記事の紹介

海外のタックスヘイブン等で設定される「裁量信託」。受託者の裁量によって分配が決まるため、日本の税法上も「誰がいつ、いくらもらったか確定しない=課税できない」と語られることがありました。

しかし、大阪地裁令和7年4月17日判決は、こうした海外信託のベールを剥がす極めて厳しい判断を下しました。争点は、ジャージー島信託法に基づき設定された信託において、受益者の死亡に伴う権利の移転を「みなし贈与」として課税できるかという点です。

原告(相続人)は「具体的な割合が決まっていない裁量信託なのだから、相続時の課税はおかしい」と主張しましたが、裁判所は契約の実態を読み解き、独自の「受益割合(2分の1)」を認定しました。

事案の概要

原告の父である「本件被相続人???」は、平成18年9月、委託者を本件被相続人、受託者を「本件受託者???」、受益者を本件被相続人および原告とする信託契約(以下「本件信託契約」)を締結した。その後、本件被相続人が「???」に死亡して相続が開始した(以下「本件相続」という)。

伏見税務署長は、令和2年12月24日付けで、旧相続税法4条2項1号により、本件信託の利益を受ける権利の2分の1につき、本件相続開始時に原告が贈与により取得したものとみなされるとして、①相続税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分、②本件被相続人の平成27年分・平成28年分の所得税等の更正処分および無申告加算税の賦課決定処分を行った。

これに対し原告は、本件信託契約は受益割合のない裁量信託であるから、旧相続税法4条1項により本件信託契約締結時に原告が本件信託の利益を受ける権利の全部を贈与により取得したとみなされるべきであり、同条2項1号により本件相続開始時に原告がその2分の1を贈与により取得したとみなすのは誤りであるなどと主張して、本件各処分(更正処分のうち申告額を超える部分等)の取消しを求めた。

結論として裁判所は、原告の請求はいずれも理由がないとして棄却した。

関係法令等

(1) 相続税法
ア 信託行為によるみなし贈与
旧相続税法4条1項は、信託行為があった場合において、委託者以外の者が信託の利益の全部又は一部についての受益者であるときは、当該信託行為があった時において、当該受益者が、その信託の利益を受ける権利(受益者が信託の利益の一部を受ける場合には、当該信託の利益を受ける 権利のうちその受ける利益に相当する部分)を当該委託者から贈与(当該信託行為が遺言によりなされた場合には遺贈)により取得したものとみなす旨規定する。


イ 受益者の変更によるみなし贈与
旧相続税法4条2項は、同項各号に掲げる信託について、当該各号に掲げる事由が生じたため委託者以外の者が信託の利益の全部又は一部についての受益者となった場合においては、その事由が生じた時において、当該受益者となった者が、その信託の利益を受ける権利を当該委託者から贈与(同項1号の受益者の変更が遺言によりなされた場合又は同項4号の条件が委託者の死亡である場合には、遺贈)により取得したものとみなす旨規定し、同項1号において、「委託者が受益者である信託について、受益者が変更されたこと。」を、同項4号において、「停止条件付で信託の利益を受ける権利を与えることとしている信託について、その条件が成就したこと。」を、それぞれ掲げる。

ウ 評価の原則
相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、 当該財産の取得の時における時価による旨規定する。

(2) 所得税法
所得税法(平成19年法律第6号による改正前のもの。以下「旧所得税法」という。)13条1項本文及び同項1号は、信託財産に帰せられる収入及び支出については、受益者が特定している場合、その受益者がその信託財産を有するものとみなして、この法律の規定を適用する旨規定する。




主文

結論

原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。


請求

相続税関係

伏見税務署長が令和2年12月24日付けで原告に対してした、本件相続開始に係る相続税の更正処分のうち納付すべき税額1948万6500円を超える部分および過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

所得税等(平成27年分)

伏見税務署長が令和2年12月24日付けで原告に対してした、被相続人???に係る平成27年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分のうち、総所得金額853万2576円、還付金の額に相当する税額11万円を超える部分並びに無申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

所得税等(平成28年分)

伏見税務署長が令和2年12月24日付けで原告に対してした、被相続人???に係る平成28年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分のうち、総所得金額105万4825円、還付金の額に相当する税額2万7539円を超える部分並びに無申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。


前提事実

当事者等

原告

原告は、本件被相続人(???死亡)の子であり、その相続人の一人である。

本件被相続人名義口座等

本件被相続人は、平成18年7月20日、本件銀行???に本件被相続人名義の口座を開設し、同口座の代理人を原告と定めた。

本件受託者???は「???」(以下「???」)を設立し、同社の実質的支配者は本件被相続人であった。


本件信託契約

締結

本件被相続人は、平成18年9月11日、本件受託者との間で、委託者を本件被相続人、受託者を本件受託者、受益者を本件被相続人および原告とする本件信託契約を締結した。

信託口座の開設と権限

本件受託者は、本件信託財産を受け入れるため、本件銀行に「???」名義の口座(本件信託口座)を開設し、原告を同社の「???」として届け出た。
この届出により、原告は本件信託口座を運用し指示を与える権限を付与されていたが、本件信託口座から有価証券または現金を引き出すことは許可されていなかった。

