「公平・中立・簡素」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、税制を設計する際に従うべき三つの原則として、政府の税制調査会をはじめ広く使われてきた考え方です。

このうち「公平」と「中立」については、それぞれ独立した重要な価値として論じられることが多い一方、「簡素」はどこか軽く扱われてきた面があります。「手続を簡単にしてコストを減らすべき」というスローガン程度に受け取られてきたとも言えます。

しかし、AIが税務の世界を変えつつある今、「簡素」という原則を問い直す必要があります。「わかりやすい税制」「簡素な税制」とは何か、それは誰のためのものか。この問いは、単なる制度設計の話ではなく、民主主義と個人の自由にかかわる問題です。


Q. 税制には「公平・中立・簡素」という原則があると聞きました。「簡素」とはどういう意味ですか?

「簡素」とは、税制を理解しやすくし、納税者と税務当局双方のコストを軽減することを求める原則です。ただし、その意義はコスト削減にとどまらない、という点が重要です。

令和5年の税制調査会答申は、「公平・中立・簡素」の三原則について、「皆で広く公平に分かち合う」税制を実現するための基準として整理しています。

  • 公平:税負担が公平に分配されること。担税力に応じた課税。
  • 中立:税制が経済活動の選択を歪めないこと。課税によって行動が不当に左右されないこと。
  • 簡素:税制を理解しやすくし、納税者・税務当局双方のコストを軽減すること。

三原則は、どれか一つを優先すれば他の二つが損なわれるというトレードオフの関係にあります。たとえば、「公平」を追求して個人の担税力に細かく対応しようとすれば、制度は必然的に複雑になり「簡素」が損なわれます。

こうしたトレードオフもあって、「簡素」は三原則の中で相対的に軽視されてきた側面があります。その一因は、「簡素化の目的はコストの削減に尽きる」という発想——いわばコスト削減への矮小化——にあります。しかし、「簡素」原則の意義はコスト削減にとどまらず、民主主義と個人の自由を守るという規範的な意味を持っています。以下のQで順を追って解説します。


Q. AIやデジタル化で税制は「簡素」になっているのですか?

手続のレベルでは「簡素化」が進んでいますが、税法そのものは複雑化し続けています。この2つは別の問題です。

この記事では、前の2本の記事(記事①記事②)で触れた「シンプレクシティ」という概念を、租税原則の観点から改めて位置づけます。

e-Taxの普及、マイナポータルによるデータ自動入力、国税庁のAIチャットボット――これらは、納税者が税制に接する際の手続コストを下げるという意味で、「簡素」原則に沿った取り組みといえます。

しかし、こうした取り組みは、税法そのものを変えているわけではありません。「シンプレクシティ(simplexity)」という概念があります。これは、simplicity(簡素)とcomplexity(複雑)を組み合わせた造語で、税法の複雑さは残したまま、わかりやすく「見せる」アプローチのことを指します。

「簡素」には、実は2つの異なる問いが含まれています。

  • 制度そのものを簡単にすること(シンプリシティ):税法・通達・手続の内容自体を整理・削減する。理想ではあるが、経済社会の複雑化に対応しながら実現することは極めて難しい。
  • 誰もが理解・アクセスできる環境を整えること(シンプレクシティ):税法の複雑さを前提にしつつ、わかりやすい説明・ガイド・ツールを提供することで、実質的に「簡素に見える」状態を作る。AIの活用はこちらを飛躍的に進化させる。

現実には、制度そのものの簡素化には限界があります。そのため、シンプレクシティによるアプローチを「簡素」原則の実践的な展開として評価することも可能です。しかし、シンプレクシティには構造的なリスクも伴います。それについては、次のQで掘り下げます。なお、デジタル化と確定申告の難しさの関係についてはこちらの記事でも詳しく解説しています。


