「代表取締役への貸付金が膨らんでしまい、銀行融資や税務上の見栄えを良くするために帳簿上で消したい」——。そんな動機から行われた「不自然な資金移動」に対し、税務当局と裁判所は非常に厳しい目を向けています。
今回ご紹介する東京地裁令和6年11月7日判決は、ODA関連事業を行う法人が、関連会社を経由した不透明な資金循環を行い、代表取締役への貸付金を「返済された」として処理した事案です。
税務署長は、この処理を「実体のない虚偽の返済」であり、実質的には「会社による債務免除(=役員への賞与)」であると判断しました。裁判所は、なぜこの資金移動を「架空」と断じたのか? そして、なぜ「重加算税」の対象となったのか? 企業のガバナンスと適正な税務処理を考える上で欠かせない判決です。
事案の概要
本件は、原告会社が、その代表取締役に対する貸付金について、返済を受けたものとして「短期貸付金」勘定の金額を減額する経理処理を行ったところ、税務署長から、実際には返済がないにもかかわらず返済があったように装った虚偽の処理であり、客観的には貸付金返還債務を免除したものと評価され、その経済的利益が代表取締役の給与所得に該当するとして、源泉所得税及び復興特別所得税の納税告知処分並びに重加算税の賦課決定処分を受けたため、原告がこれらの取消しを求めた事案である。
主文
本件訴えのうち、一部の月分に係る納税告知処分等の取消請求部分は不適法として却下し、その余の請求は理由がないとして棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求
税務署長が行った各月分の源泉徴収に係る所得税及び復興特別所得税の納税告知処分並びに重加算税の賦課決定処分の取消しを求める。
前提事実
当事者等
- 原告は、政府開発援助(ODA)関連の機材調達等を業とする内国法人である。
- 原告の代表取締役は、長年同社の経営に従事している者である。
- 関連会社として、カンボジア王国に設立された法人が存在する。
資金の流れと会計処理
- 原告は、一定期間にわたり、関連法人名義の口座に対して多額の送金を行っていた(前払金名目)。
- これらの送金後、極めて短期間のうちに、ほぼ同額の金銭が原告名義口座に入金されていた。
- 原告は、これらの入金をもって、代表取締役に対する短期貸付金の返済があったものとして帳簿上減額処理を行った。
課税処分と不服申立て
- 税務署長は、これらの会計処理について、貸付金の返済は実体を欠き、原告が代表取締役の債務を免除したものと認定し、源泉所得税等の納税告知処分及び重加算税の賦課決定処分を行った。
- 原告は再調査請求及び審査請求を行ったが、一部について審査請求を取り下げ、残部については棄却された。
- その後、原告は本件訴訟を提起した。
争点
争点1:本件各減額処理により、代表取締役が所得税法28条1項にいう給与所得を得たといえるか。
争点2:原告の行為が、重加算税の賦課要件(事実の隠蔽又は仮装)を充足するか。
争点に関する当事者の主張
争点1(給与所得該当性)
被告(国側)の主張
- 原告から関連法人への送金は、前払金名目ではあるが、実体のない架空取引である。
- 関連法人の売上高・資産状況からすれば、短期間で多額の入金を原告に行うことは不可能であり、入金の原資は原告自身の資金である。
- よって、帳簿上は返済があったように見えても、実質的には原告が代表取締役の貸付金返還債務を免除したものであり、その利益は給与所得に該当する。
- 形式上存在する融資契約は、返済可能性や条件からみて経済合理性を欠き、実体のないものである。
原告の主張
- 入金は、第三者との融資契約に基づく資金によるものであり、原告の資金ではない。
- 循環的な資金移動があったとしても、現実に送金・入金が行われている以上、取引には実体がある。
- よって、代表取締役が債務免除を受けたとはいえず、給与所得には該当しない。
裁判所の判断
訴えの適法性
原告は、一部の納税告知処分等について審査請求を取り下げているため、その部分については、国税通則法所定の不服申立前置を欠き、不適法として却下した。
争点1(給与所得該当性)
給与所得の意義
裁判所は、給与所得とは、雇用契約等に基づき提供した労務の対価として受ける給付であり、金銭のみならず経済的利益も含まれると整理した。
そして、代表取締役に対する債務免除は、その地位に基づいて与えられた利益である以上、賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するとした。
債務免除の有無
裁判所は、
- 送金と入金が極めて短期間で対応関係にあること
- 入金額が送金額とほぼ一致していること
- 関連法人に独自の資金力が認められないこと
- 契約と資金移動の時系列が整合しない例が複数存在すること
などを総合し、入金の原資は原告の資金であり、実質的に原告が代表取締役の債務を免除したと認定した。
その結果、代表取締役が得た経済的利益は、所得税法28条1項にいう給与所得に該当すると判断した。
争点2(重加算税)
裁判所は、原告が
- 実体のない取引名目を用い
- 返済があったような外形を作出し
- 債務免除という課税事実を隠した
点を重視し、これは「事実の隠蔽又は仮装」に該当するとした。
そのため、本件について重加算税の賦課要件を充足すると判断した。
結論
以上から、
- 審査請求を取り下げた部分については却下
- その余の部分については、課税処分・重加算税ともに適法
として、原告の請求はいずれも認められなかった。
