、相続税法22条により、相続等により取得した財産の価額は取得時の時価によるべきであるから、処分行政庁は、本件被相続人の死亡時における本件信託財産(債権及び投資信託)について、近接時点(同年2月29日)の市場価格を邦貨換算して評価し、その2分の1に相当する価額を2億2306万5199円と認定した。
原告の主張
本件信託には、本件被相続人を受益者とする自益信託部分と、???を受益者とする他益信託部分が併存している。
そして、自益信託部分については、本件被相続人の死亡を停止条件として受益者となる者が指定されていないため、被相続人の死亡によって当然に???に帰属するものではなく、受託者が受益者指定権を行使して受益者を確定させるまでは、受益権の帰属は確定しない。
この点につき、仮に相続人らに帰属すると解する余地があるとしても、そのような解釈は、特定の受益者に信託の利益を取得させるという本件信託の趣旨に反するため妥当でない。
また、被相続人死亡後、新たな受益者が指定されるまでの期間に課税の空白が生じ得るが、権利の帰属が不確定である以上、やむを得ない。
以上から、本件においては、受託者が自益信託部分の受益者を確定させていない以上、「受益者の変更」があったとはいえず、旧相続税法4条2項1号には該当しない。
争点(2)本件債権放棄の有無
被告の主張
本件被相続人は、平成23年6月14日、本件会社に対して有していた貸付金債権(総額5552万5500円)について、その全額を放棄する意思表示をした。
そして、この債権放棄により、本件会社の株式価額が2381万4000円増加した結果、当該株式を保有していた???は、相続税法9条本文及び相続税法基本通達9-2(3)により、同日、本件被相続人から贈与によって当該経済的利益を取得したものとみなされる。
原告の主張
被告が主張する債権放棄の事実については不知。
もっとも、仮に被告主張のとおり債権放棄が認められる場合には、その結果として被告主張のような株式価額の評価がされること自体については、積極的には争わないとする。
争点(3)理由の提示
原告の主張
理由の提示は、処分の相手方において、いかなる事実関係に基づき、いかなる法規を適用して処分がされたかを、その記載自体から了知し得るものであり、名宛人から見て理解できる必要がある。
本件では、①課税の基礎となる事実関係として本件贈与財産の存在とその価額、②適用法規として旧相続税法4条2項1号(本件信託関係)や相続税法9条(本件債権放棄関係)などを挙げるべきであるのに、本件提示理由にはこれらの記載が欠け、理由提示として不備があり違法である。
被告の主張
本件提示理由には、①原告以外の相続人が本件被相続人から取得した相続時精算課税適用財産が存在し、その価額合計額が2億4687万9199円であること、②相続税法21条の15第1項を適用して当該合計額を課税価格に加算したことが示されており、「いかなる事実関係に基づいていかなる法規を適用して当該処分を行ったか」を了知し得るから、行政手続法14条1項本文が要求する理由提示として十分である。
裁判所の判断
争点(1)本件信託関係
信託の受益者の帰属と「受益者の変更」
裁判所は、(前記認定事実等に基づき)本件被相続人の死亡により、???が唯一の生存受益者となり、被相続人に帰属していた受益権部分が全て???に帰属したと認めた。
そして、このことは、旧相続税法4条2項1号の「委託者が受益者である信託について、受益者が変更されたこと」に該当するとした。
信託財産の価額評価
裁判所は、証拠(乙14〜16)等により、本件被相続人死亡時における本件信託財産の価額は4億4613万0398円、被相続人に属していた受益権の価額(2分の1)は2億2306万5199円であると認めた。
その上で、争点(1)に関する被告主張を認めた。
争点(2)本件債権放棄関係
認定事実(貸付金債権の放棄)
裁判所は、前提事実に加え、証拠(乙3〜5)等により、本件被相続人が平成23年6月14日、本件会社に対して有していた貸付金債権全額(5552万5500円)を放棄した(本件債権放棄)と認定した。
株式価額の増加と「みなし贈与」
裁判所は、本件債権放棄が対価を受けない債務免除であり、それにより本件会社株式の1株当たり評価額が1998円から3888円に増加したことを踏まえ、株式を保有していた???が、株式価額増加分として2381万4000円(1890円×12600株)の経済的利益を受けたと認め、相続税法9条の「対価を支払わないで利益を受けた場合」に該当するとした。
