この記事でわかること
  • ハリウッドの俳優組合がAI俳優に「Tilly税」を課そうとしている背景
  • AI・ロボット税にはどのような種類があるか(所得課税・自動化税・マークアップ税など)
  • 賛成派と反対派、それぞれの論拠
  • 日本でもAI・ロボット税の議論が必要な理由

2026年3月、米国の俳優組合SAG-AFTRAがハリウッドのスタジオとの契約交渉で、AIが生成した俳優(「合成パフォーマー」)に対して課金する「Tilly税」を提案していることが報じられました(Bloomberg、2026年3月28日)。

AIが人間の仕事を代替するとき、税制はどう対応すべきか。

この問いは、エンターテインメント産業に限らず、あらゆる産業に共通するものです。

本稿では、Tilly税の概要を紹介した上で、AI・ロボット税に関する学術的な議論の体系を整理します。


「Tilly税」とは何ですか?

ハリウッドの俳優組合SAG-AFTRAが、AI生成の俳優を使用するスタジオに対してロイヤルティの支払いを求める提案です。AI俳優のコストを人間の俳優と同等にすることで、人間の雇用を守ることが目的です。

「Tilly税」の名前は、2025年秋に話題になったAI俳優「Tilly Norwood」に由来します。

Tilly Norwoodは実在の人間ではなく、AIによって完全に生成されたデジタルパフォーマーです。スタジオがこうしたAI俳優を人間の代わりに起用すれば、出演料・年金・健康保険の組合負担金をすべて回避できます。

SAG-AFTRAのDuncan Crabtree-Ireland事務局長は、2026年3月のAFL-CIO労働者サミットで、「労働協約は、AI技術を規制するための最も迅速で効果的な手段だ」と述べました。

Tilly税の仕組みは次のとおりです。

  • スタジオがAI生成の俳優(実在の人間に対応しない「合成パフォーマー」)を使用する場合、組合にロイヤルティを支払う
  • そのロイヤルティはSAG-AFTRAの年金・健康保険基金に充当される
  • AI俳優を使うコストを人間の俳優と同等にすることで、人間を雇用するインセンティブを維持する
SAG-AFTRAのAIタスクフォースメンバーであるBrendan Bradley氏は、Tilly税について「完璧な解決策か? いいえ。でも、2026年の時点で我々が持っている最善の悪いアイデアのカテゴリーに入る」と述べています(Variety、2026年1月30日)。

なお、SAG-AFTRAは2023年のストライキの際にも、AIに関する基本的な保護(デジタルレプリカの使用に対するインフォームドコンセントと公正な報酬の要件)を獲得しています。

しかし、Tilly Norwoodのような「実在の人間に基づかない、完全にAI生成されたパフォーマー」については、既存の保護では対応できません。

Tilly税は、この新たな脅威に対する制度的対応の試みです。


なぜ俳優組合がAIに「課税」しようとしているのですか?

AIが人間の雇用を代替する場合に、人間の側にかかっていたコスト(給与税・社会保険料等)がゼロになり、AIを使うほうが圧倒的に安くなるという構造的な問題があるからです。これはエンターテインメント産業に限らず、あらゆる産業に共通する問題です。

人間の俳優を雇用する場合、スタジオは出演料に加えて、組合への年金・健康保険の拠出金を支払います。

AI俳優にはこれらのコストが一切かかりません。

つまり、AI俳優は人間より「安い」のではなく、人間にかかる社会的コスト(年金・健康保険・組合負担金)がゼロになるという構造的な優位性を持っています。放置すれば、経済合理性だけでAIへの代替が加速します。

この構造は、泉絢也「AI・ロボット税の議論を始めよう ―「雇用を奪うAI・ロボット」から「野良AI・ロボット」まで」(千葉商大紀要59巻1号、2021年)が体系的に整理したAI・ロボット税の議論の中核にある問題です。

同論文は、AI・ロボット税の議論が必要となる3つの懸念を次のように整理しています。

  • ①雇用の喪失:AIやロボットによる自動化が人間の雇用を奪うことへの懸念
  • ②税収・社会保障財源の逼迫:雇用の喪失が所得税や社会保険料の減収をもたらし、一方で失業者支援の資金需要が増大することへの懸念
  • ③経済的不平等の拡大:自動化によって低・中スキル労働者の賃金が下がり、資本所有者の利益が増大し、格差が拡大することへの懸念
Tilly税は、まさにこの3つの懸念に対する実務的な回答です。①俳優の雇用を守り、②組合の年金・健康保険基金を維持し、③AIの利益がスタジオに集中することを防ぐ。学術論文で議論されてきたAI・ロボット税の構想が、ハリウッドの交渉テーブルで初めて具体的な形をとった事例といえます。

AI・ロボット税にはどのような種類がありますか?

