📌 この記事でわかること

税務調査の際、担当職員の態度や言動に強い不満を感じ、「これは違法ではないか」と法的手段を検討されるケースがあります。しかし、国に対する損害賠償(国家賠償請求)には、法律上の高いハードルと「期限」の問題が立ちはだかります。

今回ご紹介する東京地裁令和5年10月27日判決は、税務署での面談調査中に暴力やセクハラを受けたと主張する納税者が、国に対して慰謝料を求めた事案です。

この裁判の最大のポイントは、「請求権の時効(期限)」にあります。なぜ原告の訴えは、中身の審理に入る前に「時効」で退けられたのでしょうか。

  • 税務調査での職員の暴言・机叩き・セクハラを理由に国家賠償請求した事案の経緯と結末
  • 国家賠償請求権の消滅時効(3年・5年)の違いと「身体を害する不法行為」の要件
  • 民法724条の2が適用されるために必要な「障害」とは何か(PTSD・音響障害の証明問題)
  • 時効完成を理由に請求棄却されるしくみ(本案審理に入らない)
  • 税務調査で違法行為を受けた場合に取りうる法的手段と実務上の対応策

事案の概要

本件は、A(原告)が、B(被告:国)に対し、税務署での面談調査時に職員から違法行為(暴力・セクハラ等)を受けたとして、国家賠償法1条1項の損害賠償(慰謝料200万円)を求めた事案である。
裁判所は、Aの請求は消滅時効により消滅しているとして、請求棄却とした。


争いのない事実

Aが税務署を訪れ、面談調査を受けたこと

Aは、所得税及び復興特別所得税並びに消費税及び地方消費税に係る税務調査を受けるため、平成31年1月15日、税務署を訪れた。

面談調査の担当者

当時税務署に所属していたC(統括国税調査官)及びD(事務官)が、Aに対し面談による調査(本件調査)を行った。

管理職

当時の税務署長はE(税務署長)であった。東京地裁令和5年10月27日国賠

B(国)による消滅時効援用

Bは、令和5年4月25日の口頭弁論期日において、本件損害賠償請求権について、消滅時効を援用する意思表示をした。


争点

争点1 故意又は過失による違法行為の有無

争点2 損害の有無及びその数額

争点3 時効完成の有無

(裁判所は、主として争点3を判断し、そこで結論を出している。)


A(原告)の主張

調査担当者らの違法行為(暴力・セクハラ等)

Aは、本件調査に際し、Cが、理由も告げず書面も示さず説明もしないまま、Aに向かって平手で机をドンドンと何度も叩き、恐怖を与える暴力行為をしたと主張した。さらに、その音は130デシベル以上の危険騒音に当たり、Aに音響障害を及ぼすものであったと述べた。

またAは、Cが「俺の眼を逸らすな」「俺の眼をじっと見な」等と言い、眼を近づけるなどのセクシャルハラスメント行為をしたと主張した。

加えてAは、DがCの行動を喜び、これを唆した、Eが管理監督義務を怠ったとも主張した。

損害(慰謝料200万円)

Aは、上記各行為により精神的苦痛を受け、また机を叩いたことにより耳鳴りや難聴等の音響障害が発生したとして、慰謝料として200万円を下らないと主張した。

時効について(5年の時効期間が適用される)

Aは、民法改正により「身体を害する不法行為」による損害賠償請求権は5年の時効期間(民法724条の2)であるところ、本件は音響障害が生じた以上「身体を害する不法行為」に当たるから、5年が適用され、時効は完成していないと主張した。


B(被告:国)の主張

違法行為・損害ともに否認

Bは、A主張の各違法行為及び損害について、いずれも否認ないし争った。

時効について(3年で完成)

Bは、仮に請求権が生じ得るとしても、Aが訴え提起した時点で、Aが損害及び加害者を知った時から3年が経過しており、旧民法724条前段により消滅時効が完成していると主張した。
また、本件は民法724条の2の「人の生命又は身体を害する不法行為」に当たらないとも述べた。


裁判所の判断

争点3(時効完成の有無)

Aは「損害及び加害者」を平成31年1月15日時点で知っていた

裁判所は、Aの主張する違法行為の内容は必ずしも判然としないとしつつ、仮に本件損害賠償請求権が生じ得るとしても、Aは平成31年1月15日時点で、損害及び加害者を知ったと認められるとした。

