この記事の結論
IRSは、AIガバナンス方針(IRM 10.24.1。2026年8月10日発効)で、税務調査の対象選定に用いるAIを「推定ハイインパクトAI」の用途として明示的に列挙し、ハイインパクトAIと判定される場合に7つの最低リスク管理要件を適用する仕組みを設けています。日本でも、生成AIについては政府横断のガイドライン(DS-920)が公開され、各府省庁のAI統括責任者が利用状況を報告する仕組みが動いています。しかし、税務調査の対象選定に使われるのは生成AIではなく予測型のAIです。確認できる政府横断の公開ルールの範囲では、こちらに利用状況を一覧にして報告する仕組みも、高リスクを判定する枠組みも定められていません。

(公開:2026年3月30日 / 最終更新:2026年9月18日)

この記事でわかること
  • IRSのAIガバナンス方針(IRM 10.24.1。2026年8月10日発効)の全体像
  • 税務調査の対象選定に使われるAIが「推定ハイインパクトAI」の用途に列挙された意味
  • ハイインパクトAIに求められる7つの最低リスク管理要件
  • IRSにおける生成AIの禁止事項と利用制限
  • 日本の政府横断ガイドライン(DS-920)との比較—差はどこにあるのか
  • 米国会計検査院(GAO)の監査報告書が示した、IRSのAI利用の実態

米国内国歳入庁(IRS)は、2026年2月10日、AIの開発・導入・運用に関する包括的なガバナンス方針「IRM 10.24.1 IRS Policy for Artificial Intelligence (AI) Governance」を発効しました。現行版は2026年8月10日発効の改訂版です。改訂通知(Manual Transmittal)が変更点として挙げているのは、記録保持に関する10.24.1.8の規定です。

この文書は、IRSの全職員・契約業者・ベンダーに適用される、AIの利用に関する内部規則です。

本稿では、この方針の中から、日本の税務行政にとって特に示唆的な部分を中心に紹介し、日本の国税庁のAI活用のあり方を考えます。


IRSのAIガバナンス方針(IRM 10.24.1)とは何ですか?

IRSが定めた、AIの設計・開発・取得・利用に関する包括的なガバナンス方針です。2026年2月10日に発効し、現在は2026年8月10日発効の改訂版となっています。複数の大統領令やOMB(行政管理予算局)の覚書に基づき、「信頼性の高いAIの利用を加速させつつ、プライバシー・公民権・市民的自由を保護する」ことを目的としています。

この方針の背景には、以下の大統領令群があります。

大統領令・覚書年月概要
EO 138592019年2月AI技術への公的信頼の醸成。AIモデル・データのカタログの改善を要求(本IRMのモデル・データ登録の直接の根拠)
EO 139602020年12月連邦政府におけるAI利用の9原則を規定
EO 141792025年1月AIリーダーシップの障壁を除去
OMB M-25-212025年4月連邦政府AI ガバナンスの詳細指針(本IRMの主要参照資料)
EO 143192025年7月LLMの「イデオロギー的中立性」と「真実追求」を要求
OMB M-26-042025年12月EO 14319の実施指針
EO 14319「Preventing Woke AI in the Federal Government」は、連邦政府が調達するLLMに対して、「真実追求(Truth-seeking)」と「イデオロギー的中立性(Ideological Neutrality)」という2つの原則を求めています。後者については、LLMを中立・非党派的な道具とし、多様性・公平性・包摂性(DEI)のようなイデオロギー的教義に有利になるよう応答を操作しないこと、また、利用者のプロンプト等によって促された場合などを除き、党派的またはイデオロギー的な判断を出力に意図的に組み込まないことを求めています。

IRSにおいては、最高データ・アナリティクス責任者(CDAO)がAI責任官(RAIO)を兼任し、財務省の最高AI責任者(CAIO)からの指示と委任された権限に沿って、AIガバナンスの実施を監督しています。

重要なのは、この方針が抽象的な倫理原則にとどまらず、具体的な制度設計(定義・リスク分類・最低リスク管理要件・禁止事項・記録保持義務・インベントリ管理)を含んでいる点です。AIの利用を「ユースケース」単位で管理し、リスクに応じた段階的規制(risk-based approach)を採用しています。

税務調査AIが「推定ハイインパクト」の用途に列挙されたとは、どういうことですか?

