この記事の結論
英国PCRT(2026年1月)、豪州TPB(2026年3月ドラフト・7月確定)、米国IRSの職業責任局(2026年6月)が、税務専門家によるAI利用に関する職業倫理ガイダンスを相次いで公表しました。三者に共通するのは「AIを使っても専門家の責任は変わらない」という原則です。米国は、実際には費やしていない作業時間の請求や二重請求が不当な報酬にあたりうるとし、AIによる削減分は開示して依頼者に還元すべきだとまで述べています。日本の税理士会はAI利用に特化したガイドラインを未策定であり、制度整備が急務です。

(公開:2026年3月31日 / 更新:2026年8月14日)

この記事でわかること

  • 豪州TPB(2026年3月ドラフト・7月確定)・英国PCRT(2026年1月)・米国IRS職業責任局(2026年6月)のAI倫理ガイダンスの具体的内容
  • 三者の共通点・相違点(比較表あり)──規範への紐づけ方、AIの定義、報酬
  • 米国が踏み込んだ「AIによる効率化と報酬」の論点と、日本法との向きの違い
  • 日本の税理士法第38条(守秘義務)と生成AIの関係
  • 日本の税理士会が策定すべき12の項目の提案
  • ガイドライン対応か法改正か

2026年に入り、海外の税務専門家規制機関が相次いでAI利用に関する職業倫理ガイダンスを公表しています。

2026年1月、英国では7つの職業団体(ICAEW、CIOT等)が共同で策定する「Professional Conduct in Relation to Taxation(PCRT)」の枠組みの下、AIツールの倫理的利用に関するテーマ別実務指針(topical guidance)を公表しました。

2026年3月には、豪州のTax Practitioners Board(TPB)が、AIを利用した税務サービスの提供に関するドラフトガイダンスを公表し、意見募集を経て、同年7月22日に確定版(TPB(GS) 55/2026)を公表しました。

さらに2026年6月には、米国内国歳入庁(IRS)の職業責任局(Office of Professional Responsibility)が、税務専門家のAI利用に関するガイダンス(Alert 2026-19)を公表しました。

いずれも、AIの利便性を認めつつ、AIを使っても専門家の責任は変わらないことを明確にしたものです。

翻って、日本の税理士会はどうでしょうか。

筆者の把握する限り、日本税理士会連合会や各地域の税理士会が、税理士によるAI利用に特化したガイドラインや指針を公表した事実はありません。

本記事では、豪州・英国・米国のガイダンスの具体的内容を比較し、日本の税理士会が今後策定すべきガイドラインの具体的項目を提示します。あわせて、日本固有の論点として、税理士法第38条(守秘義務)と生成AIの関係を検討します。

Q1 豪州TPBのガイダンスには、税理士のAI利用について何が書かれていますか?
A1

AIを利用しても税理士が最終的に責任を負うことを確認したうえで、既存の職業行為規範(Code)の各項目と2024年職業行為規範決定の各条に、AI利用の場面を対応させたものです。

豪州のTax Practitioners Board(TPB)は、2026年3月24日に意見募集用のドラフト(TPB(I) D62/2026)を公表し、締切を同年4月21日として意見を募りました。提出された意見を検討したうえで、2026年7月22日、確定版をガイダンス・ステートメント TPB(GS) 55/2026「The use of Artificial Intelligence and the Code of Professional Conduct」として公表しています。

文書の類型が変わっている点に注意

ドラフトは情報シート(Information Sheet, TPB(I))でしたが、確定版はガイダンス・ステートメント(TPB(GS))です。TPBは2026年4月30日に情報シート等のカテゴリーをガイダンス・ステートメントに統合しており、文書番号も変わりました。ドラフトの番号(D62/2026)を引用している解説は、確定版より前のものです。

AIの定義──OECDの定義を採用

確定版は、AIを自ら定義せず、豪州政府のNational AI Plan 2025を経由して、OECDの定義をそのまま採用しています。

明示的又は黙示的な目的のために、受け取った入力から、物理的又は仮想的な環境に影響を与えうる予測、内容、推奨、決定などの出力をどのように生成するかを推論する、機械ベースのシステム。AIシステムは、展開後の自律性と適応性の水準において異なる。

下位区分として、機械学習、深層学習、生成AIが挙げられています。そのうえで、税務代理役務の提供という文脈でのAIの機能として、情報の分析・解釈・自動分類、洞察と推奨の提供、チャットボット機能、依頼者の口座における異常・誤り・誤配分の自動識別、各種情報源からの調査と翻訳を含む簡素化、ソフトウェアや第三者プラットフォームに組み込まれたAI機能、第三者情報を用いた税務申告様式の自動作成が列挙されます。

注目すべきは、この列挙に「継続的な人間の介入なしに自律的に動作し、利用者に代わって行動をとりうる機能」が含まれていることです。いわゆるエージェント型のAIが、職業規範の射程に正面から入っています。

一般的な考慮事項

TPBは、AIツールが適切に用いられれば、税理士、公衆、そして豪州にとって生産性と効率性を高める重要な機会をもたらすと認めています。そのうえで、AIツールが有用で大きな利便性をもたらしうる一方、税理士は依頼者に提供する税務代理役務について最終的に責任を負うとし、AIの能力と限界を理解し、依拠する前にAIの出力を専門的判断によって評価・補完することが重要だとします。

