IRSは2026年2月発効のAIガバナンス方針(IRM 10.24.1)で、税務調査の対象選定に使われるAIを「ハイインパクトAI」に明示的に分類し、7つの最低リスク管理要件を課しました。日本の国税庁にはAI利用に関する包括的なガバナンス方針が公表されておらず、情報公開と制度整備の面で米国に遅れています。
(公開:2026年3月30日)
- IRSが2026年2月に発効したAIガバナンス方針(IRM 10.24.1)の全体像
- 税務調査の対象選定に使われるAIが「ハイインパクトAI」に明示的に分類された意味
- ハイインパクトAIに求められる7つの最低リスク管理要件
- IRSにおける生成AIの禁止事項と利用制限
- 日本の国税庁のAIガバナンスとの比較、および情報公開の必要性
米国内国歳入庁(IRS)は、2026年2月10日、AIの開発・導入・運用に関する包括的なガバナンス方針「IRM 10.24.1 IRS Policy for Artificial Intelligence (AI) Governance」を発効しました。
この文書は、IRSの全職員・契約業者・ベンダーに適用される、AIの利用に関する内部規則です。
本稿では、この方針の中から、日本の税務行政にとって特に示唆的な5つのセクションを中心に紹介し、日本の国税庁のAI活用のあり方を考えます。
IRSが2026年2月10日に発効した、AI の設計・開発・取得・利用に関する包括的なガバナンス方針です。複数の大統領令やOMB(行政管理予算局)の覚書に基づき、「信頼性の高いAIの利用を加速させつつ、プライバシー・公民権・市民的自由を保護する」ことを目的としています。
この方針の背景には、以下の大統領令群があります。
| 大統領令・覚書 | 年月 | 概要 |
|---|---|---|
| EO 13960 | 2020年12月 | 連邦政府におけるAI利用の9原則を規定 |
| EO 14179 | 2025年1月 | AIリーダーシップの障壁を除去 |
| OMB M-25-21 | 2025年4月 | 連邦政府AI ガバナンスの詳細指針(本IRMの主要参照資料) |
| EO 14319 | 2025年7月 | LLMの「イデオロギー的中立性」と「真実追求」を要求 |
| OMB M-26-04 | 2025年12月 | EO 14319の実施指針 |
IRSにおいては、最高データ・アナリティクス責任者(CDAO)がAI責任官(RAIO)を兼任し、AIガバナンスの実施を監督しています。
IRSの方針は、「納税者が調査対象となるか、あるいは申告書のどの部分が調査対象となるかに影響を与えるAI」を、「推定ハイインパクトAI」のリストに明示的に列挙しています。これは、税務調査の対象選定にAIを使う場合に、最も厳格なリスク管理が求められることを意味します。
「ハイインパクトAI」とは、OMB M-25-21において次のように定義されています。
・個人または団体の公民権、市民的自由、またはプライバシー
・個人の教育、住宅、保険、信用、雇用等へのアクセス
・重要な政府資源またはサービスへのアクセス
・人間の健康と安全
・重要インフラまたは公共の安全
・戦略的資産または資源
「推定ハイインパクト」とされるAIの具体的なリストには、法執行におけるリスク評価、生体認証、犯罪予測、移民審査などと並んで、次の一文が含まれています。
つまり、IRSが税務調査の対象選定にAIを使用する場合、そのAIは自動的に「推定ハイインパクト」に分類され、次のQ で紹介する最低リスク管理要件がすべて適用されます。
IRSは、ハイインパクトAIに対して7つの最低リスク管理要件を定めています。いずれも省略できず、免除には財務省の最高AI責任者(CAIO)による承認が必要です。
| # | 最低リスク管理要件 | 概要 |
|---|---|---|
| 1 | 導入前テスト | AIを実運用に投入する前にテストを実施 |
| 2 | AI影響評価 | 目的・データの品質・潜在的影響・コスト分析・独立レビュー等を含む |
| 3 | 継続的モニタリング | パフォーマンスと潜在的な悪影響を継続的に監視 |
| 4 | 人的トレーニング・評価 | AIを扱う人間が十分な訓練を受けていることを確保 |
| 5 | 人間による監督・介入・説明責任 | AIの判断に対する人間の監視と介入の仕組みを確保 |
| 6 | 救済手段・不服申立 | AIの判断に対して一貫した救済または不服申立の手段を提供 |
| 7 | エンドユーザー・市民のフィードバック | 利用者および市民からのフィードバックを聴取・反映 |
さらに、AIが適切な水準で機能していない場合の対応についても明確に定められています。
