この記事でわかること

  • 豪州TPB(2026年3月)と英国PCRT(2026年1月)が相次いで公表したAI倫理ガイダンスの具体的内容
  • 両ガイダンスの共通点・相違点(比較表あり)
  • 日本の税理士法第38条(守秘義務)と生成AIの関係
  • 日本の税理士会が策定すべき11の項目の提案
  • ガイドライン対応か法改正か

2026年に入り、海外の税務専門家規制機関が相次いでAI利用に関する職業倫理ガイダンスを公表しています。

2026年1月、英国では7つの職業団体(ICAEW、CIOT等)が共同で策定する「Professional Conduct in Relation to Taxation(PCRT)」の枠組みの下、AIツールの倫理的利用に関するテーマ別実務指針(topical guidance)を公表しました。

2026年3月には、豪州のTax Practitioners Board(TPB)が、AIを利用した税務サービスの提供に関するドラフトガイダンス(TPB(I) D62/2026)を公表し、パブリックコメントの募集を開始しました(締切:2026年4月21日)。

いずれも、AIの利便性を認めつつ、AIを使っても税理士の責任は変わらないことを明確にしたものです。

翻って、日本の税理士会はどうでしょうか。

筆者の把握する限り、日本税理士会連合会や各地域の税理士会が、税理士によるAI利用に特化したガイドラインや指針を公表した事実はありません。

本記事では、豪英のガイダンスの具体的内容を比較し、日本の税理士会が今後策定すべきガイドラインの具体的項目を提示します。あわせて、日本固有の論点として、税理士法第38条(守秘義務)と生成AIの関係を検討します。

Q1. 豪州TPBのドラフトは何を求めていますか?

AIを使っても、税理士は提供するサービスについて最終的に責任を負う(ultimately responsible)ことを明確にしたうえで、既存の職業倫理規範の枠内でAI利用を整理したものです。

豪州TPBが2026年3月25日に公表したドラフトガイダンス TPB(I) D62/2026 は、Tax Agent Services Act 2009に基づくCode of Professional Conductが、AI利用時にもそのまま適用されることを確認するものです。

TPB議長のPeter de Cure氏は「AIが税務専門職に生産性、効率性、顧客サービスの向上をもたらす重要な機会を認識している」としつつ、「高い専門的・倫理的基準を維持しながら、自信を持ってAIの利便性を享受できるよう支援する」と述べています。

豪州TPB D62/2026の主要ポイント

  • AIツールは有用であり、大きな利便性をもたらしうる
  • しかし、税理士は提供するサービスについて最終的に責任を負う
  • AIの能力と限界を理解し、出力を専門的判断で評価・補完すべき
  • 職業倫理規範上の義務(秘密保持、独立性、誠実性)はAI利用時にも適用
  • AIに関する決定的・技術的なガイドではなく、明確なガードレールを提供するもの

このドラフトの学術的な位置づけとして注目すべきは、AIを「新たな規制対象」とするのではなく、既存の職業倫理規範の枠内で整理するというアプローチを採用している点です(いわゆる「既存法適用モデル」)。

新法の制定や職業倫理規範の根本的な改正ではなく、既存の規範がAI利用の場面にどう適用されるかを具体的に示すという方法です。

Q2. 英国PCRTのAIガイダンスは何を求めていますか?

5つの基本原則(誠実性、客観性、専門的能力、秘密保持、職業的行動)のそれぞれについて、AIツール利用時の具体的な行動指針を示したものです。

英国のPCRT(Professional Conduct in Relation to Taxation)は、ICAEW(イングランド・ウェールズ勅許会計士協会)やCIOT(英国勅許税務協会)を含む7つの職業団体が共同で策定する行動規範です。2026年1月にAI利用に関するテーマ別実務指針が公表されました。

豪州TPBとの大きな違いは、5つの基本原則ごとに、AIを使う場面での具体的な留意点を詳細に列挙している点です。

英国PCRT AIテーマ別実務指針の主要ポイント(原則別)

① 誠実性(Integrity)

  • AIツールの利用について、顧客への透明性の水準を検討すべき
  • 結論の導出過程を説明可能にすべき
  • AI生成データへの依拠の程度に慎重な考慮を払うべき

② 客観性(Objectivity)

  • AIのデータソースを把握すべき(可能な場合)
  • 自身の無意識バイアスがデータ解釈や結果の解釈に与える影響を意識すべき

③ 専門的能力・注意義務(Professional Competence and Due Care)

  • AIツールの使用・導入について十分な能力を確保すべき
  • スタッフに適切な研修を実施すべき
  • AIの出力に対しリスクベースのデューデリジェンスを実施すべき
  • AIの出力が現行法に適合しているか確認すべき
  • AIに不慣れな場合はAI専門家への相談を検討すべき
  • 古いAIモデルの使用はコンプライアンスリスクにつながりうる

④ 秘密保持(Confidentiality)

