本件は、被相続人が米国の個人退職口座(IRA)で受け取った配当について、税務調査官の説明(本件説明)を受け「公的年金等に係る雑所得」として期限後申告したことが発端です。その後、相続人である請求人が「正しくは配当所得であり、分離課税の特例(措置法8条の4)が適用できるはず」として更正の請求を行いました。
審判所の判断は極めて厳格でした。まず、配当所得の分離課税特例は「確定申告書への記載」が適用要件であり、更正の請求によって新たに選択することはできないと結論付けました。
さらに、請求人が主張した「税務署の説明を信じたのだから、特例を認めないのは信義則違反だ」という点についても、「納税者が取引内容を詳細に記した資料(Ceteraレポート等)を提出せず、自ら『年金である』と説明したことが誤認の原因である」と指摘。説明の誤りは専ら納税者側の責任(資料提出不足)に帰すべきものであり、信義則による救済の対象にはならないと判示しました。
海外資産の所得区分は複雑ですが、納税者自身の判断と適切な資料提出がなければ、後からの是正や救済は極めて困難であることを示す、実務上重要な裁決です。
裁決要旨
国税不服審判所ホームページの裁決要旨
請求人は、被相続人が原処分庁所属の調査担当職員による国税通則法第74条の11《調査の終了の際の手続》第2項に規定する調査結果の説明(本件説明)を受けて、海外の口座において支払を受けた特定上場株式等の配当等(本件配当等)に係る所得を公的年金等に係る雑所得とする確定申告書を提出したのであって、正しい所得区分で更正の請求を行った際に租税特別措置法(平成30年法律第7号による改正前のもの)第8条の4《上場株式等に係る配当所得等の課税の特例》第1項の規定による特例(本件特例)の適用の選択が行えないとすれば、請求人に経済的な損失が生じるのであるから、原処分には信義則に反する違法がある旨主張する。
しかしながら、本件説明の内容は、被相続人が本件配当等に係る資料を提出しなかったことなどによるものであり、専ら被相続人の責めに帰すべき事由によるものであることから、被相続人が本件説明に基づいて本件配当等に係る所得を雑所得であるとして申告をし、配当所得であることを前提とする本件特例の適用を受けなかったことについても、被相続人の責めに帰すべき事由があるというべきである。したがって、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存するとは認められず、原処分に信義則に反する違法はない。(令6. 6.13 東裁(所)令5-124)
事案の概要
本件は、被相続人が、海外の金融機関の口座において支払を受けた特定上場株式等の配当等(本件配当等)について、租税特別措置法第8条の4《上場株式等に係る配当所得等の課税の特例》(本件特例)を適用しないで確定申告をしたところ、請求人が、本件配当等には本件特例が適用できるなどとして更正の請求を行った事案である。
原処分庁は、本件配当等については本件特例を適用することができず、総合課税の対象となるなどとして更正処分等を行った。これに対し、請求人は、当該処分の取消しを求めて審査請求をした。
関係法令
イ 国税通則法(令和4年法律第4号による改正前のものをいい、以下「通則法」という~)第23 条《更正の請求》第1 項柱書及び同項第1 号は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大である場合には、当該申告書に係る国税の法定申告期限から5年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができる旨規定している。
ロ 租税特別措置法(平成30年法律第7号による改正前のものをいい、以下「措置法」という。)第8条の4第1項柱書及び同項各号は、居住者が平成28年1月1日以後に支払を受けるべき所得税法第23条《利子所得》第1項に規定する利子等のうち所定のもの又は同法第24条《配当所得》第1項に規定する配当等のうち所
定のもので措置法第8条の4第1項各号に掲げるもの(以下「上場株式等の配当等」という。)を有する場合には、当該上場株式等の配当等に係る利子所得及び配当所得については、所得税法第22条《課税標準》及び第89条《税率》の規定にかかわらず、他の所得と区分し、その年中の当該上場株式等の配当等に係る利子所得の金額及び配当所得の金額を基に計算した金額に対し、当該金額の100分の15に相当する金額に相当する所得税を課する旨規定している(以下、措置法第8条の4第1項の規定による特例を「本件特例」という。)。
ハ 措置法第8条の4第2項は、本件特例のうち、上場株式等の配当等で同条第1項第1号から第3号までに掲げるもの(同項第2号に掲げる収益の分配にあっては、公社債投資信託以外の証券投資信託に係るものに限る。以下「特定上場株式等の配当等」という。)に係る配当所得に係る部分は、居住者がその年中に支払を受けるべき特定上場株式等の配当等に係る配当所得につき同項の規定の適用を受けようとする旨の記載のある確定申告書を提出した場合に限り適用する旨規定している。
基礎事実