📋 AI利用時に税理士が考慮すべき一般的要素

✓ AIが実行する業務の性質

✓ 情報がどこにどのように保存され、AIによってどのように利用されるか

✓ AIの出力の想定される用途と、依拠の程度

✓ 使用するAIの能力および限界と、利用の目的

✓ 実務に用いる前にAIの出力をレビューする手続

✓ 当該業務に対するAIの適切性、AIへのデータ入力、および利用の過程で税理士が行う判断の適切性

なお、すべての税理士を拘束するものではないとしつつ、豪州会計専門職・倫理基準審議会(APESB)のAPES 110(会計専門家の倫理規程)が、技術利用時に期待される行動を明らかにするものとして参照されています。

能力──条文への対応づけ

確定版の特徴は、AI利用の場面を個別の条文に対応させた表を置いている点です。

規定内容
Code項目7自ら提供する、又は自己のために提供される税務代理役務が、適格に提供されることを確保しなければならない
Code項目8提供する役務に関連する知識と技能を維持しなければならない
Code項目9依頼者のために行う陳述・行為に関連する限りで、依頼者の状況を確かめる相当の注意を払わなければならない
Code項目10税法が正しく適用されることを確保する相当の注意を払わなければならない
決定30条元依頼者を含む各依頼者に提供した(又は自己のために提供された)役務を正確に記録する記録を保存しなければならない
決定35条自己のために役務を提供する各主体が知識と技能を維持することを確保し、かつ、その主体を適切に監督しなければならない
決定40条Codeを遵守しているという合理的な確信を得られる品質管理の体制を構築・維持し、その方針と手続を文書化して実施しなければならない

そのうえで、TPBは次のように述べます。AIモデル、とりわけ大規模言語モデルは、解釈と理解が困難な複雑さを持ちうるほか、AIは人間の心理その他の関連しうる外部要因を理解できないため、偏りを含みうる。したがって、能力に関する要件を満たすには、税理士は依頼者に助言する際に自ら専門的判断を行使しなければならず、依頼者の状況に関する自らの分析の代替としてAIの出力に依拠すべきではない、と。

さらに、AIモデルはハルシネーションを起こし、又は不正確な情報を提供しうるため、税知識・経験・専門性の代替として依拠することはできないとしたうえで、ワークフローの各段階を通じてAI生成内容の正確性を検証・レビューすべきであり、AIの判断・出力を理解し、これに異議を唱えるための手続を確立すべきだとします。そして、これらの各段階は文書化されるべきであり、それが決定30条および40条の義務の充足を助けると述べています。

「決まった型はない」

AI利用との関係で相当の注意を払ったといえるかについて、確定版は決まった型(set formula)は存在しないとし、すべての事情の検討によるとします。考慮要素として挙げられるのは、提供する役務の性質と範囲、依拠する前にAIツールの出力を確認・レビューしたか、そして独立の検証を要する業務、とくに税理士の専門外の業務にAIツールを用いたかです。

相当の注意の水準は、税理士の知識・技能・資格・経験を有する適格かつ合理的な者が、客観的に判断して、その状況下でとるであろう行動と整合的に行動することを求めるものとされています。

守秘──「各依頼者からの事前の許可」

守秘に関するCode項目6は、法的義務がある場合を除き、依頼者の許可なくその事務に関する情報を第三者に開示してはならない、と定めます。ここでいう第三者とは、依頼者と税理士以外のすべての主体であり、情報が依頼者に帰属することも、依頼者から直接提供されたことも必要ではありません。

確定版が求めていること

AIの文脈では、税理士は、依頼者情報を第三者に開示する前に、各依頼者から許可を得なければなりません。ここには、ツールの設定と使用方法によっては、依頼者情報をAIモデル・ツールに入力することが含まれます。

許可を得るにあたっては、開示の相手方と場所、データの保存場所、AIツールを用いる可能性を含めて、提案される開示について依頼者に明確に伝えることが推奨されます。

許可の方式としては、署名済みのエンゲージメントレター、署名による同意、関連する「ファクトファインド」と同意などが挙げられ、第三者開示に対する一般的な授権も許容されうるとされています。

また、税理士は、AIツールの利用にあたり相当の注意を払う最終的な責任を負い、商用のAIツールだけでなく、自社で開発し又は改変したAIツールについても適切なレビューを行い、情報が安全に保管され、1988年プライバシー法の要件が満たされることを確保しなければならないとされます。

加えて、依頼者情報に税務ファイル番号(TFN)が含まれる場合には、2015年プライバシー(税務ファイル番号)規則による追加的な義務が適用されるとして、AI利用との関係を含め、自ら助言を求めるべきだとしています。

このほか、誠実性、独立性その他の義務についても、AI利用時に各基準を遵守するよう専門的判断を行使しなければならないとされ、プライバシー法については、豪州プライバシー原則(とくにAPP 11)が依頼者からの同意取得の要件に直接影響しうると指摘されています。

出典

Tax Practitioners Bd., TPB(GS) 55/2026, The Use of Artificial Intelligence and the Code of Professional Conduct (Austl. July 22, 2026)
https://www.tpb.gov.au/tpbgs-552026-use-artificial-intelligence-and-code-professional-conduct

Tax Practitioners Bd., Exposure Draft TPB(I) D62/2026, The Use of Artificial Intelligence and the Code of Professional Conduct (Austl. Mar. 24, 2026)
https://www.tpb.gov.au/exposure-draft-tpbi-d622026-use-artificial-intelligence-and-code-professional-conduct

Q2 英国PCRTのAIガイダンスは何を求めていますか?
A2

5つの基本原則(誠実性、客観性、専門的能力、秘密保持、職業的行動)のそれぞれについて、AIツール利用時の具体的な行動指針を示したものです。

英国のPCRT(Professional Conduct in Relation to Taxation)は、ICAEW(イングランド・ウェールズ勅許会計士協会)やCIOT(英国勅許税務協会)を含む7つの職業団体が共同で策定する行動規範です。2026年1月にAI利用に関するテーマ別実務指針が公表されました。

