📋 この記事でわかること

  • ✔ 110%課税問題の法的構造 ― なぜ相続税と所得税が二重に課されるのか
  • ✔ 相続人の取得価額は「帳簿価額」か「時価」か ― 条文とコンメンタールからの結論
  • ✔ 国税庁FAQ「1-5」④の「評価額」の正しい読み方
  • ✔ 有価証券との違い ― 措置法第39条が適用できない理由
  • ✔ 令和8年度税制改正による緩和の可能性と残される課題
  • ✔ 生前の現金化・暦年贈与・相続時精算課税など5つの実務対策

暗号資産を相続した場合、相続税と所得税の合計負担が売却益の100%を超えるという問題が、実務家やメディアの間で議論されています。いわゆる「110%課税問題」です。

2024年12月の日経新聞の記事をきっかけに注目を集めたこの問題について、ネット上では「110%課税は起こりうる」とする見解と「起こらない」とする見解が対立しています。

本稿では、この問題の法的構造を所得税法施行令の条文とコンメンタール(逐条解説)の記述に基づいて検証します。結論から申し上げると、条文の構造上、110%課税問題は起こりうるものと考えます。ただし、令和8年度税制改正(分離課税の導入)によって、緩和の道が開かれる可能性があります。

Q1. なぜ110%課税が問題になるのですか?

暗号資産を相続した場合、次の2段階で課税が行われます。

第1段階:相続税(相続時)
暗号資産は、相続時の時価で評価され、相続税が課されます(相続税法2条、評価通達5、国税庁FAQ4-2等)。相続税の最高税率は55%です。

第2段階:所得税(売却時)
相続した暗号資産を売却した場合、売却価額から取得価額を差し引いた利益に対して所得税が課されます。ここで問題になるのが、相続人が引き継ぐ「取得価額」が何かということです。

もし取得価額が被相続人の帳簿価額(被相続人が購入したときの原価ベースの金額)であれば、相続時に値上がりしていた部分にも所得税がかかることになります。その結果、同じ値上がり益に対して相続税と所得税が二重に課される構造が生じます。

【数値例】 合計税負担が売却額を超えるケース

被相続人が500万円で購入した暗号資産が15億円に高騰した状態で相続が発生し、相続人(1人・他の相続財産なし)が相続直後に15億円で売却した場合を考えます(復興特別所得税等の税金は加味しないおおよその税額計算)。

項目金額
被相続人の取得価額(帳簿価額)500万円
相続時の時価(=売却価額)15億円

相続税の計算:

項目金額
課税遺産額(15億円 − 基礎控除3,600万円)約14億6,400万円
相続税額(税率55%・控除額7,200万円)約7億3,300万円

所得税・住民税の計算:

項目金額
所得金額(15億円 − 500万円)約14億9,500万円
所得税額(税率45%・控除額479.6万円)約6億6,800万円
住民税額(税率10%)約1億4,950万円
所得税・住民税の合計約8億1,750万円

合計税負担:約7億3,300万円 + 約8億1,750万円 = 約15億5,000万円

相続人が売却で手にした15億円に対して、合計税負担は約15億5,000万円です。売却額を超える税金が発生し、約5,000万円の持ち出しになります。これが「110%課税問題」の実態です。

税率の組合せによっては、合計税負担が利益の100%を超えることもありえます。これが「110%課税問題」と呼ばれる所以です。

Q2. 相続人の取得価額は「被相続人の帳簿価額」ですか、それとも「相続時の時価」ですか?

ここが最大の論点です。条文の構造とコンメンタールの解釈に基づけば、相続人が引き継ぐのは被相続人の帳簿価額です。

条文の規定

所得税法施行令119条の6第2項1号は、相続等により取得した暗号資産の取得価額を次のとおり定めています。

被相続人の死亡の時において、当該被相続人がその暗号資産につきよるべきものとされていた評価の方法により評価した金額

「評価」という「時価評価」と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、ここでいう「評価の方法」とは、総平均法又は移動平均法のことです(令119条の2)。これらはいずれも取得原価に基づいて1単位当たりの帳簿価額を算出する方法であり、時価を算出する方法ではありません

このような所得税法の規定と異なり、法人税法の期末時価評価課税でいう「評価」は「原価法」又は「時価法」(期末時において有する暗号資産をその種類の異なるごとに区別し、その種類の同じものについて、当該期末時における価額として一定の方法で計算した金額をもって当該暗号資産の当該期末時における評価額とする方法)です。これは条文上、明記されています(法人税法61条2項)。