そして、???は、本件債権放棄の日(平成23年6月14日)に、当該増加分を本件被相続人からの贈与により取得したものとみなされるとして、争点(2)に関する被告主張を認めた。
争点(3)理由の提示
裁判所は、行政手続法14条1項本文の趣旨を、不利益処分の慎重・合理性を担保して恣意を抑制し、処分理由を名宛人に知らせて不服申立てに便宜を与えることと整理した。
その上で、本件提示理由には本件贈与財産の合計額が記載されており、合計額が分かれば課税価格合計額を算出できるとして、処分行政庁が相続税額を算出した過程を一応示したものといえ、理由提示に違法はないと判断した。
裁判所は、理由提示に欠けることはないとしつつも、実際に原告が総額に不服として審査請求をした段階では、本件更正処分の基礎となる事実関係として本件贈与財産の存在と価額、適用法規が明らかにされるべきであったとの考えも示している。
「(1) 行政手続法14条1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。
(2) 本件提示理由には、本件贈与財産の合計額が記載されているところ、本件贈与財産の合計額が分かれば、課税価格の合計額を算出することができるのであるから、被告の主張するとおり、上記記載により、処分行政庁が原告に係る相続税額を算出した過程を一応示したものといえる。
また、処分行政庁は、相続時精算課税適用財産の価額を課税価格の合計額に加算するに当たって、関係する他の共同相続人等から提出された申告書の記載又は同人らに対する更正処分の内容( その基礎となる事実関係と価額は贈与を受けた当事者たる相続人には提示されるものである。甲5参照) 等を基に相続税額の計算をするのであるから、その合計額の記載があれば、行政庁の恣意抑制に欠けるところはない。
さらに、処分の名宛人においても、相続税の申告をする際に、他の相続人の相続時精算課税適用財産の総額を把握しているのであるから、更正処分を受けた際にも、理由中に記載された相続時精算課税適用財産の合計額と納税者が認識しているこれらの合計額とを比較し、その額の多寡等を中心的な考感要素として、不服申立ての要否を判断することは可能( 少なくとも、自らは積極的に争わずに贈与を受けたと認定された他の相続人が不服申立てをするかどうかに任せるのか、自ら能動的に不服申立てを行うか、については判断可能である。)といえるから、処分の名宛人の不服申立ての便宜に欠けるということもできない。
(3) また、被告も主張するとおり、原告以外の相続人に係る相続時精算課税適用財産の内容は、原告との関係では第三者の個人情報であり、守秘義務を負う処分行政庁としてむやみに開示することが許されるものではない一方、相続時精算課税適用財産は、贈与を受けた当事者が具体的に申告するものであって、更正処分がされた場合にも、贈与を受けたと認定された当事者が、その基礎となる事実関係について最も関心があり、かつ、関連する資料を有しているのが通常であると解される。そして、当該当事者が不服申立てをして、更正処分が変更されるようなことがあれば、その結果は、他の相続人に対しても再度の更正処分として反映されることになる。
そうすると、処分行政庁が相続時精算課税適用財産について更正処分する場合に、贈与を受けたと認定された当事者には相続時精算課税の適用がある具体的な行為、適用法令、価額を説明し、それ以外の当事者には総額のみ説明することにも相応の合理性がある。
(4) 以上の事情を考慮すれば、原告以外の本件被相続人に対して贈与がされた本件贈与財産の存在とその価額やその適用される法規について本件提示理由に記載がないことをもって、本件更正処分の理由の提示に不備があるということはできない。」
「1 結論
以上によれば、本件更正処分に誤りはなく、理由の提示に欠けるところもないから、原告の請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。
2 付言
当裁判所としては、本件更正処分においては、前判示( 第3の4) のとおり理由の提示に欠けることはないと判断するが、実際に原告が相続時精算課税遥用財産の総額に不服があるとして不服申立てをした審査請求段階においては、本件更正処分の基礎となる事実関係として本件贈与財産の存在とその価額並びに適用される法規が明らかにされるべきであったと考える。