豪州TPBとの大きな違いは、5つの基本原則ごとに、AIを使う場面での具体的な留意点を詳細に列挙している点です。

英国PCRT AIテーマ別実務指針の主要ポイント(原則別)

① 誠実性(Integrity)

  • AIツールの利用について、顧客への透明性の水準を検討すべき
  • エンゲージメント・レター(契約書)に、AI対応ソフトウェアを使用する可能性がある旨を明記することが推奨される
  • 結論の導出過程を、AIが生成したものであっても説明可能にすべき
  • AI生成データへの依拠の程度に慎重な考慮を払うべき
  • 監督下のスタッフがAIを利用して行った作業についても、税理士本人が責任を負う

② 客観性(Objectivity)

  • AIのデータソースを把握すべき(可能な場合)
  • 自身の無意識バイアスがデータ解釈や結果の解釈に与える影響を意識すべき
  • 「自動化バイアス(automation bias)」、すなわち矛盾する情報や合理的疑問があってもAI出力を過度に信頼する傾向に注意すべき
  • AI出力結果のレビューを通じて、特定の集団・人種・性別への偏りなどバイアスのテーマや傾向を特定すべき

③ 専門的能力・注意義務(Professional Competence and Due Care)

  • AIツールの使用・導入について十分な能力を確保すべき
  • スタッフに適切な研修を実施すべき
  • AIの出力に対しリスクベースのデューデリジェンスを実施すべき
  • AIの「ハルシネーション(hallucination)」、すなわち事実でない情報を事実のように提示する現象に注意し、AI出力に引用された判例や立法の実在性を独立に確認すべき
  • AIの出力が現行法に適合しているか確認すべき
  • AIに不慣れな場合はAI専門家への相談を検討すべき
  • 陳腐化したAIモデルの使用はコンプライアンスリスクにつながりうる
  • 自社で設計・管理しているAIモデルは、正確性・関連性・規制変更への適合を確保するために継続的に更新する必要がある

④ 秘密保持(Confidentiality)

  • 公開AIモデルに顧客データを同意なく入力することは秘密保持義務違反の可能性が高い
  • データは匿名化・汎用化して顧客を特定できないようにすべき
  • 匿名化しても、特殊な業務内容など複数の属性の組合せから顧客が特定されうるリスクに注意すべき
  • 閉域型(ring-fenced)AIの導入も一つの選択肢
  • 公開AIに入力した情報は制御を失うことを認識すべき(公知の領域に入り、サードパーティや海外サーバーで保管・保持される可能性がある)
  • 契約条件(engagement terms)を見直し、データの処理方法(AIへの入力を含む)を明記すべき
  • 事務所サイトのデータ取扱方針・AI利用方針ページに顧客を誘導することも有効
  • 顧客のデータだけでなく、M&A取引相手などNDA対象の第三者情報をAIに入力することも秘密保持の問題となりうる
  • 顧客がAI利用の拒否を要求した場合は、その要請を受け入れ、必要に応じて専門家相談を行うべき

⑤ 職業的行動(Professional Behaviour)

  • AI生成データが法的・規制上の義務に適合していることを確認すべき
  • AIツールの限界を認識し、業務が不適切・非効率・過失的・不完全に遂行されることを避けるべき
  • 各AIツールの限界を理解することで、適切な利用範囲を特定し、無責任な利用のリスクを軽減できる
  • 過度に人工的・作為的な租税スキームや、法令上重大な不確実性のある助言を出力するツールには、追加の注意を払うべき
  • 出力レビューの注意義務不足や顧客データ処理の不適切な扱いも、無責任なAI利用に含まれる
  • AIで作成した通信文は、トーンや内容が職業的に適切かレビューすべき(PCRT 2.22項の「礼節と配慮」義務)

なお、PCRT AIガイダンスでは、AIによるハルシネーションのリスクを示す実例として、英国の判例が引用されています。

実例:Harber v HMRC事件([2023] UKFTT 1007 (TC))

2023年に英国第一審裁判所(UKFTT)で審理された租税案件において、納税者が提出した書面に、生成AIが作出した実在しない判例が複数含まれていたことが判明した事案です。納税者は自身の主張を裏付けるためにAIを用いて判例を検索しましたが、AIは事実でない判例を「実在する判例」のように提示し、それがそのまま提出書面に引用されました。

PCRT AIガイダンスはこの事件を引用し、AI出力に含まれる判例や立法の実在性を、税理士自身が独立に検証する必要があることを強調しています(PCRT AIガイダンス3.4項)。

英国ガイダンスの実務的な指摘

  • AIの出力は、経験の浅い後輩が作成したものとみなし、適切な懐疑をもってレビューすべきとされています
  • 監査証跡として、参照したウェブページの写しやプロンプトのスクリーンショットを保存・保持することが挙げられています。相当の注意を払ったことの証拠になるとされます
  • 職員がAIツールを用いた場合、上位の同僚に開示すべきであり、AI利用方針が事務所を守りうるとされています
  • 名宛人は実務に従事する会員に限られず、企業内で働く会員、公的機関・政府部門で働く会員も含みます。「会員」には事務所およびその職員が含まれます