IRSの方針は、納税者が調査の対象となるか、申告書のどの部分が調査の対象となるかに影響を与えるAIを、「推定ハイインパクトAI」の用途として明示的に列挙しています。これは、税務調査の対象選定にAIを使う場合に、ハイインパクトAI向けの強化されたリスク管理の対象となりうることを意味します。

「ハイインパクトAI」(high-impact AI。「高影響AI」とも訳されます)とは、OMB M-25-21において次のように定義されています。

ハイインパクトAIとは、その出力が、以下の事項に対して法的、実質的、拘束力のある、または重大な影響を及ぼす決定や行動の主要な根拠となるAIをいう。
・個人または団体の公民権、市民的自由、またはプライバシー
・個人または団体の教育、住宅、保険、信用、雇用その他のプログラムへのアクセス
・個人または団体の重要な政府資源またはサービスへのアクセス
・人間の健康と安全
・重要インフラまたは公共の安全
・戦略的資産または資源(高価値の財産、および連邦政府が機微または機密と指定した情報を含む)

定義は10.24.1.4.1。IRMは、この定義がOMB M-25-21によるものであることを明記しています。

「推定ハイインパクト」とされるAIの具体的なリストには、法執行におけるリスク評価、生体認証、犯罪予測、移民審査などと並んで、次の一文が含まれています。

「納税者が調査の対象となるかどうか、または申告書のどの部分が調査の対象となるかについて情報を提供し、または影響を与えるAI」(AI that informs or influences whether a taxpayer will be subject to audit, or what aspects of a return will be subject to audit)

つまり、IRSが税務調査の対象選定にAIを使用する場合、担当幹部は、そのAIを「推定ハイインパクト」の用途として審査する義務を負います。最終的な判定は、上記のハイインパクトAIの定義に照らして行われます。実際には定義に該当しないと判定する場合、担当幹部はその判定を文書化し、AIユースケースインベントリを通じてCDAO/RAIOに報告しなければなりません(10.24.1.4.2)。ハイインパクトAIと判定された場合には、次のQで紹介する最低リスク管理要件の対象となります。

ここでいう「責任を負う担当幹部」(accountable agency officials)とは、AIの利用に伴うリスクを識別・評価・軽減し、これを引き受ける権限を与えられた、執行職または管理職にあるIRSの幹部(またはその指定代行者)をいいます。IRMは「一般に」という留保を付したうえで、誰が該当するかは各業務部門の長が定めうるとしています。

この非該当の判定については、AI保証チーム(AIAT)による二次審査と、データ・分析戦略統合ボード(DASIB)による最終判断の仕組みが置かれています。IRMは同じ箇所で、CDAO/RAIOにも、必要と認めるときは判定を覆す権限を与えています(いずれも10.24.1.1.3)。

なお、この一覧は「以下を含むが、これらに限られない」とされています。列挙されていない用途であっても、定義に該当すればハイインパクトAIとなります。

この分類は、筆者が「税務調査でAIはどう使われているのか?」で指摘した、AIによる調査対象選定を、米国の公式文書が制度上、特別な審査を要する用途として位置付けたものといえます。

ハイインパクトAIにはどのようなリスク管理が求められますか?

IRSは、ハイインパクトAIに対して7つの最低リスク管理要件を定めています。原則として7つすべての実施が求められますが、一部を適用しないための例外手続が置かれています。

#最低リスク管理要件概要
1導入前テストAIを実運用に投入する前にテストを実施
2AI影響評価目的・データの品質・潜在的影響・コスト分析・独立レビュー等を含む
3継続的モニタリングパフォーマンスと潜在的な悪影響を継続的に監視
4人的トレーニング・評価AIを扱う人間が十分な訓練を受けていることを確保
5人間による監督・介入・説明責任AIの判断に対する人間の監視と介入の仕組み、および責任の所在を確保
6救済手段・不服申立AIの判断に対して一貫した救済または不服申立の手段を提供
7エンドユーザー・市民のフィードバック利用者および市民からのフィードバックを聴取・反映
特に注目すべきは、第5項「人間による監督・介入・説明責任」と第6項「救済手段・不服申立」です。AIを税務調査の対象選定に用いる場合にも、人間による追加的な監督・介入と責任の確保、および一貫した救済手段または不服申立ての仕組みを設けることが、ハイインパクトAIの最低リスク管理要件として求められます。