Q. 「わかりやすい税制」は、なぜ民主主義と関係があるのですか?

税制が複雑すぎて国民が理解できなくなると、民主主義の根幹が揺らぐからです。「簡素」原則には、コスト削減を超えた規範的な意義があります。

税制は、国民が選んだ代表者によって国会で制定された法律に基づいています。しかし、その法律があまりにも複雑で、多くの国民が内容を理解できないとすれば、次のような問題が生じます。

  • 税制へのアクセスの不平等:複雑な税制を理解・活用できる人と、そうでない人の間に格差が生じる。専門家に依頼できる人とそうでない人の差は、税制上の不利益として現れる。
  • 民主的参加の阻害:税制論議に参加できるのは専門家だけになり、一般市民が自分ごととして税制を議論する機会が失われる。たとえば、国政選挙において「消費税」が争点となった場合を考えてみましょう。投票日までの短期間のうちに、複雑難解な消費税法を正確に理解した上で自分の投票行動に結びつけることは、多くの人にとって極めて困難です。結果として、税制の内容を十分に検討しないまま投票行動を決めざるを得なくなります。場合によっては、よく検討しないまま、他者のわかりやすい見解に流されてしまう可能性もあります。こうした状況は、国民が主体的に税制の意思形成に参加するという民主主義の理念とは相容れません。
  • 申告納税制度の形骸化:「自分で申告し、自分で納税する」という制度の前提は、納税者が内容を理解していることを要件とします。理解のないまま形式的に申告するだけでは、制度の理念が空洞化します。
  • 自由・権利の侵害:内容を理解できないまま法律の遵守を一方的に強いられることは、知らないうちにリスクを負わされることを意味し、個人の自由や財産権にかかわる問題となります。

「簡素」原則が真に求めているのは、すべての国民にとって理解可能で、アクセス可能な税制です。それは、税制の民主的正統性を維持するための規範的基盤であり、国民が法律を理解して自己防衛できるようにするための自由主義的な要請でもあります。

言い換えれば、「簡素」原則は単なる「コスト削減のルール」ではなく、「誰もが納得して税金を納められる社会」を守るためのルールとして再評価される必要があります。


Q. AIが「わかりやすく説明してくれる」なら、それで十分ではないですか?

AIによるわかりやすい説明(シンプレクシティの進化)には大きな可能性がありますが、「制度を使えること」と「制度を理解できること」は別問題です。AIが代替できない部分があります。

生成AIや自動化された法的ガイダンスツール(税金に関する質問を入力すると、法的な観点からプロフェッショナルな回答が自動的に生成されるツール)には、24時間対応・対話形式・多言語対応・低コストといった特長があり、これまで専門家にアクセスできなかった人々が税制を理解する機会を大きく広げます。その意味で、AIはシンプレクシティを飛躍的に進化させる可能性を持っています(AIを使った税務相談のリスクについては、こちらの記事をご覧ください)。

しかし、次の問題が残ります。

  • 法律からの「逸脱」リスク:税法は複雑で多義的であり、「はい/いいえ」で答えられない問題が多くあります。AIがわかりやすい回答を提示しようとすれば、法律の細部・例外・解釈上の論点を捨象せざるを得ません。これは「わかりやすい回答」が「正確な回答」とは異なることを意味します。
  • ハルシネーションのリスク:生成AIは、存在しない条文や確立されていない見解を自信満々に提示することがあります(ハルシネーション)。税務では、こうした誤りが申告ミスや加算税・延滞税のリスクにつながります。
  • 主体性の喪失:AIが税制を「代わりに理解」してくれる環境が整うほど、納税者が自ら税制を理解しようとする意欲が失われていきます。「結局、税金いくら払えばよいかだけわかればよい」という発想が広がれば、申告納税制度の前提が崩れます。
  • デジタル排除の問題:AIが主要な税務案内の手段になるほど、デジタルに不慣れな人々がその恩恵から取り残されるリスクが高まります。

こうしたリスクに対して、「スマートフォンだって内部構造を理解しなくても使えるし、税務AIも同じではないか」という楽観的な見方があるかもしれません。確かに、コンピュータや生成AIに至るまで、多くの技術はその仕組みを理解しなくても日常的に利用できます。そのため、AIによる税務案内の問題についても、同様に楽観視する見解が一般に受け入れられやすい面があります。