なお、このトピック別ガイダンスは、PCRT本体(基本原則および租税計画の基準)の枠内でAI利用時の留意点を示したものです。PCRT本体は遵守義務がありますが、このトピック別ガイダンスそのものは、ヘルプシートと同様、直接の強制力を持つ性格のものではないとされています。ただし、懲戒手続きにおいてガイダンスに従わなかった理由を説明するよう求められる可能性があり、実質的には遵守が強く期待されるものです。

出典

PCRT Bodies, Topical Guidance Covering the Application of PCRT to the Ethical Use of Artificial Intelligence Tools (U.K. Jan. 19, 2026)
ATT版PDF(本文全文)

※本ガイダンスはPCRTを構成する7つの職業団体が共同で公表しており、各団体が自団体名で同一内容を掲載しています。照会先や準拠する倫理規程の記載のみ、団体ごとに異なります。

ICAEW, Topical Guidance Covering the Application of PCRT to the Ethical Use of Artificial Intelligence Tools (Jan. 19, 2026)
https://www.icaew.com/technical/tax/working-in-tax/pcrt/topical-guidance-application-of-pcrt-to-ethical-use-of-artificial-intelligence-tools

Q3 米国のIRSは、税務専門家のAI利用について何を示したのですか?
A3

サーキュラー230を中心とする既存の職業規範が、生成AIの利用場面にそのまま及ぶことを、6つの項目に分けて具体的に示したものです。新しい規則を作るものではありません。

米国内国歳入庁(IRS)の職業責任局(Office of Professional Responsibility。以下「OPR」といいます。)は、2026年6月24日、アラート2026-19「連邦税務実務における責任あるAI利用の入門的指針」を公表しました。

OPRは、IRSに対する実務(practice before the Internal Revenue Service)の基準を定めるサーキュラー230(財務省規則。31 C.F.R. Part 10)の執行を担う部局です。ここでいう実務には、代理だけでなく、書類の作成・提出やIRSとの連絡、書面による助言の提供が含まれます。規律の対象は、弁護士、公認会計士、登録税務代理人(enrolled agent)などの有資格者に限られません。報酬を得て納税者の税額に関する書類の全部又は相当部分を作成する者は、これらの資格を持たなくても、同規則の義務と制裁の適用を受けます。もっとも、弁護士や公認会計士であっても、資格を有すること自体によって当然に規律が及ぶわけではありません。上記の意味での実務を行うか、報酬を得て書類の作成に関与するかのいずれかが必要です。

アラートは、AIには技術と応用が絶えず変化するために決定的な定義が存在しないとしたうえで、基本的な水準では「判断、知覚、優先順位付けを含む人間の認知的技能を模倣する形での機械の利用」と定義できる、と述べています。そのうえで、調査研究プラットフォームや文書レビューツールを通じて、意識しているか否かにかかわらず、実質的にすべての専門的な税務事務所が何らかの形でAIを使っている、と指摘します。

OPRアラート2026-19が示す6つの項目

  • 正確性に関する相当の注意(§10.22)……AIが作成した文書は、依頼者への交付やIRSへの提出の前にすべて精査しなければならない。事実、引用、計算の正確性を検証する必要があり、AIだけに依拠することはできない
  • 報酬(§10.27(a))……実際には費やしていない手作業の時間を請求すること、AI支援業務について二重に請求することは、不当な報酬(unconscionable fee)にあたりうる
  • 能力(§10.35)……法だけでなく、実務に用いる技術も理解しなければならない。AIがどのように内容を生成するかを理解し、偏りや誤りの可能性を認識し、出力がIRS案件で使用に耐えるかを評価できることが求められる。技術面の能力を欠けば、不適切な助言や欠陥のある申告につながりうる
  • 遵守を確保する手続(§10.36)……事務所の業務を統括する立場の者は、AIに関する内部の方針・手続を整えなければならない。職員への研修、安全なデータ取扱いの手順、AIの正確性の監視、外部AIツールの事前審査、そしてこれらを実施したことの文書化が挙げられている
  • 書面による助言(§10.37)……書面助言は合理的な事実上・法律上の前提に基づかなければならない。生成AIの予測や記述を検証なしに用いることはできず、引用は確認し、判例は読み、財務予測や入力値・数式は裏を取る必要がある。システムの論理が不透明であれば、依拠すること自体が合理性を欠きうる
  • 守秘(内国歳入法典6713条・7216条(a)、サーキュラー230 §10.51(a)(15))……安全でないシステムや公開のシステムに納税者情報をアップロードすることの危険を指摘し、安全な、事務所として承認されたAIのみを用いるべきとする

このうち報酬の項目は、豪州・英国のガイダンスに対応する記載がない、米国に特徴的な踏み込みです。OPRは、AIが調査や起案の時間を短縮しうることを認めたうえで、依頼者横断的に顕著なパターンが認められる場合や請求額の差が大きい場合などには違反となりうる、としています。そのうえで、これとは別に、コスト削減は公然と還元されるべきであり、実務家は行ったAI業務を必要に応じ一般的または具体的に開示し、削減分を依頼者の勘定に公正に反映すべきである、と述べています。

守秘については、アラートは冒頭の総論で、具体的なリスクの例を挙げています。ある依頼者のために生成されたデータが、別の依頼者に関する照会への回答にプログラムによって再利用される場合や、特定の論点のために集められたデータがアルゴリズムに流出して別の依頼者の関連論点と結合する場合です。英国が指摘する「公開AIへの入力は制御を失う」というリスクとは角度が異なり、同一のツールを複数の依頼者に使うこと自体から生じる混入に注意を促すものです。

アラートが答えていない問い──「AIを使ったこと」自体は依頼者に伝えるべきか

もっとも、アラートが7216条(a)を引くのは、安全でないシステムに納税者情報をアップロードすることの危険という文脈においてです。7216条の本体は、これとは別の局面を規律しています。

