相続税が後から増額?代償分割の「合意書」が運命を分けた神戸地裁判決

相続が発生した際、一人が不動産を相続し、代わりに他の相続人へ現金を支払う「代償分割」という手法が使われる場合があります。しかし、この「支払う現金(代償金)」を相続税の計算上でいくらと評価するかによって、税金の額は大きく変わります。

今回の裁判(神戸地裁令和6年11月28日判決)では、一度は税金が安くなる「減額更正」が認められた後、税務署から一転して「やはり税金が足りない」と増額再更正処分を受けたケースが争われました。

争いのきっかけ:二つの計算方法

この裁判では、代償金の評価について二つの方法が対立しました。

  • 原告(相続人)の主張: 「相続税法基本通達」に定められた標準的な計算式(時価の変動を考慮した調整)を使うべき。
  • 税務署の主張: 相続人間で交わされた「合意書」に書かれた計算式(相続税評価額を基準にした特定の算式)を使うべき。

最初、税務署は原告の請求通り通達に基づいた減額を認めましたが、その後の調査で「合意書」の存在を重視し、より高い税額になるよう処分をやり直したのです。

「合意書にサインしたが、内容は理解していなかった」

原告は、「合意書に署名・押印はしたが、計算内容までは理解していなかった」「代理人弁護士の裏をかくような形で作らされた」と主張しました。

しかし、裁判所は非常に厳しい判断を下しました。

  • 署名・押印の重み: 本人が署名・押印した以上、自分の意思で合意したとみなされる。
  • 事後の行動: 原告は自らその合意書を税理士に渡し、税理士もそれを税務署に提出していた。これでは「内容を知らなかった」という主張は通りにくい。

結果として、通達の計算式よりも、「相続人全員の合意」によって決められた合理的で具体的な計算方法が優先されることになりました。

3税務署の調査は不十分だったのか?

原告はもう一点、「税務署は自分や弁護士に直接話を聞かずに再更正処分をした。調査が不十分(手続違反)だ」とも訴えました。

これに対し、裁判所は「税務調査の方法には税務署に広い裁量(自由な判断)がある」と説明。担当者が税理士に対して質問調査を行い、合意書の作成経緯や署名が本人のものであることを確認し、その結果に基づいて、処分行政庁が本件 再更正処分をしたことについて、全く調査を欠くに等しいと評価することはできず、重大な手続上の懈怠があったとは認められない。

「ア 税務署長は、再更正処分を行う場合、「調査」に基づいて行わなければならない(国税通則法 26条)。 26条調査については、その範囲や時期、方法といった具体的手続等についてなんら法律で定めていないところ、同調査は税務の専門技術的な性質を有することから、調査の範囲、程度及び手段等については、税務署長の広範な裁量に委ねられると解すべきである。そして、質問検査権(国税通則法 74条の 3等)については、税務署長及びその部下(権限ある税務職員等)による上記調査の一方法として、納税義務者や関係者に対し質問し、または当該財産に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行なう権限を認めた趣旨であって、このような質問検査の範囲、程度、時期、場所といった、法律上特段の定めのない実施の細目についても、権限ある税務職員等の合理的な裁量に委ねられているものと解される。

もっとも、税務署長が再更正処分等を行うに当たって、質問検査をはじめとする調査を全く行わず、調査自体を怠ったといえる場合など、重大な手続上の惟怠がある場合には、当該再更正処分は、処分をなし得べき前提要件を欠<こととなるので、違法性が認められるものと解するべきである。」

この判決から学べる教訓

この裁判から、私たちは以下の教訓を得ることができます。

  1. 「合意書」は税金のルール(通達)を超える場合がある: 通達よりも、相続人同士で決めた合理的な計算方法が優先されることがあります。
  2. 署名・押印は「命取り」になる: 「よく分からずにサインした」という言い訳は、裁判や税務の世界ではほぼ通用しません。
  3. 税務署は後から意見を変えることがある: 一度認められた申告であっても、新しい証拠(合意書など)が見つかれば、後から増税処分を受けるリスクがあります。

遺産分割の合意書を作る際は、それが「相続税の計算」にどう影響するのか、サインする前に専門家と十分に確認することが不可欠です。

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