所得税法は、法人税法の期末時価評価課税のような暗号資産の「時価法」の定めはありませんから、上記の「当該被相続人がその暗号資産につきよるべきものとされていた評価の方法により評価した金額」を定めのない「時価法」により評価することはできません。

所得税法の条文、法人税法との対比からわかるように、上記の「評価の方法により評価した金額」とは、被相続人が選択していた原価法で計算した評価額を意味し、相続時の時価ではありません。

コンメンタールの裏付け

この解釈は、棚卸資産・有価証券の同一規定についてコンメンタール(逐条解説)が示している解釈と一致しています。

棚卸資産の取得価額について定める令103条2項1号も、有価証券の取得価額について定める令109条2項1号も、暗号資産の令119条の6第2項1号と完全に同一の文言を用いています。いずれも「被相続人の死亡の時において、当該被相続人がその(資産)につきよるべきものとされていた評価の方法により評価した金額」です。

「DHCプレミアム コンメンタール×所得税務釈義」(法47条注釈Ⅱ2⑸)は、棚卸資産の令103条2項1号について次のように明確に述べています。

相続や法第40条第1項第1号の規定により棚卸資産の贈与等の場合の総収入金額算入が行われるような贈与又は遺贈に該当しない贈与や遺贈によつて取得した棚卸資産については、被相続人の評価額が引き継がれるわけである。

財務省主税局は、有価証券の規定についても同様の解釈をとっており、暗号資産についても、棚卸資産や有価証券と同じ文言を条文で使用することで、同様の解釈を採用することを明らかにしているのです(後述の関連記事参照)。

暗号資産の条文が棚卸資産・有価証券と同じ文言を使っている以上、同じ解釈が妥当です。すなわち、相続人が引き継ぐのは被相続人の帳簿価額であり、相続時の時価ではありません。

もし、国税庁の公式見解を知りたい場合は、電話相談センター、税務署ではなく、国税局経由で国税庁に照会すべきです。

Q3. 国税庁FAQ「1-5」④の「評価額」は時価ではないのですか?

ネット上には、国税庁FAQ「1-5」④の記述を根拠に、相続人の取得価額は相続時の時価になるとする見解が存在します。FAQの該当部分は次のとおりです。

相続人に対する死因贈与、相続、包括遺贈又は相続人に対する特定遺贈により取得した場合 ――被相続人の死亡の時に、その被相続人が暗号資産について選択していた方法により評価した金額(被相続人が死亡時に保有する暗号資産の評価額)

この「評価額」という言葉を「時価」と読むか、上記のような「総平均法又は移動平均法をより算出した評価額」と読むかが、見解の対立の原因です。

しかし、条文(令119条の6第2項1号)は「よるべきものとされていた評価の方法により評価した金額」と規定しています。「評価の方法」とは総平均法又は移動平均法(原価法)ですから、その方法で評価した金額は取得価額、帳簿価額ベースの金額であり、時価評価した金額ではありません。FAQの「評価額」もこの条文を説明したものと読むのが自然です。

また、次の点にも留意が必要です。

  • 棚卸資産の同一規定についてコンメンタールが「被相続人の評価額が引き継がれる」と明記していることとの整合性が問われます。
  • 仮に時価を引き継ぐのであれば、110%課税問題はそもそも生じないはずですが、国税庁はこの問題に対する公式見解を発表していません。
  • 電話による一般的な税務相談は、個別の事実関係に基づく正式な法令解釈ではなく、法的拘束力がありません。電話相談センターや税務署の見解は、精査されずに回答されていることも珍しくありません。電話相談センターや税務署の見解を「国税庁の見解」と表現することには注意が必要です。

国税庁の正式な見解が通達等で示されるまでは、条文とコンメンタールに基づく解釈を基本とすべきでしょう。

Q4. なぜ暗号資産だけ問題が深刻になるのですか?

この二重課税の構造は、実は暗号資産に固有のものではありません。棚卸資産や有価証券にも同じ条文構造が存在します。

しかし、有価証券(上場株式等)の場合は、租税特別措置法第39条(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)によって緩和されています。相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに相続財産を譲渡した場合、相続税額のうち当該資産に対応する部分を取得費に加算できるという特例です。

問題は、改正前の暗号資産の所得が雑所得に区分されることです。措置法第39条は「譲渡所得」について適用される規定であるため、雑所得に区分される暗号資産の売却益には適用できません。

これが、暗号資産において110%課税問題が特に深刻化する根本原因です。

Q5. 令和8年度税制改正で問題は解消しますか?