内国歳入法典7216条は、申告書の作成者が、申告書の作成以外の目的で納税者の情報を共有し、又は使用することを原則として禁じます。それ以外の場合には、共有の方法と理由を記した開示書面を納税者に交付し、その署名を得なければなりません。故意の違反には、1,000ドル以下の罰金若しくは1年以下の拘禁、又はその併科が定められています。このほか、事案によっては別の制裁が科される場合もあるとされます。

問題は、生成AIに依頼者の情報を入力することが、この開示と同意の手続を要する「共有」にあたるのかどうかです。アラートは、この点について特に述べていません。

この開示義務には例外があり、その例外は、通常、税務ソフトウェアに適用されてきたとされます。生成AIがこの例外に乗るのか、それとも開示を要する第三者への共有と評価されるのか。米国公認会計士協会(AICPA)の税務実務・倫理担当リードマネージャーであるHenry Grzes氏は、7216条についてIRSから示された最後の正式なガイダンスが2013年に遡ることを指摘し、追加のガイダンスを求めています。同協会は、2026年のIRS年次優先事項リストへの回答においても、AIを含む技術の利用に関する指針を要望しました。これは同協会が行った数十件の提言のうちの一つでした。

「税務ソフトの延長か、判断を委ねる別物か」

この問いに対する実務家の見解は、分かれています。

ダラスのThe Youngblood Group創業者でIRS登録代理人のJoshua Youngblood氏は、依頼者が長年付き合っているファイナンシャル・アドバイザーに申告書を送るのに開示が必要とされるのなら、申告書を作成させるAIツールに情報を送るときにも開示が適切ではないか、と述べます。そのうえで、多くの利用者がAIに判断を委ね、どうすべきかを教えてもらっている以上、AIツールは従来の税務ソフトとは同じでないと主張します。なお同氏は、税務リサーチを提供するAIツールを共同で保有しています(依頼者のデータは取り込まないものとされています)。

他方、Thomson Reutersで税務・監査・会計プロフェッショナル部門のプレジデントを務めるElizabeth Beastrom氏(公認会計士)は、AIプラットフォームが特定の依頼者の申告書を作成するためだけに用いられ、そのデータが保護され当該目的にのみ使われるのであれば、実務家が既に依拠している他のソフトウェアや第三者処理ツールと同様の役割を果たすものであり、実務家が全面的に責任を負い関与し続けることに変わりはないとします。同社は、AI機能を含む申告書作成ソフトウェアを提供しており、会計士に広く用いられています

Grzes氏は、AIがすべて同じではないことにも注意を促しています。入力された情報を自らの学習に用いるプラットフォームと、それを行わない閉じたプラットフォームとでは違いがあり、IRSは追加のガイダンスでこの区別に対応しうる、というものです。Q1で見たとおり、豪州の確定版が「ツールの設定と使用方法によっては」という限定を付していたのと、着眼は重なります(もっとも、豪州の限定は第三者開示に当たるかどうかの範囲設定であり、Grzes氏の指摘は学習利用の有無という技術的区別である点で、同一の論点ではありません)。

正式な指針がない間の実務──AICPAの立場

AICPAは、安全側に倒すべきだという立場をとっています。すなわち、AIを申告書の作成に用いる場合には、依頼者から署名入りの開示を得ておくべきだというものです。後により明確な指針が示されたとき、取得していなければ責任を問われうるからです。

なお、7216条の開示は、個人の申告書については独立した文書でなければならず、法人等の申告書のようにエンゲージメントレターや覚書に含める扱いは認められないとされています。

明文があることが、当てはめを速めるとは限らない

豪州は、意見募集を経て、依頼者情報をAIに入力する前に各依頼者から許可を得ることを求め、その際に伝えるべき事項と許可の方式まで示しました。英国は、契約条件へのAI利用の明記を推奨しています。

これに対し米国は、刑事罰を伴う明文の条項を持ちながら、その条項をAIにどう当てはめるかを示せていません。依拠すべき正式な指針が2013年で止まる一方、職業団体が任意の開示を勧めることで実務を支えている、というのが現状です。

AIによる効率化と報酬を結びつけたのが米国だけであることは、Q4で見るとおりです。しかし依頼者への説明という論点では、順序が入れ替わります。規範の形式が制定法であるか職業規範であるかは、新しい技術への適応の速さを決めないということです。

アラートは、生成AIの不適切な利用に対して裁判所が弁護士に科してきた制裁の類型として、多くは数千ドル規模の金銭制裁、公の譴責、法曹倫理・職業責任の研修の受講、欠席判決、代理からの排除、州弁護士会への懲戒付託を挙げています。そのうえで、法曹以外の税務専門家に対する制裁事例も現れ始めているとして、次の事案を引きます。

OPRが引用した実例──デロイト豪州の報告書

2025年7月、豪州政府がウェブサイトで公表した、デロイト豪州が同政府のために作成した230頁超の報告書に、判事に帰属させた捏造の引用、存在しない報告書への参照、著者を取り違えた書籍が含まれていました。いずれも生成AIによるものとみられ、同社は報酬の一部を返金することで豪州政府と直接解決したと報じられています。

米国の当局が自国の実務家への警告として豪州の事案を引いている点は、この問題が法域を越えて共有されていることを示しています。英国のガイダンスがHarber v HMRC事件を引いたのと同じ構図です。