3年経過により、旧民法724条前段の時効が完成

裁判所は、Aが訴えを提起する前に、令和4年1月15日の経過により、旧民法724条前段の消滅時効が完成しているとした。

Bが時効援用しているため、請求権は時効消滅

さらに裁判所は、Bが口頭弁論期日に消滅時効を援用する意思表示をしている以上、本件損害賠償請求権は時効により消滅したというべきであると判断した。


民法724条の2(身体を害する不法行為)に当たるか

音響障害の発生を認める的確な証拠がない

裁判所は、Aが主張する机を叩く行為によって耳鳴りや難聴等の音響障害が生じたことを認めるに足りる的確な証拠は提出されていないとした。
また、行為内容に照らしても、それにより音響障害が生ずるとは容易に考え難いとして、音響障害の発生自体を認めなかった。

「身体を害する不法行為」に当たるための要件(裁判所の整理)

裁判所は、民法724条の2の「身体を害する不法行為」に当たるためには、身体的機能に対する障害が認められるか、少なくとも、単なる精神的苦痛を超えて、PTSDを発症するなど精神的機能の障害が認められることが必要であると解した。

結論:本件は724条の2に当たらず、5年時効は適用されない

裁判所は、上記の各障害が生じたと認めるに足りる的確な証拠もないとして、本件損害賠償請求権は「身体を害する不法行為」によるものには当たらず、民法724条の2は適用されないとした。


結論

裁判所は、時効により結論が出るため、その余の点について検討するまでもなく、Aの請求は理由がないとして、請求棄却とした。

⚖️ 判決のポイントまとめ

  • 時効の原則(民法724条・国家賠償法4条):不法行為による損害賠償請求権は、損害及び加害者を知った時から3年(または行為から20年)で消滅。本件の調査日(平成28年6月)から提訴(令和4年)まで5年以上が経過。
  • 原告の「5年時効」主張:机叩きによる音響障害は「身体を害する不法行為」(民法724条の2)に当たるため5年の時効が適用され、時効は完成していないと原告は主張。
  • 裁判所の判断①(音響障害の不認定):机を叩く行為の態様や130デシベルという主張は証拠に基づかず、音響障害の発生自体を認定せず。
  • 裁判所の判断②(724条の2の要件):「身体を害する不法行為」には身体的機能の障害、またはPTSD等の精神的機能の障害が必要。証拠なし。
  • 結論:5年時効は適用されず3年時効が完成。請求棄却(本案の違法性・セクハラの有無は審理されず)。控訴審(東京高判令和6年6月29日)も棄却。

✅ 実務上の留意点

  • 時効は「知った時から3年」:税務調査中の職員の違法行為(暴言・暴力等)を根拠に国家賠償請求する場合、「損害及び加害者を知った時から3年以内」に提訴しなければ時効で棄却される。調査終了後すぐに弁護士に相談することが重要。
  • 「身体を害する不法行為」の証明ハードル:5年時効(民法724条の2)の適用を受けるには、PTSDや音響障害等の身体的・精神機能的障害を医師の診断書等で客観的に証明する必要がある。主観的訴えのみでは不十分。
  • 調査時の記録・証拠保全:税務調査中に違法と疑われる言動があった場合は、日時・場所・発言内容・状況を直ちに書面で記録する。可能であれば立会人(税理士等)の同席を求める。
  • 国税不服審判・税務署への申告との並行:国家賠償請求は民事手続であり、税務処分に対する不服申立(審査請求・訴訟)とは別途進める必要がある。双方の時効・期限管理に注意。
  • 本案(違法性)が審理されない問題:時効完成の場合、実際にハラスメントがあったかどうかは裁判所に判断してもらえない。事実関係の解明を求めるなら、時効内での提訴が唯一の手段となる。

❓ よくある質問(FAQ)

Q1. 税務調査中に職員から暴言を受けました。国家賠償請求できますか?
A. 法律上は可能ですが、「損害及び加害者を知った時から3年以内」に提訴する必要があります。本件のように調査から数年経過すると時効で棄却されるリスクがあります。調査直後から弁護士に相談し、証拠を保全することが重要です。
Q2. 民法724条の2の「5年時効」は税務調査の国賠訴訟に使えますか?
A. 机叩きによる音響障害・PTSDなど「身体的・精神機能的障害」が客観的証拠(医師の診断書等)で証明できる場合に限り適用される可能性があります。本件では証拠不十分として認められませんでした。
Q3. 税務調査での職員の行為が違法かどうかは、裁判所が判断してくれますか?
A. 時効が完成している場合、裁判所は本案(違法性・ハラスメントの有無)を審理せずに請求を棄却します。本件もその例で、机叩きやセクハラが実際にあったかどうかは判断されていません。
Q4. 税務調査中の対応として、どのような記録・証拠を残せばよいですか?
A. 調査日時・場所・担当者名・発言内容・状況を詳細に書面で記録し、できるだけ早く署名・日付を付して保存してください。税理士や弁護士の同席、録音の可否についても事前に確認しておくことが有効です。

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控訴審・東京高判令和6年6月29日でも棄却。