もっとも、これはハイインパクトAI一般について定められた要件です。調査の対象に選ばれたこと自体について、納税者に不服申立ての権利が与えられると読むことはできません。

▼ 例外手続

第一に、免除(waiver)です。免除は、当該要件を満たすことがかえって安全や権利へのリスクを全体として高める場合、または重要な庁の業務に受け入れがたい支障を生じさせる場合に限られ、その旨を宣言する、システム固有かつ文脈固有の書面によるリスク評価が前提となります。IRSの最高データ・アナリティクス責任者(CDAO/RAIO)とDASIBの助言を経て、財務省の最高AI責任者(CAIO)が承認します。この承認権限はIRS職員に委任できません。毎年、担当幹部が必要性を正当化し、財務省CAIOが認証します。財務省CAIOは、随時これを撤回できます(10.24.1.4.4)。

第二に、ハイインパクトAIの試行段階のプロジェクトの認証です。一部の最低リスク管理要件を適用しないまま試行を進める場合の手続で、CDAO/RAIOに認証の権限が置かれ、DASIBが最終決定機関とされています。判定・免除・認証は、いずれも財務省CAIOへの追跡・報告の対象とされています(10.24.1.4.5)。

さらに、AIが適切な水準で機能していない場合の対応についても明確に定められています。

「ハイインパクトAIが適切な水準で機能していない場合、責任を負う担当幹部は、OMB M-25-21および本IRMへの準拠を達成するための措置が講じられるまで、その使用を中止する計画を策定し、実行しなければならない。適切なリスク軽減が不可能な場合、IRSは、アクセスの停止、運用の停止、データの保全および是正の開始により、当該AIの使用を中止しなければならない。」(10.24.1.4.6 非準拠AIの終了)

この「非準拠AIの終了」(Termination of Non-Compliant AI)の規定は、筆者が「国税庁のAIの法的問題」において、「AIや機械学習アルゴリズムの利用に伴う重要な法的問題を解決できないのであれば、利用しないことも選択肢の1つになるはずです」と主張した内容と軌を一にするものです。

IRSは、AIの利用を推進しつつも、「利用しないことも制度的に組み込む」という設計を採用しています。


IRSは生成AIの利用にどのような制限を設けていますか?

IRSは生成AI(GenAI)の利用について、財務省またはIRSが承認した製品・サービスのみの使用を義務付け、詳細な禁止事項を定めています。特に、人間によるレビューを経ずにAIの出力を業務に使用することは明確に禁止されています。

▼ 主な禁止事項

  • 財務省の任務遂行のために承認されていないAIシステムの使用
  • 公開型・財務省外・その他未承認のAIシステムへの個人識別情報(PII)・連邦納税者情報(FTI)等の入力
  • 人間によるレビューを経ずにAIの出力を業務に使用すること
  • AIが生成したコンテンツの正確性・適切性を確認せずに使用すること
  • 適切な監督なしに納税者の権利に関する拘束力ある決定をAIで行うこと
  • AI由来であることを不透明にすること(生成AIでコンテンツを作成する場合は、AIの利用について透明性を確保し、適切な場合には、AIの支援を受けたことと利用方法を開示する)
これらの禁止事項に違反した場合、連邦公務員としての解任を含む懲戒処分の根拠となり得ることが明記されています。

▼ 生成AIに関する考慮事項(GenAI Considerations)