なお、OPRは、カリフォルニア・コロラド・イリノイ・ユタなどの州が、透明性の確保、バイアスの低減、消費者の保護を主眼とするAIガバナンス立法を行っていること、米国法曹協会(ABA)の倫理・職業責任常任委員会が2024年7月29日に Formal Opinion 512「Generative Artificial Intelligence Tools」を公表していることにも言及し、連邦・州・職業団体の各層の規範を継続的に把握することを求めています。

結語は明快です。技術は強力な道具であって職業的判断の代替物ではなく、最終的な判断は、税法の複雑さと倫理基準を理解した有資格の専門家に常に委ねられなければならない、とされています。

OPRが挙げる10の心得

  • 自らの業務に関係する連邦・州の法令とガイダンスを把握し、更新を追い続ける
  • 安全なAIデータ取扱いの手順とアクセス制御を整える
  • AIの利用状況と検証の過程を記録する
  • すべてのAI実務において透明性と説明責任を確保する
  • 情報漏えいや誤りが生じた場合の手順をあらかじめ定める
  • 職員に必要な研修を行う
  • 外部のAIツールは、購入する前または購入時に審査する
  • 安全でないサイトに機微な情報をアップロードしない
  • AIが生成した文章は下書きとして扱う
  • 成果物は、事実と法律の正確性(引用は必ず確認する)および問題のある偏りの有無について、十分に確認する

日本ではどうか──報酬をめぐる規律の「向き」

報酬の論点は、日本ではほとんど論じられていません。税理士会の会則で報酬の最高限度額を定める仕組みは、平成13年の税理士法改正(平成13年法律第38号。平成14年4月1日施行)により、規制緩和・競争政策の要請を受けて廃止され、報酬は自由化されました。

もっとも、より根本的な違いがあります。現行の税理士法および同施行規則を通じて、税理士報酬の額そのものを規律する規定は、一つしかありません。委嘱者の経済的理由により無償又は著しく低い報酬で行う税理士業務について、税理士会の会則に定めを置くことを求める規定です(現行の第49条の2第2項第10号)。ほかに報酬に触れる条文は、報酬のある公職との兼業を制限するもの(第24条、第43条)などにとどまります。

つまり、日本法が税理士報酬について語るのは、それが低すぎる場合だけです。米国が高すぎる報酬を職業規範の問題としたのに対し、日本の規範に残るのは正反対の側だ、ということになります。信用失墜行為の禁止(第37条)という一般条項はありますが、懲戒処分の考え方(財務省告示)が挙げる類型に、報酬に関するものはありません。

なお、三法域とも報酬に関する職業規範それ自体は持っています。違いは、AIによる効率化と報酬を結びつけた指針を出したかどうかにあります。米国OPRがしたのは新しい報酬規制の創設ではなく、既存の不当報酬の規定を、AIが作業時間を短縮するという新しい事実に当てはめたことです。

出典

Off. of Prof’l Resp., Internal Revenue Serv., U.S. Dep’t of the Treasury, Alert No. 2026-19, Introductory Guidelines for Responsible AI Use in Federal Tax Practice (June 24, 2026)
https://content.govdelivery.com/accounts/USIRS/bulletins/41d6e70

Treas. Dep’t Circular No. 230, 31 C.F.R. pt. 10 (rev. June 2014)
https://www.irs.gov/pub/irs-pdf/pcir230.pdf

※本項のうち、7216条の開示をめぐる実務家の議論については、次の報道による。
Sarah Agostino, Can Your Tax Preparer Use AI Without Telling You? Some Experts Say IRS Rules Aren’t Clear, CNBC (Aug. 4, 2026)
https://www.cnbc.com/2026/08/04/ai-tax-preparers.html

Q4 豪州・英国・米国のガイダンスの共通点と相違点は何ですか?
A4

▼ 豪州TPB・英国PCRT・米国OPRの比較表

テーマ豪州 TPB(GS) 55/2026
(2026年7月)
英国 PCRT AIガイダンス
(2026年1月)
米国 OPR Alert 2026-19
(2026年6月)
文書の性格規制当局のガイダンス・ステートメント。TASA以上の権利義務を創設しないPCRTを構成する7つの職業団体の共同文書。PCRT本体を補完するテーマ別指針。PCRT不遵守は懲戒手続の対象となりうる規制当局(OPR)のアラート。新規則ではなく既存規範の当てはめ
AIの定義OECD定義を採用(National AI Plan 2025経由)OECD定義を引用(「OECD諸国は現在こう定義している」という提示)決定的な定義は存在しないとし、自前の暫定的な定義にとどめる
基本姿勢AIを使っても最終責任は税理士AIの関与を問わず、会員が成果物に最終的な責任を負うAIは職業的判断の代替物ではない。最終判断は有資格の専門家に
規範への紐づけ方条文型。Code項目6〜10、決定30条・35条・40条に対応表で紐づけ原則型。5つの基本原則ごとに「倫理上のリスク」と「安全策」を対置条文型。§10.22・10.27(a)・10.35・10.36・10.37+IRC 6713・7216(a)
能力・注意義務専門的判断の行使。ハルシネーション。各段階の検証と文書化。「決まった型はない」能力の確保、研修、リスクベースのデューデリジェンス、ハルシネーション対策、陳腐化モデル事実・引用・計算の検証。技術の仕組みと限界の理解。財務予測・入力値・数式の確認
秘密保持各依頼者から事前に許可。開示先・保存場所・AI利用の可能性を伝える。TFNには上乗せ規制公開AIへの同意なき入力は違反の可能性が高い。匿名化とその限界、閉域型AI、第三者情報安全な承認済みAIのみ使用。依頼者間でデータが混入するリスクを明示
事務所の体制決定40条の品質管理体制。方針・手続の文書化と実施。決定35条の監督職員研修、AI利用方針、監査証跡(プロンプトの保存等)§10.36。内部方針、研修、外部ツールの事前審査、実施の文書化
顧客への説明エンゲージメントレター等による許可の取得契約条件にAI利用を明記、AI利用方針の公開行ったAI業務の開示と、削減分の還元(報酬の文脈)。AI利用の事実そのものが7216条の開示・同意の対象となるかは未解決
報酬本ガイダンスは触れていない(報酬に関する規律はAPES 110等の別の職業規程にある)同左(本ガイダンスはPCRT本体を補完するもので、報酬には触れていない)§10.27(a)の不当報酬をAIの文脈に当てはめた。費やしていない手作業時間の請求・二重請求は違反となりうる。削減分は開示して還元すべきものとする
引用された実例Harber v HMRC([2023] UKFTT 1007 (TC))弁護士に対する制裁の類型/デロイト豪州が豪州政府に納入した報告書の捏造事案
名宛人登録税務代理人およびBASエージェントPCRT構成7団体の会員・規制対象事務所。実務、企業内、公的機関を問わない有資格者に限られない。報酬を得て税額に関する書類の相当部分を作成する者も対象