被相続人は、平成28年中に、アメリカ合衆国のIndividual Retirement Account(以下「IRA」という。)の口座において、上場株式等の配当等の支払を受けた。
本件上場株式等の配当等のうち、公社債投資信託の収益の分配を除く特定上場株式等の配当等(以下「本件配当等」という。)に係る所得については、配当所得に該当する。
被相続人は、平成28年分の所得税及び復興特別所得税について、法定申告期限までに確定申告書を提出しなかった。
原処分庁所属の調査担当職員は、本件調査を実施し、調査終了時に調査結果の説明(以下「本件説明」という。)を行った。
被相続人は、本件説明を受けて、本件配当等に係る所得を公的年金等に係る雑所得として確定申告書を提出した。
その後、請求人は、正しい所得区分は配当所得であるとして更正の請求を行うとともに、本件特例の適用を求めた。
争点
1 本件更正の請求において本件配当等に係る配当所得に本件特例の適用を求めることは、通則法第23条第1項第1号の要件を満たすか否か
2 本件更正処分に信義則に反する違法があるか否か
争点についての主張
請求人の主張
請求人は、被相続人が本件説明を受けて、本件配当等に係る所得を公的年金等に係る雑所得とする確定申告書を提出したのであって、正しい所得区分で更正の請求を行った際に本件特例の適用の選択ができないとすれば、請求人に経済的な損失が生じる。
また、本件説明は、原処分庁の調査担当職員による正式な説明であり、これを信頼して申告したものであるから、後に本件特例の適用を認めないとすることは、信義則に反する違法である。
原処分庁の主張
原処分庁は、本件特例の適用を受けるためには、確定申告書においてその旨の選択をする必要があり、更正の請求によって新たに選択することはできない。
また、本件説明の内容は、被相続人が提出すべき資料を提出しなかったことなど、専ら被相続人の責めに帰すべき事情に基づくものであり、信義則の適用を認めるべき特別の事情は存在しない。
審判所の判断
争点1:本件更正の請求において本件配当等に係る配当所得に本件特例の適用を求めることが、通則法第23条第1項第1号の要件を満たすか否かについて
審判所は、特定上場株式等の配当等に係る配当所得について本件特例の適用を受けるためには、確定申告書にその適用を受けようとする旨の記載が必要であるとした。
そして、更正の請求書は、措置法にいう「確定申告書」には当たらないことから、少なくとも更正の請求によって本件特例の適用を新たに選択することはできないと解するのが相当であるとした。
本件においては、被相続人が提出した確定申告書には、本件特例の適用を受けようとする旨の記載がなく、本件更正の請求書にその記載があるにすぎない。
したがって、本件更正の請求において本件配当等に係る配当所得に本件特例の適用を求めることは、通則法第23条第1項第1号の要件を満たさないと判断した。
請求人の主張について(争点1)
審判所は、所得税が申告納税制度を採用していることを踏まえ、納税者は自己の判断と責任において、適正な申告を行うべきであるとした。
被相続人は、本件配当等に係る所得区分について、自己の判断と責任において申告すべきであったにもかかわらず、誤った申告をしたのであり、その結果として本件特例の選択の機会を逸したとしても、これによって上記判断が左右されるものではないとした。
したがって、請求人の主張には理由がないとした。
争点2:本件更正処分に信義則に反する違法があるか否かについて
審判所は、租税法律関係において信義則を適用するには、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお、当該課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が必要であるとした。
本件において、本件調査担当職員が本件配当等について公的年金等に係る雑所得である旨説明したのは、被相続人が、IRA口座において支払を受けた金銭について「年金」であると説明し、かつ、取引内容を確認するための重要な資料であるCeteraレポートを提出しなかったことによるものであると認定した。
Ceteraレポートは、IRAの口座における、取引の種類、取引年月日及び取引金額等の具体的な取引内容が記載された資料であり、これにより、IRAの口座において支払を受けた金銭が株式等に係る配当等であるか株式等の譲渡によるものであるか等を確認することができる。
そのため、本件説明の内容は、専ら被相続人の責めに帰すべき事由によるものであり、これを税務官庁の公的見解として信頼したとはいい難いとした。
さらに、被相続人が本件説明に基づいて本件配当等を雑所得として申告し、本件特例の適用を受けなかったことについても、被相続人の責めに帰すべき事由があるとした。
したがって、租税法規の適用における平等・公平を犠牲にしてまで信義則を適用すべき特別の事情は認められないと判断した。
結論
以上のとおり、本件更正の請求において本件配当等に係る配当所得に本件特例の適用を求めることは、通則法第23条第1項第1号の要件を満たさず、また、本件更正処分に信義則に反する違法は認められない。
よって、審査請求は理由がないから、これを棄却する。