IRM 10.24.1.7.4は、IRS職員がLLMとやり取りする際の注意点を5つ挙げています。主なものは次の4点です。

①正確性と信頼性:LLMは不正確または誤解を招く情報を生成することがあり、「ハルシネーション」(事実に基づかない、もっともらしい出力)を生じることがある。常にLLMの出力を批判的に評価し、信頼できる情報源で確認すべきである。
②透明性と開示:LLMを使用してコンテンツを生成する際は、その関与について透明性を確保し、適切な場合には、LLMの支援を受けたこととAIの利用方法(起草、編集等)を開示する。
③応答のばらつき:同じプロンプトに対して異なる回答が返されることは正常であり、さまざまなプロンプトやパラメータを試すべきである。
④過度な依存を避ける:LLMは自身の批判的思考や判断に取って代わるものではなく、業務を支援・強化するためのツールとして活用すべきである。

5つ目は、生成AIの文脈でのデータの利用(公開されている情報、合成データ、シミュレーションデータ、匿名化されたデータを含む)について、プライバシー部門に照会すべきであるという手続上の注意です。

IRSの公式文書において「ハルシネーション」という用語が明記されたことは重要です。AIの出力が事実に基づかない場合があることを制度的に認識し、それを前提とした運用ルールを整備しているのです。

IRSはAIの利用状況をどのように管理していますか?

IRSは、原則として、AIの利用事例を「AIユースケースインベントリ」に登録・管理することとしています。これは、「どのAIが、どのような目的で、どのようなリスクのもとで使われているか」を組織的に把握するための仕組みです。ただし、国家安全保障システムの構成要素としての利用などには、明示的な例外が置かれています。

インベントリ管理の主なルールは以下のとおりです。

  • 「導入前」「試行」「運用」「廃止」の各段階にあるAIユースケースが登録の対象(国家安全保障システムでの利用、契約業者による付随的な利用等は除く)
  • 記載内容は「専門知識のない一般の人でも理解できる」水準の明確さが求められる
  • 少なくとも年1回のレビューと検証が必要
  • ハイインパクトAIの判定、免除、および関連する正当化理由は、法令および政府横断の方針に反しない範囲で公開報告の対象
もっとも、公開報告には限定が付いています。IRMは、外部報告から除外されるユースケースがありうることを定め、機微な情報を含むものについては、公開報告から留保する(withheld)ものとして扱う手続を置いています。後述のとおり、実際にも、内部インベントリの相当部分が公表の対象から外れています。
記録保持については、2026年2月版が文書やログの種類ごとに保存期間を定めていましたが、2026年8月10日発効の改訂版でこれらの定めは削除され、電子記録の管理に関する一般規程(IRM 1.15.6)への参照に置き換えられました。

さらに、AIモデルとデータについても、ユースケースが「運用」段階に入った時点で、各モデル・アルゴリズム・手法・データセットごとに、インベントリへの登録が求められます。

このインベントリ管理制度は、AIのユースケースを原則として組織内で可視化し、追跡する仕組みを設けるものです。ただし、明示的な例外と機微案件の別管理が認められているほか、後述するGAOの監査では実際の登録漏れも指摘されています。

「AI」と「自動化」の境界 ― AURプログラムの位置づけ

IRSには、確定申告書と情報申告書を自動照合して過少申告を検出するAUR(Automated Underreporter Program)という大規模な自動化プログラムがあります(IRM 4.19.3)。AURは、申告書と情報申告書のコンピュータ照合・分析により不一致を検出する仕組みとして説明されており、IRM 4.19.3には機械学習やAIを用いているとの記載は見当たりません。

IRM 10.24.1のAI定義は、Advancing American AI Actに基づく5項目から構成されています。注目すべきは、OMB M-25-21を引いて「この定義には、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)や、人間が定めたルールのみによって挙動が定まるシステムは含まれない」と明示している点です。したがって、仮にAURが人間の定めたルールのみに基づくのであれば、この定義には該当しない可能性があります。IRSが「AI」と「自動化」を区別している点は、日本の国税庁がAI・機械学習の利用範囲を整理する際にも参考になります。

出典:IRS, Internal Revenue Manual 4.19.3, IMF Automated Underreporter Program (Oct. 10, 2025)
https://www.irs.gov/irm/part4/irm_04-019-003r

日本の国税庁のAIガバナンスは、IRSと比べてどのような状況ですか?