共通点:三者はいずれも「AIは新たな規制を要する特殊な存在」ではなく、既存の職業規範がそのまま適用されるという立場です。AIの利便性を認めつつ、「だからといって責任は変わらない」という明確なメッセージを発しています。

相違点①(規範への紐づけ方):豪州と米国は、条文番号を挙げて既存規定に紐づける条文型です。英国は、5つの基本原則ごとに「倫理上のリスク」と「考えられる安全策」を対置する原則型で、具体的な行動指針の細かさでは最も充実しています。

相違点②(AIの定義):豪州と英国はOECDの定義を用いるのに対し、米国は決定的な定義が存在しないとして、自前の暫定的な定義にとどめました。規律の対象を国際的な共通定義に委ねるか、当局が自ら緩やかに画するかという違いです。

相違点③(報酬):AIによる効率化と報酬を結びつけたのは、米国だけです。三法域とも報酬に関する職業規範自体は持っていますが、それをAIの場面に当てはめる作業を行ったのは米国のみでした。

ただし、依頼者への説明という論点では順序が入れ替わります。豪州は入力前の許可取得を具体的に求め、英国は契約条件への明記を推奨していますが、米国は明文の条項を持ちながら、AI利用の事実を開示すべきかの当てはめを示せていません(Q3参照)。

Q5 日本の税理士法第38条(守秘義務)は、AI利用とどのように関係しますか?
A5

英国PCRTが「公開AIへの顧客データ入力は秘密保持義務違反の可能性が高い」と明示したのと同様の問題が、日本の税理士法第38条にも存在します。

税理士法第38条は次のように規定しています。

「税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。」

ここで「正当な理由」とは、通達38-1により「本人の許諾又は法令に基づく義務があること」とされています。

また、「税理士業務に関して知り得た秘密」とは、通達38-2により「依頼人の陳述又は自己の判断によって知り得た事実で、一般に知られていない事項及び当該事実の関係者が他言を禁じた事項」をいいます。

この規定に照らして、生成AIへの顧客情報入力がどのように評価されるかを整理すると、以下のようになります。

守秘義務違反のリスクが高いケース

  • 無料・標準的なクラウドAI(ChatGPT等の無料版)に、顧客の個人情報や機密情報(マイナンバー、口座番号、具体的な事実関係等)を直接入力した場合。入力データがAI事業者のサーバーに保存・学習に利用される可能性があり、第三者への「洩らし」に該当しうる。
  • AI事業者との間で委託契約(DPA)や学習不使用の設定がない場合。データの保持・再委託の範囲が不明確であり、「正当な理由」(本人許諾等)なしに第三者利用されるリスクがある。
  • 匿名化・仮名化を行わずに、一般に知られていない顧客の秘密を入力し、AI事業者の利用規約上も保護されない場合。

守秘義務違反のリスクが低いケース

  • オンプレミス・ローカルAI(事務所内サーバーで動作するモデル)で処理する場合。第三者への開示がなく、秘密保持が確保される。
  • 有料のエンタープライズAIを利用し、かつ、①DPA・機密保持契約の締結、②学習不使用(zero-retention)の設定、③データ保持の最小化、④日本のデータリージョン指定、⑤匿名化・仮名化を実施している場合。委託処理として管理され、「正当な理由」に該当しうる。
  • 顧客の本人許諾を得て入力する場合。通達38-1の「本人の許諾」の例外に該当する。

注意

上記は一般的な整理であり、個別のケースにおける判断は、利用するAIツールの技術的仕様、AI事業者の利用規約・プライバシーポリシーの内容、入力するデータの性質と範囲、匿名化の程度など、具体的な事情に応じて異なります。また、AI技術の進展とともに状況は変化しうるため、継続的な検討が必要です。

税理士法第38条の守秘義務と生成AIの関係については、本記事での整理にとどまらず、通達の射程や「窃用」(通達38-3)の解釈、AI事業者を「第三者」と評価しうるか等の論点を含め、別途、より精緻な考察を行う余地があると考えています。

豪州との比較──「事前の許可」という手続

Q1で見たとおり、豪州の確定版は、依頼者情報をAIに入力する前に各依頼者から許可を得ることを求め、その際に開示の相手方と場所、データの保存場所、AIツールを用いる可能性を伝えることを推奨しています。許可の方式まで具体的に示されています。