しかし、税制は単なる技術的なサービスとは質的に異なります。スマートフォンの機能を使いこなすことと、税制の内容を理解することは同列に論じられません。税制は、国民一人ひとりが「主権者」として納税義務を負い、制度の設計や適用に主体的に関与すべき領域です。「使えれば理解しなくてよい」という発想を税制に持ち込むことは、この主体性を放棄することを意味します。こうした楽観論を無批判に受け入れることはできません。

ここで重要なのは、「AIにとって判読可能であること」を「人間にとって理解可能であること」に優越させてはならないという点です。「簡素」原則が求めているのは、あくまで人間にとっての理解可能性とアクセスの平等です。AIを活用した説明が普及しても、その根底にある税法の複雑さや、AIの回答が「逸脱」を含む可能性は消えません。

制度を使えること」と「制度を理解できること」はイコールではありません。後者を確保することが、「簡素」原則の本来の要請です。


Q. では、AIの時代に「簡素」原則はどのような意味を持つのですか?

「簡素」原則は、デジタル化による効率性と、誰一人取り残さない包摂性という相反する要請を調整し、税制の民主的・自由主義的な基盤を守る規範として、より積極的に評価されるべきです。

AI・デジタル化が進む税務の世界において、「簡素」原則は次の2つの方向性を同時に要請しています。

  • 効率性の推進:デジタル化・AI活用によって、デジタルリテラシーを持つ国民には税制への多様なアクセス手段を保障し、納税者と税務当局双方のコストを削減する。
  • 包摂性の確保:デジタルリテラシーを持たない人々を排除しない制度設計を要請する。紙・対面の手続を一定程度維持し、AIやデジタルが対応できない層を制度から切り捨てない。

この2つは一見矛盾しているように見えますが、どちらも「簡素」原則が求めていることです。デジタル化推進というアクセルと、包摂的制度設計というブレーキを同時に踏むという緊張関係こそが、税制設計における創造的なエネルギーを生み出します。

ただし、「簡素」原則は万能ではありません。AIによる調査選定のブラックボックス問題(なぜ自分が調査対象に選ばれたかがわからない問題)や、ハルシネーションによる誤情報のリスクなど、AIの利用に伴う問題のすべてを「簡素」原則だけで解決することはできません(AIによる調査選定の問題についてはこちらの記事で詳しく解説しています)。これらには、憲法上の適正手続の保障や、個人情報保護法などの直接的な法規制との連携が必要です。

「簡素」原則の真の意義は、税制の民主的正統性を守るための規範的基盤(単なる努力目標ではなく、守らなければならない民主主義の根本ルールとしての意義)を提供することにあります。すなわち、すべての国民が税制を理解し、自ら申告することを支援し、誰もが「主権者」として税制に主体的に関与できる環境を整えることを、制度設計の指針として要請するものです。

AIが税務の世界をどれだけ変えても、「税制は誰もが理解できるものでなければならない」というこの要請は変わりません。それどころか、AIが複雑な税制をわかりやすく「見せる」能力を高めるほど、その裏に潜む複雑さや「逸脱」のリスクを意識し続けることが、納税者にも専門家にも求められます。


まとめ

「簡素」原則は、税制を便利にするためのコスト削減ルールではありません。それは、すべての国民が税制を理解し、民主主義の担い手として税制に主体的に関与できることを守るための規範的基盤です。

AI・デジタル化が進む今こそ、「わかりやすい税制」「簡素な税制」とは何かを問い直す必要があります。手続が便利になることと、制度が理解可能になることは別問題です。そして、「AIにとって判読可能な税制」と「人間にとって理解可能な税制」は、同じではありません。

デジタル化による効率性と、誰一人取り残さない包摂性。この2つの要請を同時に追求することが、AI時代の税制設計に求められています。そのための規範的指針として、「簡素」原則をより積極的に評価し直すことが必要です。

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