  • 公開AIモデルに顧客データを同意なく入力することは秘密保持義務違反の可能性が高い
  • データは匿名化・汎用化して顧客を特定できないようにすべき
  • 閉域型(ring-fenced)AIの導入も一つの選択肢
  • 公開AIに入力した情報は制御を失うことを認識すべき
  • 契約条件(engagement terms)を見直し、データの処理方法(AIへの入力を含む)を明記すべき

⑤ 職業的行動(Professional Behaviour)

  • AI生成データが法的・規制上の義務に適合していることを確認すべき

なお、このガイダンスは強制力を持つものではありませんが、懲戒手続きにおいてガイダンスに従わなかった理由を説明するよう求められる可能性があるとされています。実質的には、遵守が強く期待されるものです。

出典

ICAEW, Professional Conduct in Relation to Taxation bodies publish guidance on using AI in tax (19 January 2026)
https://www.icaew.com/insights/tax-news/2026/jan-2026/professional-conduct-in-relation-to-taxation-bodies-publish-guidance-on-using-ai-in-tax

ICAEW, Topical guidance covering the application of PCRT to the ethical use of artificial intelligence tools (19 January 2026)
https://www.icaew.com/technical/tax/working-in-tax/pcrt/topical-guidance-application-of-pcrt-to-ethical-use-of-artificial-intelligence-tools

Q3. 豪州と英国のガイダンスの共通点と相違点は何ですか?

▼ 豪州TPB・英国PCRTの比較表

テーマ豪州 TPB D62/2026英国 PCRT AIガイダンス(2026年1月)
基本姿勢AIを使っても最終責任は税理士AIを使っても最終責任は税理士
アプローチ既存規範の枠内で整理(既存法適用モデル)既存の5原則にAI場面を追加(既存法適用モデル)
誠実性誠実性の義務はAI利用時にも適用顧客への透明性、結論の説明可能性、AI依拠度への慎重な考慮
客観性・独立性独立性の義務はAI利用時にも適用データソースの把握、無意識バイアスへの注意
能力・注意義務AIの能力と限界の理解、出力の専門的判断による評価・補完能力の確保、スタッフ研修、リスクベースのデューデリジェンス、現行法適合の確認
秘密保持秘密保持義務はAI利用時にも適用公開AIへの同意なき入力は違反の可能性が高い。匿名化・閉域型AIの推奨。契約条件の見直し
顧客への説明(詳細未確認)契約条件にAI利用を明記、AI利用方針の策定・公開
ガイダンスの強制力ドラフト段階(意見募集中)強制ではないが、懲戒で説明を求められうる

共通点:いずれも「AIは新たな規制を要する特殊な存在」ではなく、既存の職業倫理規範がそのまま適用されるという立場です。AIの利便性を認めつつ、「だからといって責任は変わらない」という明確なメッセージを発しています。

相違点:英国PCRTの方が、原則ごとの具体的な行動指針が詳細であり、特に秘密保持に関する実務的な指針(公開AIへの入力リスク、匿名化、契約条件の見直し等)が充実しています。

Q4. 日本の税理士法第38条(守秘義務)は、AI利用とどのように関係しますか?

英国PCRTが「公開AIへの顧客データ入力は秘密保持義務違反の可能性が高い」と明示したのと同様の問題が、日本の税理士法第38条にも存在します。

税理士法第38条は次のように規定しています。

「税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。」

ここで「正当な理由」とは、通達38-1により「本人の許諾又は法令に基づく義務があること」とされています。

また、「税理士業務に関して知り得た秘密」とは、通達38-2により「依頼人の陳述又は自己の判断によって知り得た事実で、一般に知られていない事項及び当該事実の関係者が他言を禁じた事項」をいいます。

この規定に照らして、生成AIへの顧客情報入力がどのように評価されるかを整理すると、以下のようになります。

守秘義務違反のリスクが高いケース

  • 無料・標準的なクラウドAI(ChatGPT等の無料版)に、顧客の個人情報や機密情報(マイナンバー、口座番号、具体的な事実関係等)を直接入力した場合。入力データがAI事業者のサーバーに保存・学習に利用される可能性があり、第三者への「洩らし」に該当しうる。
  • AI事業者との間で委託契約(DPA)や学習不使用の設定がない場合。データの保持・再委託の範囲が不明確であり、「正当な理由」(本人許諾等)なしに第三者利用されるリスクがある。
  • 匿名化・仮名化を行わずに、一般に知られていない顧客の秘密を入力し、AI事業者の利用規約上も保護されない場合。

守秘義務違反のリスクが低いケース

  • オンプレミス・ローカルAI(事務所内サーバーで動作するモデル)で処理する場合。第三者への開示がなく、秘密保持が確保される。
  • 有料のエンタープライズAIを利用し、かつ、①DPA・機密保持契約の締結、②学習不使用(zero-retention)の設定、③データ保持の最小化、④日本のデータリージョン指定、⑤匿名化・仮名化を実施している場合。委託処理として管理され、「正当な理由」に該当しうる。
  • 顧客の本人許諾を得て入力する場合。通達38-1の「本人の許諾」の例外に該当する。