確認した公開資料の範囲では、IRSのIRM 10.24.1に相当する国税庁固有の包括的なAIガバナンス文書は見当たりません。ただし、生成AIについては政府横断のガイドライン(DS-920)が公開されており、国税庁もその適用を受けます。問題は、税務調査の対象選定に使われる予測型のAIが、その対象範囲に含まれていないことです。

▼ 日本にも公開されたルールはある

「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」(デジタル社会推進標準ガイドライン DS-920)は、2025年5月27日に初版が決定され、全文が公開されています。各府省庁にAI統括責任者(CAIO)を置き、生成AIシステムの運営状況と利活用の状況を一覧にとりまとめて、四半期に一度程度を目安に「先進的AI利活用アドバイザリーボード」へ報告することを定めています。高リスクと判定された生成AIについては、企画時だけでなく構築時・リリース時・運用開始後にも報告が求められます。

国税庁の生成AI利用も、財務省を通じてこの政府横断の枠組みの対象となります。したがって「日本にはガバナンスの制度がない」という理解は正確ではありません。

国税庁自身の公開文書としても、「データ活用推進第三次中期計画」(令和6年6月)があり、「AI・機械学習等の活用に当たっては、『人間中心のAI社会原則』に規定する公平性、説明責任及び透明性の確保をはじめ、AIの利用に関する包括的な枠組みやその動向にも留意する」としています。ただし、これは方針の水準にとどまり、AIの定義・リスク分類・記録保持といった具体的なルールを定めるものではありません。

▼ ただし、対象は生成AIに限られる

DS-920が対象とするのは生成AIシステムに限られます。同ガイドラインは、対象を「原則として、入力はテキスト及び音声、出力はテキスト、画像又は音声が可能なもの」と定めています。第2.0版では、画像・動画を入力するものや動画を生成するもの、AIエージェント等についても、具体的な対応事項は定めないまま、AIガバナンスの体制と、生成AI特有のリスクへの対応の枠組みの対象に加えられました(この部分は2026年7月1日から適用)。いずれも生成AIの内側での拡大です。税務調査の対象選定に使われるのは、公表・開示されている限り、文章や画像を生成するAIではなく、過去の調査結果から不正の蓋然性を予測する型のAIです。これはDS-920の対象範囲に入っていません。

予測型のAIに何の枠組みもないわけではありません。「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」(2025年12月19日人工知能戦略本部決定)は、AI全般を対象とし、行政としての説明責任を果たすことなどを定めています。

しかし、この指針は「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(AI法。令和7年法律第53号)13条に基づくものであり、事業者等の自主的かつ能動的な取組を促す性格の文書です。指針自身が、適正性の一義的な定義や絶対的な水準を定めるものではないと述べています。

そして、同指針は各府省庁にAIガバナンスの責任者を任命することを求めていますが、その脚注は、DS-920によるCAIOの設置に言及したうえで、次のように書き分けています。

生成AI以外のAIを活用する際も、必要に応じて責任者を明確にすることが望ましい。

つまり、予測型のAIについては、責任者の明確化が「必要に応じて…望ましい」という水準にとどまります。少なくとも確認できる政府横断の公開ルールの範囲では、DS-920のように利用状況を一覧にして定期報告し、高リスクの判定から報告につなげる仕組みは定められていません。

予測型AIが、日本の公開文書から完全に外れているわけでもありません。総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン」(第1.2版、2026年3月31日改定)は、2019年策定の「人間中心のAI社会原則」を土台とし、事業活動でAIに関係する全ての者(政府・自治体等の公的機関を含む)を対象としています。その定義するAIには生成AIだけでなく機械学習・予測型のモデルも含まれます。ただし、これは事業者の自主的な取組みを支援する非拘束的なソフトローであり、DS-920のような一覧報告や高リスク判定の仕組みは持ちません。DS-920自体、このAI事業者ガイドライン等を踏まえて、政府向けの具体的な運用ルールを定めた文書と位置づけることができます。国税庁の第三次中期計画が言及する「人間中心のAI社会原則」も、同じ土台を指しています。

▼ 日米の差はどこにあるのか

2026年9月時点。DS-920第2.0版は原則として2026年9月1日施行です(2.2.2のAIガバナンスの枠組みの対象に関する部分は、同年7月1日から適用)。