日本の税理士法第38条も、「正当な理由」として本人の許諾を挙げており(通達38-1)、構造は同じです。しかし、何をどこまで伝えて許諾を得るべきかについての指針は存在しません。「許諾を得ればよい」で止まっているのが現状です。

また、豪州は依頼者情報に税務ファイル番号が含まれる場合に上乗せ規制が及ぶとしています。日本にはマイナンバー(個人番号)という直接の対応物があり、生成AIへの特定個人情報の入力が番号法上の「提供」に当たるかは、実務に直結する問題です。しかし、これについても指針は見当たりません。

参考資料

ローカルLLM(オンプレミスAI)によるセキュリティ・データ保護について
https://harmonic-society.co.jp/local-llm-security-data-protection/

Q6 日本の税理士会は何を策定すべきですか?
A6

豪州・英国・米国の先行事例を踏まえ、筆者は、日本の税理士会が策定すべきガイドラインの具体的項目として、少なくとも以下を提案します。

▼ 海外ガイダンスに現れた項目(国際的に標準化されつつある項目)

#項目内容
1責任の所在AIを利用した場合でも、税理士が提供するサービスの最終責任を負うことの確認
2秘密保持とAI公開型AIへの顧客データ入力の原則禁止またはリスク警告。匿名化・仮名化の基準。閉域型AI・API利用の推奨。AI事業者の利用規約(学習利用の有無等)の確認義務
3顧客への説明・同意AI利用の事実の顧客への開示。顧問契約書等へのAI利用条項の追加。海外サーバーへのデータ送信がある場合の説明
4出力の検証義務AIの出力を最終回答として扱わないこと。出力の法令適合性・最新性の確認。ハルシネーション(存在しない判例・条文等)への対応。法令上の不確実性がある論点の顧客への開示
5能力の確保・研修AIツールの利用に関する税理士・職員の研修。AIに不慣れな場合の専門家への相談。AIの能力と限界の認識
6バイアスへの注意AIのデータソースの偏りへの注意。自動化バイアス(AI出力を過度に信頼する傾向)への注意。税理士自身の無意識バイアスへの注意
7AIによる効率化と報酬AIにより短縮された時間の請求の在り方。実際に費やしていない作業時間の請求や二重請求の禁止。効率化分の依頼者への還元と、その開示(米国OPRが明示)

▼ 日本固有の論点(海外ガイダンスにはない項目)

#項目内容
8税理士法第38条との関係生成AIへの顧客情報入力と守秘義務の関係について、Q5で示したようなリスク整理とケース別の指針
9申告納税制度の理念との関係AI依存による納税者の主体性喪失リスクへの対応。「結論(税額)さえわかればよい」という発想の広がりへの警鐘
10税理士法第52条との関係AIによる「税務相談」機能と、無資格者による税理士業務の禁止(税理士法52条)との関係の整理
11Zeirishi-in-the-Loop税務判断過程に税理士が関与するガバナンス設計の必要性。豪州の確定版が「継続的な人間の介入なしに自律的に動作し、利用者に代わって行動をとりうる機能」を明示的に射程に入れたことを踏まえた検討
12税理士職業賠償責任保険AIを利用したことにより誤った助言がなされた場合、またはAIを利用しなかったことにより十分な助言がなされなかった場合の責任の在り方と保険の補償範囲の整理
Q7 ガイドラインと法改正のどちらが適切ですか?
A7

筆者は、当面はガイドラインによる対応が適切であると考えています。

その理由は以下のとおりです。

ガイドラインによる対応を推奨する理由

  • AI技術の進化は極めて速い。法令改正による硬直的なルールの設定は、技術の変化に追いつけず、かえって不合理な結果を招くおそれがある。
  • ガイドラインであれば、知見と経験を蓄積しつつ、柔軟に見直し・改定を行うことができる。
  • 豪州・英国・米国のいずれのガイダンスも、既存の職業倫理規範の枠内で整理する「既存法適用モデル」を採用しており、新法の制定や規範の根本的改正には至っていない。
  • 日本の税理士法においても、ガイドラインに違反する行為は、既存の懲戒処分(税理士法第44条〜第46条)の枠組みで対応可能であると考えられる。

ただし、この立場にも限界はあります。

将来的に法改正が必要となりうる場面

  • AIの自律性が飛躍的に増大し、「税理士の判断」と「AIの判断」の境界が曖昧になった場合
  • AI開発者・提供者・利用者の間の責任分配構造の再設計が必要になった場合
  • AIによる「税務相談」が社会的に広く定着し、税理士法第52条の「税理士業務」の範囲の再定義が必要になった場合
  • AIの出力に対する説明可能性(Explainability)や監査可能性に関する新たな義務の導入が検討される場合

これらの問題は、ガイドラインだけでは十分に対応できない可能性があり、中長期的には税理士法の改正を含めた制度的対応が必要になりうる。

いずれにしても、現時点で重要なのは、まずガイドラインを策定し、議論と実務の蓄積を始めることです。豪州は意見募集を経て確定版を公表し、英国は確定版を運用し、米国は当局自身が既存規範の当てはめを示しました。日本がこの議論に遅れをとることは、国際的にも望ましくありません。


関連記事

生成AIの普及により変容する税理士の役割① ― AIは税理士の仕事をどこまで変えるのか

生成AIの普及により変容する税理士の役割② ― 弁護士法とAIの議論から税理士法改正を考える

税理士の仕事はAIでなくなるのか? ― 「92.5%」の真実と、税法研究者が考えるAI時代の税理士像

生成AI・AIチャットボットで税務相談をするリスク

IRSが「税務調査AI」を「ハイインパクトAI」に分類した