この「非準拠AIの終了」(Termination of Non-Compliant AI)の規定は、筆者が「国税庁のAIの法的問題」において、「AIや機械学習アルゴリズムの利用に伴う重要な法的問題を解決できないのであれば、利用しないことも選択肢の1つになるはずです」と主張した内容と軌を一にするものです。
IRSは、AIの利用を推進しつつも、「利用しないことも制度的に組み込む」という設計を採用しています。
IRSは生成AI(GenAI)の利用について、財務省またはIRSが承認した製品・サービスのみの使用を義務付け、詳細な禁止事項を定めています。特に、人間によるレビューを経ずにAIの出力を業務に使用することは明確に禁止されています。
▼ 主な禁止事項
- 財務省の任務遂行のために承認されていないAIシステムの使用
- 公的・未承認のAIシステムへの個人識別情報(PII)・連邦納税者情報(FTI)等の入力
- 人間によるレビューを経ずにAIの出力を業務に使用すること
- AIが生成したコンテンツの正確性・適切性を確認せずに使用すること
- 適切な監督なしに納税者の権利に関する拘束力ある決定をAIで行うこと
- AIの起源を隠蔽すること(AIを使用した場合はその旨を開示する義務)
▼ 生成AIに関する考慮事項(GenAI Considerations)
IRM 10.24.1.7.4は、IRS職員がLLMとやり取りする際の注意点を4つ挙げています。
IRSは、すべてのAI利用事例を「AIユースケースインベントリ」に登録・管理することを義務付けています。これは、「どのAIが、どのような目的で、どのようなリスクのもとで使われているか」を組織的に把握するための仕組みです。
インベントリ管理の主なルールは以下のとおりです。
- 「導入前」以降の段階にあるすべてのAIユースケースは登録が義務
- 記載内容は「専門知識のない一般の人でも理解できる」水準の明確さが求められる
- 少なくとも年1回のレビューと検証が必要
- ハイインパクトAIの判定、免除、および関連する正当化理由は公開報告の対象
さらに、AIモデルとデータについても、各モデル・アルゴリズム・手法・データセットごとにインベントリへの登録が義務付けられています。
「AI」と「自動化」の境界 ― AURプログラムの位置づけ
IRSには、確定申告書と情報申告書を自動照合して過少申告を検出するAUR(Automated Underreporter Program)という大規模な自動化プログラムがあります(IRM 4.19.3)。AURはルールベースのコンピュータ照合であり、機械学習やAIを用いているとは記載されていません。
IRM 10.24.1は、AIを「推論を行い、データ駆動型の意思決定を行うシステム」と定義しています。単純なルールベースの自動照合はこの定義に該当しない可能性があります。IRSが「AI」と「自動化」を区別している点は、日本の国税庁がAI・機械学習の利用範囲を整理する際にも参考になります。
出典:IRS, Internal Revenue Manual 4.19.3, IMF Automated Underreporter Program (Oct. 10, 2025)
https://www.irs.gov/irm/part4/irm_04-019-003r
日本の国税庁には、IRSのIRM 10.24.1に相当するような、AIガバナンスに関する包括的な公開文書は存在しません。国税庁は「データ活用推進第三次中期計画」(令和6年6月)や「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション」(2023年)においてAI活用の方針を示していますが、AIの定義・リスク分類・禁止事項・記録保持義務といった具体的なガバナンスルールは公開されていません。
| IRS(米国) | 国税庁(日本) | |
|---|---|---|
| AIガバナンス文書 | IRM 10.24.1(公開・全文閲覧可能) | 相当する公開文書なし |
| AIの定義 | 法律に基づく明確な定義あり | 公開文書上の定義なし |
| リスク分類 | 「ハイインパクトAI」を明示的に定義 | 公開文書上の分類なし |
| 税務調査AIの位置づけ | 「推定ハイインパクト」に明示的に列挙 | SAT(調査選定補助ツール)の利用は公知だが、ガバナンスルールは非公開 |
| 生成AIの利用制限 | 詳細な禁止事項を明記 | 公開文書上の制限なし |
| インベントリ管理 | 全ユースケースの登録・年次レビュー義務 | 公開文書上の制度なし |
| 納税者の権利 | 独立セクション(10.24.1.9)で「AIは納税者の権利を侵害してはならない」と明記 | 公開文書上の明示なし |
IRSの方針との最大の違いは、情報公開の程度です。
IRSは、AIガバナンスの方針を全文公開し、ハイインパクトAIの判定や免除の正当化理由も公開報告の対象としています。