すなわち、国税通則法は、課税処分の取消訴訟を提起するには、国税不服審判所長に対する審査請求の前置を必要としているところ、審査請求手続は単に処分行政庁に再度の考案の機会を与えるというものではなく、処分の名宛人にも弁明の機会が付与されている。そのような状況下で、かつ、処分の名宛人が相続時精算課税適用財産の総額に不服がある旨を示した、すなわち、贈与の相手方である相続人とは別に、独自に課税の基礎となる事実関係、価額又は適用される法規を争うことを明らかにした段階に至っては、その具体的な内容を明らかにして上記処分の名宛人の弁明の機会を実質的に保障する必要があるというべきである。
特に、本件においては、処分行政庁が???の申告していなかった相続時精算課税適用財産を複数認定して本件更正処分を行っており、当該事実関係を原告本人が自ら的確に把握して争うことは困難であったといえる。このような状況下で、本件審査請求手続において、処分行政庁から相続時精算課税適用財産の内容について具体的な説明が無く、原告に実質的に相続時精算課税適用財産の内容に関する弁明の機 会が与えられなかったことは遺憾である。」
第二審・大阪高裁令和7年4月17日判決でどうなったか
結論
大阪高裁は、本件控訴を棄却し、京都地裁判決を維持した。すなわち、本件贈与財産の認定(信託・債権放棄)も、理由の提示の適法性も、原審と同様に適法として、控訴人(1審原告)の請求は理由がないとした。
高裁で追加・明確化されたポイント
本件信託:受益権の帰属と受益者指定権(控訴人の補充主張への判断)
控訴人は、受益者死亡の場合に受益権の相続がない信託であり、受益者が一時的に存在しない信託もあり得るから、死亡受益者の受益権が必ず誰かに帰属する必要はない、また原審の判断は受託者の受益者指定権を否定するに等しい、と補充主張した。
これに対し大阪高裁は、死亡した受益者の受益権が他方受益者に帰属することは信託契約の規定から導かれるとして、受託者の受益者指定権を不当に侵害するものではなく、受託者は裁量により新たな受益者指定で持分割合を変更できるのだから、実質的にも不当な侵害に当たらないことは明らかである、として控訴人主張を退けた。
さらに大阪高裁は、被相続人死亡により受益者が???のみとなり、???が信託財産全体から分配を受け得る地位を単独で有することになった以上、旧相続税法4条2項1号の「受益者の変更がされた」場合に当たるとし、同号の受益者変更を「受益権変更権者による変更」に限る根拠は見当たらない、と明確に判示した。
理由の提示
大阪高裁は、行政手続法14条1項が、本件更正処分のような場合に、加算対象となった贈与に当たる具体的行為や適用法令の開示まで義務付けていると解することはできないとし、贈与財産の合計額は記載されている一方、具体的行為や根拠法令が記載されていないことをもって違法とはいえない、と判断した。
また、他の相続人との関係で理由提示の内容に相違があることが不当といえない旨も述べ、控訴人の主張を退けている。
「控訴人が主張するように、更正処分において加算された相続時精算課税適用財産に係る贈与が、処分の名宛人である相続人のあずかり知らないものである場合、更正処分の理由の提示において、相続時精算課税適用財産価額の合計額に加えて、贈与に当たる具体的な行為(事実関係)や贈与と判断するに当たって適用した法令が明らかにされていれば、当該相続人において、不服申立ての要否がより具体的に検討できるものといえる。しかし、一般に、相続財産については、相続人間で遺産分割協議をするなどしで帰属を確定、確認することが予定されており、共同相続人間で情報交換するなどして相続時精算課税適用財産を含む相続財産の全体像を調査、把握することも想定される一方、処分行政庁は第三者の個人情報について守秘義務を負っているため、情報開示には慎重にならざるを得ないところがあるし、相続時精算課税適用財産の合計額が記載されていれば、当該相続人は、自身が認識している合計額と比較することにより不服申立ての要否を判断することが可能である。
これらのことからすると、行政手続法14条1項が、本件更正処分のような場合において、不服申立ての便宜の趣旨から、加算された相続時精算課税適用財産に係る贈与に当たる具体的行為や適用法令の開示を義務付けていると解することはできない。
また、相続時精算課税適用財産に係る贈与の当事者との関係では個人情報についての守秘義務の問題は生じないことからすると、控訴人と???との間で更正処分の理由の提示の内容に相違があることが不当であるとはいえない。したがって、本件贈与財産の合計額を記載し、贈与に当たる具体的行為や根拠法令が記載されていない本件更正処分の理由の提示に違法があるということはできない。」
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