資産移動と運用状況

本件被相続人は、平成18年8月頃にかけて、米ドル建て定期預金(50万ドル)全額、日本円残高の全額、債券等の資産移動を指示し、さらに平成18年11月3日から平成20年11月19日にかけて、これら各資産を本件信託口座に移動させた。

本件信託口座に組み入れられた信託財産は、本件信託設定時から本件相続開始日に至るまで、解約による払戻しや受益者への分配はなかった。


相続開始とその後の動き

相続開始

本件被相続人は「???」に死亡し、本件相続が開始した。法定相続人は、配偶者である訴外???および子である原告ほか計5名(相続人ら)である。

信託財産の移管

原告は、平成28年7月23日、本件銀行に対し、本件信託口座に保管されている有価証券・現金・借入金の全てを原告名義の口座に移管し、移管後に本件信託口座を閉鎖するよう指示した。
本件銀行は平成28年9月2日から同月5日にかけて、移管を了した。


申告と課税処分

所得税等の申告

相続人らは、平成28年7月13日、本件被相続人の平成27年分・平成28年分の所得税等の準確定申告書を提出した。
ただし、相続人らは本件信託財産から生じた利益について申告しておらず、原告も原告自身の確定申告で当該利益を申告していなかった。

相続税の申告

原告は、平成28年11月21日、本件相続税の申告書を提出したが、課税価格の計算上、本件信託の利益を受ける権利を課税価格に算入していなかった。

本件各処分と不服申立て

伏見税務署長は、令和2年12月24日付けで、本件各処分(相続税の更正・過少申告加算税、所得税等の更正・無申告加算税)を行った。
原告は審査請求をしたが棄却され、その後、本件訴えを提起した。


争点

旧相続税法4条1項の適用場面(争点1)

旧相続税法4条1項により本件信託契約締結時に原告が贈与により取得したとみなされるのは、本件信託の利益を受ける権利の2分の1にとどまるか否か。

旧相続税法4条2項1号の適用場面(争点2)

旧相続税法4条2項1号により、本件相続開始時に原告が本件信託の利益を受ける権利の2分の1を贈与により取得したとみなされるか否か。

争点に関する当事者の主張

争点1に関する主張

被告の主張

本件信託の設定時において、本件被相続人および原告はいずれも本件信託の「受益者」であった。信託の性質上、受益者が複数存在する場合に、いずれか一人が信託の利益の全部を受ける権利を有することは論理的にあり得ない。
本件信託では受益割合の定めはないものの、両者の地位・権利内容に質的・量的制約や優劣をうかがわせる定めもないため、合理的に解釈すると両者の内容は相等しく、受益割合はそれぞれ2分の1である。

原告の主張

本件信託はジャージー島信託法における裁量信託であり、受益者が有する権利は法的な給付請求権ではなく、受託者の裁量権の行使により信託財産全部を上限として利益配分を受ける権利(期待権)である。
したがって受益割合や持分は存しないし、少なくとも2分の1などと確定的な割合が決まることはない。設定時点で委託者以外の者は原告のみであり、原告は信託財産全部に対する権利(期待権)を有するから、旧相続税法4条1項により贈与とみなされるのは権利の全部である。
被告が契約当事者の合理的意思解釈で受益割合を認定するのは、裁量信託と相容れず、また2分の1という帰結が導かれる余地もない。


争点2に関する主張

被告の主張

本件信託証書の定めにより、受益者の一方が死亡した場合、以後は生存者が唯一の受益者となり、受益者の相続人は受益者たる地位を相続しない。原告が死亡後に信託財産の移管を指示し、実際に移管が行われたこともこれを裏付ける。
本件被相続人は生前、本件信託の利益を受ける権利の2分の1を有し、その限度で自益信託である。死亡により受益者が原告のみとなった結果、原告はその2分の1についても受益者となり、旧相続税法4条2項1号の「委託者が受益者である信託について、受益者が変更されたこと」に該当する。
よって原告は相続開始時に2分の1を贈与により取得したとみなされる。

原告の主張

争点1のとおり、原告は本件信託の利益の全部について受益者に該当し、本件被相続人の死亡により2分の1が原告に移転することも、受益割合が変動することもないから、旧相続税法4条2項1号の適用の前提を欠く。
また、本件信託は設定時から委託者以外の受益者(原告)が存在するため「委託者が受益者である信託」には該当しない。死亡により「受益者が変更された」ものでもなく、「委託者以外の者が受益者になった場合」にも当たらない。
さらに、死亡に起因するなら「贈与」ではなく「遺贈」とみなすべきで、被告の解釈は文理解釈として無理がある。


裁判所の判断

認定事実(ジャージー島信託法・契約条項等)

受益者の定義と受託者の義務

ジャージー島信託法では、「受益者」は信託の利益を享受する資格のある者又は信託財産を分配する裁量権の行使の利益を受ける者を意味する。また、受託者は信託条項に従って信託を運営・管理すべき義務を負い、受益者が複数いる場合は公平を保持すべき旨が定められている。