観点IRS(米国)日本(国税庁)
当該庁固有の公開ルールIRM 10.24.1を全文公開IRM 10.24.1に相当する包括的なガバナンス文書はない(データ活用推進第三次中期計画に、人間中心のAI社会原則が定める公平性・説明責任・透明性の確保への言及があるにとどまる)
適用される政府横断の公開ルールOMB M-25-21等DS-920(全文公開。対象は生成AIに限定。初版は2025年5月から適用、第2.0版は原則2026年9月1日施行)
AIの定義法律(Advancing American AI Act)に基づく定義DS-920が生成AI等を定義。AI事業者ガイドラインはAI・機械学習全般を対象とするが、非拘束的な指針にとどまる
リスク分類「ハイインパクトAI」を定義し、推定ハイインパクトを列挙高リスク生成AIの判定枠組みあり(第2.0版の3軸。業務の性格/利用範囲/職員等による判断)
税務調査の対象選定AI(予測型)の扱い「推定ハイインパクト」の用途に明示的に列挙。ハイインパクトと判定されれば7つの最低リスク管理要件の対象SAT(調査選定補助ツール)の利用は公知。責任者の明確化は「必要に応じて…望ましい」にとどまる。確認できる政府横断の公開ルールの範囲では、一覧報告・高リスク判定の枠組みは定められていない
生成AIの利用条件・制限承認された製品・サービスに限定し、禁止事項を明記要機密情報の取扱制限等を規定(DS-920 6.1.1)
利用状況の一覧・報告原則として全ユースケースの登録義務(明示的な例外あり)。判定・免除は、法令等に反しない範囲で公開報告の対象。ただし公開範囲は内部インベントリより狭い生成AIのみ。CAIOが一覧化し四半期に一度程度アドバイザリーボードへ報告。個別システム単位の一覧は公表されていないが、デジタル庁は各府省庁の利用状況を集計した「各府省庁生成AIシステム定期報告概要」をボードの資料として公表している
独立機関による外部監査GAO(米国会計検査院)による監査の対象。AI利用に関する監査が実施されている会計検査院による検査の対象。AI利用を主題とする検査は、確認した範囲では見当たらない
納税者の権利独立セクション(10.24.1.9)で「AIは納税者の権利を侵害してはならない」と明記AIとの関係で明示した公開規定は、確認した範囲では見当たらない

なお、この表は制度の比較です。米国の制度が実際に機能していたかについては、次のQで扱います。

両国の差は「制度があるかないか」ではなく、次の3点にあります。

第一に、公開の粒度です。米国には個別のAIユースケース単位の公開インベントリ制度があります。ただし機微案件や一定の研究開発は公表の対象から外れ、公開範囲は内部インベントリより狭くなります。日本では、各府省庁の生成AI利用状況を集計した概要がアドバイザリーボードの資料として公表されていますが、個別システム単位の一覧は公表されていません。

第二に、対象の範囲です。米国の方針はAI全般を対象とし、税務調査の対象選定AIを名指しで最も厳しい分類に置いています。日本の拘束的な枠組みは生成AIに限られ、対象選定に使われる予測型AIはその外にあります。

第三に、外部監査です。米国では米国会計検査院がIRSのAI利用を監査し、報告書を公表しています。日本で対応する検査は、確認した範囲では見当たりません。

この3点のうち、税務行政にとって重いのは第二の点です。納税者に最も不利益が及びうる用途—調査の対象に選ばれるかどうか—について、責任者の明確化は「必要に応じて…望ましい」という水準にとどまります。確認できる政府横断の公開ルールの範囲では、利用状況を一覧にして報告する仕組みも、高リスクを判定する枠組みも定められていません。

DS-920が定める高リスクの判定軸は、国民の基本的権利や安全に大きな影響を及ぼす業務での利用を、高リスクの要素としています。同じ調査対象の選定という用途でも、生成AIを使えば高リスク報告の対象になりうる一方、予測型AIを使えばDS-920に基づく報告義務は生じません。用途ではなく技術の種別で、義務の有無が分かれています。IRSが用途を基準に線を引いたこととは、対照的です。