令和8年度改正により、正式に、暗号資産の売却益が「譲渡所得」に区分される場面が生じます(所得税法33条3項3号の新設)。これにより、措置法第39条の適用対象となりうる場面が生まれます。

相続税額の取得費加算が認められれば、110%課税問題は相当程度緩和されることになります。

ただし、以下の点に留意が必要です。

分離課税でも、総合課税でも、暗号資産の所得が事業所得又は雑所得に区分される場合は、引き続き措置法第39条の適用対象外です。

ただ、相続人が暗号資産を継続的に売買しているからといって、相続により取得した同じ種類の又は異なる種類の暗号資産を譲渡した場合に直ちに譲渡所得該当性が否定されるべきであるか、という問題が残っています。

Q6. 現時点でできる実務的な対策はありますか?

110%課税問題を完全に解消する方法は現行法上ありませんが、負担を軽減する方策としては、次のようなものが考えられます。ただし、いずれもリスクや注意点を専門家に相談してから実行しましょう。

(1)生前の現金化

相続が発生する前に暗号資産を売却して現金化しておく方法です。被相続人に所得税は課されますが、相続財産が現金になれば、相続人が売却する際の二重課税の問題を回避できます。被相続人の所得が相続人より低い場合には、全体の税負担が軽くなる可能性があります。

(2)暦年贈与の活用

暗号資産を相続人等に毎年少しずつ贈与する方法です。贈与税には年間110万円の基礎控除があるため、この枠内であれば贈与税は課されません。また、110万円を超えても、課税価格200万円以下の部分の贈与税率は10%であり、相続税の最高税率55%と比べれば低い税率で移転できます。暦年贈与を用いる場合、相続開始前7年以内の贈与分は相続税の対象に取り込まれるため、より早期からの計画的な実行が求められます。

(3)相続時精算課税の利用

相続時精算課税制度を利用した場合、相続税の課税価格に加算される金額は贈与時の時価になります。今後も暗号資産の値上がりが継続すると見込む場合には、早い段階で贈与しておくことで、相続税の課税対象額を抑えられる可能性があります。

(4)資産構成の見直し(有価証券等への転換)

相続人が暗号資産の譲渡により事業所得又は雑所得を得ており、株式は取引していない場合には、被相続人は生前に売却して上場株式に転換しておく方法があります。資産管理会社に暗号資産を移して、その会社の株式を相続させるという方法もあります。ただし、転換時又は移転時に暗号資産の売却益に対する所得税が課される点や法人税の期末時価評価課税に留意が必要です。

(5)資産情報の整理・共有

被相続人がどの取引所・ウォレットで暗号資産を保有しているか、取得価額に関する資料(取引履歴、年間取引報告書、トランザクションデータ、関係資料のスクリーンショットなど)を整理し、相続人に共有しておくことも重要です。取得価額が不明な場合、売却価額の5%を取得費とする概算取得費(基通48の2-4)が適用されることがありますが、その場合は売却額の大部分(95%)が利益とされ、税負担がさらに重くなります。

(6)納税資金の確保


暗号資産は価格変動が大きいため、相続税の納税時期までに価格が下落するリスクがあります。必要に応じて一部を早期に売却する、現金や流動性の高い資産を確保しておくなど、納税資金を確保しておくことが重要です。暗号資産は相続税の「物納」対象資産には含まれません。また、納税資金不足による「延納」を申請する場合も、担保提供などの高いハードルがあります。原則として現金納付であることを前提に、納税原資を確保しておく必要があります。

おわりに

110%課税問題は、「相続税は時価ベースで課税、所得税は被相続人の取得価額を引き継ぐ形で譲渡益課税」という2つの税金の取扱いの狭間で生じるものです。

条文の文言とコンメンタールの解釈に照らせば、被相続人の帳簿価額を引き継ぐ(=110%課税が起こりうる)という解釈が妥当です。国税庁FAQの「評価額」を時価と読む見解もありますが、条文が定める「評価の方法」は原価法であり、同一の文言を定めている棚卸資産に関するコンメンタールも「被相続人の評価額が引き継がれる」と明記しています。

令和8年度改正により暗号資産が譲渡所得に区分される場面が生じたことで、措置法第39条による緩和の道が開かれる可能性はあります。

暗号資産を保有する方が亡くなった場合の相続対策は、相続税と所得税の両面から検討する必要がある重要な実務課題です。

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本稿で取り上げた暗号資産の取得価額に関する条文(令119条の6)は、令和元年度税制改正で整備されたものです。立案時の主税局における議論の内容について、以下の記事で立案資料を提供しています(有料記事)。

▶ 暗号資産税制が整備された令和元年度税制改正(所得税・法人税)

(注)本稿は令和8年度税制改正法案に基づく分析であり、施行令・通達が未公表の部分を含みます。今後の法令整備により、本稿の分析が修正される可能性があります。

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