本件信託契約の要点

本件信託の受益者は本件被相続人と原告の2名であり、受益割合の具体的定めは見当たらない。
一方で、契約条項には、受益者が複数の場合に「持分(shares)」に応じて保有・支払等を行うこと、信託期間満了時には生存する受益者に「完全に均等な割合」で保有されることが記載されている。

本件被相続人の意向書

本件被相続人は、信託の元本・収益の処理について受託者に完全な裁量権があることを承知しつつ、生前は主に自身の利益のために信託を設定し、必要に応じて分配を希望すること、原告が単独で分配請求した場合には信託財産の100%を上限として受け付けてほしいこと、死後は死亡時の信託財産が原告のためだけに保有されることを希望する旨を述べている。


争点1(信託設定時の「みなし贈与」の範囲)

受益者性(前提)

裁判所は、旧相続税法4条1項の「受益者」とは、受益権すなわち信託受給権および信託監督的権能を有する者をいうと解した上で、本件では本件被相続人と原告はいずれもこれを有し、いずれも「受益者」に該当するとした。

また、原告が主張する「法的な請求権ではない受益期待権にすぎなくても受益者に当たる」という理解については、判例の読み方として適切でない旨を述べ、少なくとも本件判断の基礎として採用しない姿勢を明確にした。

原告が有する権利は「全部」か「一部」か

裁判所は、一の信託に受益者が複数存在する場合に、いずれか一人の受益者が信託の利益を受ける権利の全部を有するという構成は、他の受益者の受益権を否定することになり、受益者の定義と矛盾して論理的にあり得ないとした。
また、複数の受益者がそれぞれ全部を有することや、総和が100%を超えることも同様に論理的にあり得ないとした。

受益割合(2分の1)の認定

本件信託契約には具体的な受益割合の定めがないため、契約当事者の合理的意思解釈により認定すべきとした上で、本件信託証書上、両者の受益者としての権利義務に差異や優劣を設ける趣旨の定めが見当たらないこと、受託者の公平義務の定めも踏まえ、設定時の受益割合は相等しいもの、すなわちそれぞれ2分の1と推認するのが相当とした。

小括(争点1の結論)

旧相続税法4条1項により信託契約締結時に原告が贈与により取得したとみなされるのは、本件信託の利益を受ける権利の2分の1にとどまる


争点2(相続開始時の「受益者変更」みなし贈与)

旧相続税法4条2項1号該当性

裁判所は、本件信託証書の定めを、受益者の一方が死亡した場合には以後、生存者が唯一の受益者となり、受益者の相続人は受益者たる地位を相続しない旨の定めと解した。

そして、本件被相続人は生存中、本件信託の利益を受ける権利の2分の1を有し、当該部分は自益信託に該当するところ、死亡により本件被相続人が受益者でなくなり、原告が全部を保有するに至ったことから、原告は本件被相続人が有していた2分の1を取得したものといえ、旧相続税法4条2項柱書きの「委託者以外の者が信託の利益の一部についての受益者になった場合」に該当し、同項1号の「委託者が受益者である信託について、受益者が変更されたこと」に当たるとした。

価額(2分の1)の評価

本件信託口座の財産を円換算した金額が4億4613万0398円であることを前提に、本件相続開始時における本件信託の利益を受ける権利の2分の1の価額は2億2306万65199円と認めた。

小括(争点2の結論)

原告は本件相続開始日に、本件信託の利益を受ける権利の2分の1を、本件被相続人から贈与により取得したものとみなされる。


所得税等の各処分の適法性

前提(旧所得税法13条の適用)

裁判所は、本件被相続人は本件信託の受益者で受益割合は2分の1であり、旧所得税法13条により、信託財産の2分の1に帰せられる収入・支出は本件被相続人が信託財産を有するものとみなされ、同法の規定が適用されるとした。

更正処分(平成27年分・平成28年分)

裁判所は、認定される総所得金額・納付すべき税額等と更正処分の金額関係から、平成27年分の更正処分は適法、平成28年分の更正処分も適法と判断した。

無申告加算税(平成27年分・平成28年分)

準確定申告が法定申告期限後に提出されたことから無申告加算税が賦課され得るとし、その算定結果と賦課決定額の関係から、平成27年分・平成28年分いずれも賦課決定処分は適法と判断した。


相続税の各処分の適法性

相続時精算課税の選択と課税価格加算

原告は、平成21年中の贈与について相続時精算課税の選択届出書を提出しているため、平成21年分以後、特定贈与者である本件被相続人から贈与により取得した財産の価額は相続税の課税価格に加算される。
そのため、本件相続開始日に贈与取得とみなされる本件信託受益権2分の1の価額も課税価格に加算されるとした。

相続税更正処分

裁判所は、原告の課税価格および納付すべき税額が更正処分の額と同額となることから、本件相続税更正処分は適法と判断した。

過少申告加算税

申告書は法定申告期限内に提出されているため過少申告加算税が賦課され得るとし、その額が賦課決定処分の額と同額であることから、本件相続税賦課決定処分も適法と判断した。


結論

以上より、原告の請求はいずれも理由がないとして棄却され、主文のとおり判決された。

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