注意

上記は一般的な整理であり、個別のケースにおける判断は、利用するAIツールの技術的仕様、AI事業者の利用規約・プライバシーポリシーの内容、入力するデータの性質と範囲、匿名化の程度など、具体的な事情に応じて異なります。また、AI技術の進展とともに状況は変化しうるため、継続的な検討が必要です。

税理士法第38条の守秘義務と生成AIの関係については、本記事での整理にとどまらず、通達の射程や「窃用」(通達38-3)の解釈、AI事業者を「第三者」と評価しうるか等の論点を含め、別途、より精緻な考察を行う余地があると考えています。

参考資料

ローカルLLM(オンプレミスAI)によるセキュリティ・データ保護について
https://harmonic-society.co.jp/local-llm-security-data-protection/

Q5. 日本の税理士会は何を策定すべきですか?

豪英の先行事例を踏まえ、筆者は、日本の税理士会が策定すべきガイドラインの具体的項目として、少なくとも以下を提案します。

▼ 豪英の共通項目(国際的に標準化されつつある項目)

#項目内容
1責任の所在AIを利用した場合でも、税理士が提供するサービスの最終責任を負うことの確認
2秘密保持とAI公開型AIへの顧客データ入力の原則禁止またはリスク警告。匿名化・仮名化の基準。閉域型AI・API利用の推奨。AI事業者の利用規約(学習利用の有無等)の確認義務
3顧客への説明・同意AI利用の事実の顧客への開示。顧問契約書等へのAI利用条項の追加。海外サーバーへのデータ送信がある場合の説明
4出力の検証義務AIの出力を最終回答として扱わないこと。出力の法令適合性・最新性の確認。法令上の不確実性がある論点の顧客への開示
5能力の確保・研修AIツールの利用に関する税理士・職員の研修。AIに不慣れな場合の専門家への相談
6バイアスへの注意AIのデータソースの偏りへの注意。税理士自身の無意識バイアスへの注意

▼ 日本固有の論点(豪英のガイダンスにはない項目)

#項目内容
7税理士法第38条との関係生成AIへの顧客情報入力と守秘義務の関係について、Q4で示したようなリスク整理とケース別の指針
8申告納税制度の理念との関係AI依存による納税者の主体性喪失リスクへの対応。「結論(税額)さえわかればよい」という発想の広がりへの警鐘
9税理士法第52条との関係AIによる「税務相談」機能と、無資格者による税理士業務の禁止(税理士法52条)との関係の整理
10Zeirishi-in-the-Loop税務判断過程に税理士が関与するガバナンス設計の必要性
11税理士職業賠償責任保険AIを利用したことにより誤った助言がなされた場合、またはAIを利用しなかったことにより十分な助言がなされなかった場合の責任の在り方と保険の補償範囲の整理
Q6. ガイドラインか、法改正か。

筆者は、当面はガイドラインによる対応が適切であると考えています。

その理由は以下のとおりです。

ガイドラインによる対応を推奨する理由

  • AI技術の進化は極めて速い。法令改正による硬直的なルールの設定は、技術の変化に追いつけず、かえって不合理な結果を招くおそれがある。
  • ガイドラインであれば、知見と経験を蓄積しつつ、柔軟に見直し・改定を行うことができる。
  • 豪英いずれのガイダンスも、既存の職業倫理規範の枠内で整理する「既存法適用モデル」を採用しており、新法の制定や規範の根本的改正には至っていない。
  • 日本の税理士法においても、ガイドラインに違反する行為は、既存の懲戒処分(税理士法第44条〜第46条)の枠組みで対応可能であると考えられる。

ただし、この立場にも限界はあります。

将来的に法改正が必要となりうる場面

  • AIの自律性が飛躍的に増大し、「税理士の判断」と「AIの判断」の境界が曖昧になった場合
  • AI開発者・提供者・利用者の間の責任分配構造の再設計が必要になった場合
  • AIによる「税務相談」が社会的に広く定着し、税理士法第52条の「税理士業務」の範囲の再定義が必要になった場合
  • AIの出力に対する説明可能性(Explainability)や監査可能性に関する新たな義務の導入が検討される場合

これらの問題は、ガイドラインだけでは十分に対応できない可能性があり、中長期的には税理士法の改正を含めた制度的対応が必要になりうる。

いずれにしても、現時点で重要なのは、まずガイドラインを策定し、議論と実務の蓄積を始めることです。豪州は既にドラフトを公表してパブリックコメントを募集しており、英国は確定版を運用しています。日本がこの議論に遅れをとることは、国際的にも望ましくありません。


関連記事

生成AIの普及により変容する税理士の役割① ― AIは税理士の仕事をどこまで変えるのか

生成AIの普及により変容する税理士の役割② ― 弁護士法とAIの議論から税理士法改正を考える

税理士の仕事はAIでなくなるのか? ― 「92.5%」の真実と、税法研究者が考えるAI時代の税理士像

生成AI・AIチャットボットで税務相談をするリスク

IRSが「税務調査AI」を「ハイインパクトAI」に分類した