▼ 何が求められるか

日本の国税庁が今後AIの活用を加速させるのであれば、まず関連する情報を積極的に公開すべきです。具体的には、①予測型AIを含めた適用範囲、②リスク分類の基準、③高リスクと判定された場合のリスク管理要件、④救済手段・不服申立ての有無、⑤納税者の権利との関係を、IRM 10.24.1と同等の具体性をもって公開することが求められます。

また、筆者が「国税庁のAIの法的問題」において指摘してきたとおり、AIの利用に伴う重要な法的問題を解決できないのであれば、利用しないことも選択肢の1つです。IRSの「非準拠AIの終了」(Termination of Non-Compliant AI)の規定は、まさにこの考え方を制度化したものです。

日本の国税庁にとっての課題は、AIを「使うか使わないか」ではなく、「どのようなルールのもとで使い、どのような場合に使用を中止するかを、国民に対して明らかにすること」です。とりわけ、DS-920のような具体的な政府横断の運用ルールの直接の対象となっていない予測型AIについて、その課題は大きいままです。

IRSのAI利用は、実際にどう運用されているのですか?

ここまで日本の制度を見てきましたが、比較の基準にした米国の制度は、実際に機能しているのでしょうか。

米国会計検査院(GAO)が2026年3月24日に公表した監査報告書は、IRSのAIガバナンスが制度としては整備されている一方で、その実装には複数の欠落があると認定しました。とくに、インベントリの品質と網羅性、そしてAIの成果を測る指標の不在が指摘されています。

GAOは2024年4月から2026年3月まで、政府監査基準に従って性能監査を実施しました。主な所見は次のとおりです。

ただし、GAOが主に評価したのは、IRSの2024年および2025年のAI方針とその運用です。GAOの報告書がIRSの意見聴取に回っている間に、IRSは2026年2月版のIRM 10.24.1を公表しました。GAOは、この2月版について関連する箇所で言及しているものの、原則として評価していないと明記しています。なお、本記事が主に扱う現行の2026年8月10日改訂版は、GAO報告書の公表後のものです。以下の所見は、現行のIRMそのものの実装評価ではなく、IRSのAI利用とガバナンスの実態に関するものです。
論点GAOの所見
インベントリの規模2025年6月時点でインベントリに登録された有効な(終了・休止でない)ユースケースは126件。2022年8月の10件から急増。うち61%(77件)は開発中の段階にあり、運用に入っていたのは49件
登録の品質62件のエントリに少なくとも1つの品質問題。25%超が「そのAIが庁にどう役立つか」を記載していない
登録漏れ犯罪捜査部門が契約により利用し、オンライン情報を収集して刑事事件を構築するのに用いる複数のAI搭載ツールが、インベントリに含まれていなかった
業績指標AI固有の成功指標が設定されていない。従来から求められていた指標は「AIモデルの技術的性能」に関するものであり、庁の目標にどれだけ寄与したかを測るものではなかった
人員調査・応用分析・統計部門はAIに従事する職員63名を失い、AIガバナンスチーム自身も職員の4分の3超を失った

GAOはIRS長官に対して8つの勧告を行い、IRSは8件すべてに同意しました。

本記事が紹介した「非準拠AIの終了」の規定は、ハイインパクトAIが適切な水準で機能していない場合に、その使用を中止する計画を策定し、実行することを求めるものです。他方GAOは、IRSが個々のAIモデルの技術的な性能に関する指標は収集していたものの、それぞれのAIが庁の戦略目標にどれだけ寄与したかを測るAI固有の成果指標を設けていなかったと指摘しました。停止の規定が置かれていることと、AI投資の成果を組織横断で評価する仕組みが整っていることとは、別の問題です。

▼ 用途の単位は、誰が決めるのか

もう一つ、本記事の主題に直接かかわる所見があります。GAOは、調査対象の選定に用いるAIそのものについて、次の事実を指摘しました。

もともと研究目的で調査対象の申告書を選定するために開発された1件のAIユースケースが、現在は他の2つの業務部門で、税務上の非違に関するリスクベースの調査選定に用いられていた。この3つの利用場面が、インベントリ上は1件の項目として記載されていた。