泉(2021)の整理によると、主な提案として、みなし給与税、自動化税、マークアップ税(超過利潤課税)、AI・ロボット優遇税制の廃止・縮小などがあります。Tilly税は、これらのうち「みなし給与税」に近い構造を持っています。

税の種類概要提唱者
みなし給与税(帰属給与税)AIやロボットが人間に代わって行う活動の経済的価値を、人間の給与相当額で評価し課税Oberson教授
自動化税自動化による解雇に対して追加的に課税Abbott教授ら
法人自営業者税企業の利益と従業員給与総額の比率に基づき、自動化レベルに応じて課税Abbott教授ら
マークアップ税AIやロボットの導入により生じた超過利潤に課税森信茂樹ほか
AI・ロボットボックスパテントボックスの逆で、AI関連所得に通常より高い税率を適用Oberson教授
優遇税制の廃止・縮小加速度償却・税額控除など、AI投資への優遇を廃止・縮小複数の論者
Tilly税は、「AI俳優を使う場合に、人間の俳優を雇った場合と同等のコストを負担させる」という設計であるため、みなし給与税に近い構造を持っています。ただし、Tilly税はあくまで組合への拠出金であり、国家の租税ではない点が異なります。

マークアップ税(超過利潤課税)は、OECDのデジタル課税(第一の柱)の考え方とも接続する提案です。

AIやロボットの導入によって市場支配力が高まり、超過利潤が発生する場合に課税するという考え方で、AIやロボットの定義の困難性を回避できるという利点があります。

いずれの提案も理論的な検討段階にとどまっていますが、Tilly税のように、特定の産業で実務的な形をとりつつあることは注目に値します。


AI・ロボット税への反対論にはどのようなものがありますか?

主な反対論として、①イノベーションの阻害、②AIやロボットの「定義」の困難性、③国際競争力の低下、④二重課税の問題が挙げられます。いずれも重要な論点ですが、賛成派からの再反論も示されています。

① イノベーションの阻害

AI・ロボット税は研究開発を遅らせ、企業の生産性向上を阻み、国家の競争力を弱めるという批判です。

これに対して、賛成派の代表格であるOberson教授は、イノベーションを阻害すべきでないことを明言しつつも、ロイヤルティや著作権から生じる所得にはこれまでも課税されてきたが、それが過去のイノベーションを阻害したとは思われないと反論しています。

② 定義の困難性

課税対象となる「AIやロボット」の定義付けが極めて困難だという批判です。

食洗器、自動販売機、自動運転車、スマートフォンのアプリ、国税庁のチャットボットは対象に入るのか。

具体例を挙げるほどに、定義の難しさが浮き彫りになります。

Oberson教授は、定義の困難性を認めつつも、「自律性」を基準とする定義が可能だと主張しています。人間の労働力の代わりに使用されるアルゴリズム、ロボット、ボットを包摂し、労働市場において用いられるAIに対する課税を見据えるものです。

③ 国際競争力の低下

ある国がAI・ロボット税を導入した場合、その国の企業は導入しない他国との関係で不利な立場に陥るという懸念です。

この問題に対しては、国際的コンセンサスの形成が不可欠であり、OECDでの議論に委ねざるを得ない面があります。

④ 二重課税の問題

AIやロボットの稼ぎ出した利益はその所有企業の所得として既に課税されているため、追加的なAI・ロボット税は二重課税になるという批判です。

泉(2021)は、これらの反対論を詳細に検討した上で、AI・ロボット税の導入に対して否定的な立場をとる場合であっても、他国との関係も想定しつつ議論を重ねておくことが肝要であると結論づけています。

日本でもAI・ロボット税の議論は必要ですか?

必要です。日本がAI・ロボット税の導入に否定的な立場をとるとしても、議論を深めておくことには重要な意義があります。Tilly税のように、特定産業で先行事例が生まれつつある今こそ、議論を始めるべきタイミングです。

泉(2021)は、以下の理由から、日本においてもAI・ロボット税の議論が必要であるとしています。

  • AIやロボットによる自動化が深刻な税収減や雇用喪失をもたらすという予測を完全な杞憂であるとは論断できない
  • 自動化がさらに加速すれば、AI・ロボット税を求める声も増えてくることが予想される
  • AI・ロボット税に関して国際的コンセンサスの必要性を訴える見解がある
  • コンセンサスを得るには相当の時間を要する
IMFは2021年のワーキングペーパーで、「政策的介入がなければ、自動化による利益は主に資本所有者と熟練労働者にもたらされ、コストは主に未熟練労働者が負担する」と指摘しています。包括的な成長は保証されたものではなく、適切な財政政策の介入が必要だとする結論は、2026年の現在、さらに切実さを増しています。

Tilly税の事例は、この議論の重要性を裏付けるものです。

SAG-AFTRAは約16万人のメンバーを擁する組合ですが、「AIが人間の仕事を代替するとき、そのコストを誰が負担するのか」という問いは、俳優に限らず、あらゆる職業に当てはまります。

日本においても、AIによる自動化が進む分野(翻訳、法務、会計、カスタマーサポートなど)で同様の問題が顕在化する可能性があります。税理士業務もAIによる代替が議論される分野の一つであることを考えれば、この議論は他人事ではありません。

泉(2021)は、論文の末尾で、さらに先を見据えた問題提起を行っています。

人間に捨てられ、又は人間以外によって作り出され、もはや人間の所有物ではない「野良AI・ロボット」「野生のAI・ロボット」「所有者不明AI・ロボット」のようなものが出現する可能性はないだろうか。これらが所得を稼得するようになると、既存の税制は大きな変革を迫られることになるかもしれない。

AIが人間の仕事を奪うという議論は、すでに「起こるかもしれない未来」ではなく、Tilly税のように「今、交渉テーブルに上がっている現実」です。

AI・ロボット税というアプローチの検討自体を否定するのではなく、分析と議論を重ねておくことが、日本の税制の将来にとって重要です。


出典

(注)本稿は、AI・ロボット税に関する学術的議論の紹介と最新の動向の報告を目的としたものであり、特定の税制の導入を推奨するものではありません。

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