税務調査の際、担当職員の態度や言動に強い不満を感じ、「これは違法ではないか」と法的手段を検討されるケースがあります。しかし、国に対する損害賠償(国家賠償請求)には、法律上の高いハードルと「期限」の問題が立ちはだかります。
今回ご紹介する東京地裁令和5年10月27日判決は、税務署での面談調査中に暴力やセクハラを受けたと主張する納税者が、国に対して慰謝料を求めた事案です。
この裁判の最大のポイントは、「請求権の時効(期限)」にあります。なぜ原告の訴えは、中身の審理に入る前に「時効」で退けられたのでしょうか。
事案の概要
本件は、A(原告)が、B(被告:国)に対し、税務署での面談調査時に職員から違法行為(暴力・セクハラ等)を受けたとして、国家賠償法1条1項の損害賠償(慰謝料200万円)を求めた事案である。
裁判所は、Aの請求は消滅時効により消滅しているとして、請求棄却とした。
争いのない事実
Aが税務署を訪れ、面談調査を受けたこと
Aは、所得税及び復興特別所得税並びに消費税及び地方消費税に係る税務調査を受けるため、平成31年1月15日、税務署を訪れた。
面談調査の担当者
当時税務署に所属していたC(統括国税調査官)及びD(事務官)が、Aに対し面談による調査(本件調査)を行った。
管理職
当時の税務署長はE(税務署長)であった。東京地裁令和5年10月27日国賠
B(国)による消滅時効援用
Bは、令和5年4月25日の口頭弁論期日において、本件損害賠償請求権について、消滅時効を援用する意思表示をした。
争点
争点1 故意又は過失による違法行為の有無
争点2 損害の有無及びその数額
争点3 時効完成の有無
(裁判所は、主として争点3を判断し、そこで結論を出している。)
A(原告)の主張
調査担当者らの違法行為(暴力・セクハラ等)
Aは、本件調査に際し、Cが、理由も告げず書面も示さず説明もしないまま、Aに向かって平手で机をドンドンと何度も叩き、恐怖を与える暴力行為をしたと主張した。さらに、その音は130デシベル以上の危険騒音に当たり、Aに音響障害を及ぼすものであったと述べた。
またAは、Cが「俺の眼を逸らすな」「俺の眼をじっと見な」等と言い、眼を近づけるなどのセクシャルハラスメント行為をしたと主張した。
加えてAは、DがCの行動を喜び、これを唆した、Eが管理監督義務を怠ったとも主張した。
損害(慰謝料200万円)
Aは、上記各行為により精神的苦痛を受け、また机を叩いたことにより耳鳴りや難聴等の音響障害が発生したとして、慰謝料として200万円を下らないと主張した。
時効について(5年の時効期間が適用される)
Aは、民法改正により「身体を害する不法行為」による損害賠償請求権は5年の時効期間(民法724条の2)であるところ、本件は音響障害が生じた以上「身体を害する不法行為」に当たるから、5年が適用され、時効は完成していないと主張した。
B(被告:国)の主張
違法行為・損害ともに否認
Bは、A主張の各違法行為及び損害について、いずれも否認ないし争った。
時効について(3年で完成)
Bは、仮に請求権が生じ得るとしても、Aが訴え提起した時点で、Aが損害及び加害者を知った時から3年が経過しており、旧民法724条前段により消滅時効が完成していると主張した。
また、本件は民法724条の2の「人の生命又は身体を害する不法行為」に当たらないとも述べた。
裁判所の判断
争点3(時効完成の有無)
Aは「損害及び加害者」を平成31年1月15日時点で知っていた
裁判所は、Aの主張する違法行為の内容は必ずしも判然としないとしつつ、仮に本件損害賠償請求権が生じ得るとしても、Aは平成31年1月15日時点で、損害及び加害者を知ったと認められるとした。
3年経過により、旧民法724条前段の時効が完成
裁判所は、Aが訴えを提起する前に、令和4年1月15日の経過により、旧民法724条前段の消滅時効が完成しているとした。
Bが時効援用しているため、請求権は時効消滅
さらに裁判所は、Bが口頭弁論期日に消滅時効を援用する意思表示をしている以上、本件損害賠償請求権は時効により消滅したというべきであると判断した。
民法724条の2(身体を害する不法行為)に当たるか
音響障害の発生を認める的確な証拠がない
裁判所は、Aが主張する机を叩く行為によって耳鳴りや難聴等の音響障害が生じたことを認めるに足りる的確な証拠は提出されていないとした。
また、行為内容に照らしても、それにより音響障害が生ずるとは容易に考え難いとして、音響障害の発生自体を認めなかった。
「身体を害する不法行為」に当たるための要件(裁判所の整理)
裁判所は、民法724条の2の「身体を害する不法行為」に当たるためには、身体的機能に対する障害が認められるか、少なくとも、単なる精神的苦痛を超えて、PTSDを発症するなど精神的機能の障害が認められることが必要であると解した。
結論:本件は724条の2に当たらず、5年時効は適用されない
裁判所は、上記の各障害が生じたと認めるに足りる的確な証拠もないとして、本件損害賠償請求権は「身体を害する不法行為」によるものには当たらず、民法724条の2は適用されないとした。
結論
裁判所は、時効により結論が出るため、その余の点について検討するまでもなく、Aの請求は理由がないとして、請求棄却とした。
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控訴審・東京高判令和6年6月29日でも棄却。