一方、日本の国税庁は、AIを活用していることは公表しているものの、そのガバナンスルールは公開されていません。
生成AIの利用について、日本の国税庁がどのような方針を採るかも注目されます。
また、筆者が「国税庁のAIの法的問題」において指摘してきたとおり、AIの利用に伴う重要な法的問題を解決できないのであれば、利用しないことも選択肢の1つです。
IRSの「非準拠AIの終了」(Termination of Non-Compliant AI)の規定は、まさにこの考え方を制度化したものです。
AIが適切に機能していない場合は使用を中止する。この当然の原則が、IRSでは公式のルールとして明文化されています。
出典
- IRS, IRM 10.24.1, “IRS Policy for Artificial Intelligence (AI) Governance” (February 10, 2026)
https://www.irs.gov/irm/part10/irm_10-024-001r - OMB Memorandum M-25-21, “Accelerating Federal Use of AI through Innovation, Governance, and Public Trust” (April 3, 2025)
- Executive Order 14319, “Preventing Woke AI in the Federal Government” (July 23, 2025)
- 国税庁「データ活用推進第三次中期計画」(令和6年6月20日)
https://izujun-tax.com/third-medium-term-plan-of-the-national-tax-agency-promoting-data-use-ai-and-digital-transformation/
(注)IRM 10.24.1の日本語訳は筆者による仮訳です。正確な内容については原文をご参照ください。
【国際比較】OECDレポートが映し出す「AIガバナンスの空白」
IRSがAIガバナンスの制度化に動いているのに対して、国際的な状況はどうでしょうか?
OECDが2025年11月に公表した『Tax Administration 2025』(58か国のISORa調査)では、各国税務当局のAI活用事例が約25%を占めるほど豊富に紹介されています。
しかし、このレポートを読んで気づくのは、AIのガバナンス(統治)・透明性・説明責任に関する体系的な分析がほとんど存在しないという点です。
58か国の税務当局の69%がAIを導入し、74.4%が不正検出にAIを使用しています。
にもかかわらず、AIの判断に対する適正手続の確保、バイアスの検証、納税者への説明責任といった法的課題は、レポートの主題としては扱われていません。
唯一注目すべき例外が、スペインの税務当局(AEAT)です。
AEATは、AIプロジェクトのライフサイクル全体をカバーする独自の方法論を策定しています。
データソース、バイアス、定期的な再学習など、ソフトウェア開発とは異なるAI固有の論点を各フェーズで検証する仕組みです。
IT部門だけでなく、業務部門・セキュリティ部門・法務部門がすべてのAIプロジェクトに関与します。
倫理的・法的・品質基準に適合しないプロジェクトは、先に進むことができません。
・ ソフトウェア開発ではなくAI固有の論点(データソース、バイアス、再学習)を各段階で検証
・ IT・業務・セキュリティ・法務の全部門が参加
・ 倫理的・法的・品質基準を満たさなければプロジェクトは中止
・ 定期的にレビューし、新たな技術的・法的状況に適応させる
本記事で紹介したIRSの「ハイインパクトAI」分類は、米国における制度的対応です。
スペインAEATの方法論は、欧州における別のアプローチと言えます。
一方、多くの国の税務当局は、AIの導入は進めつつも、そのガバナンス枠組みについてはまだ公表していないのが現状です。
OECDレポートは、世界の税務当局がAIを急速に導入している実態を明らかにしました。
しかし同時に、AIガバナンスの議論がまだ多くの国で追いついていないことも浮き彫りにしています。
IRSの「ハイインパクトAI」分類やスペインAEATの方法論は、こうした空白を埋めようとする先駆的な取り組みです。
日本のNTAが「調査選定AI」のガバナンスをどう設計するかは、今後注目すべき論点です。
出典:OECD (2025), Tax Administration 2025: Comparative Information on OECD and Other Advanced and Emerging Economies, OECD Publishing, Paris.
https://doi.org/10.1787/cc015ce8-en
▶ 関連記事:税務調査でAIはどう使われているのか?
▶ 関連記事:国税庁のAIの法的問題