GAOは、利用場面を分けて記載すれば、新たな文脈における固有のリスクと便益や、それぞれの利用場面がOMBの指針にいうハイインパクトに当たるかどうかを評価できると述べています。IRSは、3つとも目的が似ているので別のユースケースには当たらないとして、これに反対しました。

これは、単なる記載の粒度の問題ではありません。米国の制度は用途を基準に線を引き、税務調査の対象選定を推定ハイインパクトの用途として名指ししています。複数の利用場面を一つのユースケースとして括れば、新たな文脈ごとの固有のリスクと便益や、各利用場面のハイインパクト該当性を個別に評価し、報告することが難しくなります。GAOも、利用場面を分けて記載すれば、こうした事項を評価できると述べています。どこまでを一つの「用途」とみるかについて、GAOとIRSの見解は分かれました。

また、GAOは同日、公表可能な57件のユースケースの一覧を補足資料として公開しました。この一覧を見ると、公開制度の射程についても留保が必要になります。

補足資料のワークブックを筆者が集計すると、57件のうち、IRSが「コンプライアンス・不正防止」に分類したのは1件だけです。その1件は、ゲーミング業界のチップ協定をスキャンして文字を読み取る光学文字認識であり、調査対象の選定に用いるAIではありません。本体の報告書は、内部インベントリに同分類のユースケースが43件あるとしています。内部インベントリ126件のうち65件は、機微であるか、または報告対象外の研究開発として区分され、公表の対象から外れています。

つまり、税務調査の対象選定に用いるAIを「推定ハイインパクトAI」の用途に列挙する制度は存在するものの、そのAIそのものは、公表されているインベントリにはほとんど現れていません。前のQで整理した日米の差のうち、第一の点(公開の粒度)についても、米国側に留保がつくことになります。

補足資料には、暗号資産・仮想通貨・デジタル資産のいずれの語も現れません。本体の報告書は、犯罪捜査部門が職員向けに暗号資産取引を調べるためのチャットボットを保有していると記述していますが、そのユースケース自体は公表対象に含まれていません。法執行や税務執行に関わる機微なユースケースの一部は、公表の対象から外れています。公表インベントリだけから、IRSのAI利用、とりわけ執行分野の全体像を把握することには限界があります。

【国際比較】AIガバナンスはどこまで整備されているのか

IRSがAIガバナンスの制度化に動く一方で、国際的な状況はどうでしょうか。

OECDが2025年11月に公表した『Tax Administration 2025』によれば、58の税務当局のうち69%が既にAIを導入しています(ISORA・2023年)。また、AIを使用している当局の74.4%が脱税・不正の検出にAIを用いています(2024年に実施された別調査に基づく数値で、69%の内訳ではありません)。にもかかわらず、同レポートには、AIの判断に対する適正手続、バイアスの検証、納税者への説明責任といった論点の体系的な分析がほとんど見当たりません。数少ない例外が、スペイン税務当局(AEAT)が策定したAIプロジェクトの方法論です。

各国のAI導入状況、スペインAEATの取組み、EU域内の格差、オランダ税務当局が児童保育給付の申請のリスク判定に国籍を用いて制裁を受けた事案については、別記事で詳しく扱っています。

調査対象の選定に納税者の属性が用いられた場合に何が問題となるのかは、別記事で正面から扱っています。

▶ 関連記事:AIは「誰を調べるか」をどう決めているのか—納税者の属性と調査選定の法的問題

▶ 関連記事:世界58の税務当局はAIをどう使っているか ― OECD Tax Administration 2025が示す税務AIの現在地

▶ 関連記事:日本政府にも「AI統括責任者」がいる—生成AIの高リスク判定と国税庁の実例

出典

(注)IRM 10.24.1およびGAO報告書の日本語訳は筆者による仮訳です。正確な内容については原文をご参照ください。

▶ 関連記事:税務調査でAIはどう使われているのか?

▶ 関連記事:国税庁のAIの法的問題

▶ 関連記事:税務AIに必要なのは「正しく答える力」ではなく「間違って進めない構造」である

▶ 関連記事:税務行政の自動化はどこまで法律で定めるべきか