(公開:2026年8月27日)
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務判断・税務相談を代替するものではありません。具体的な取引の取扱いについては、税理士等の専門家にご相談ください。
この記事の結論
東京地判令和7年6月3日は、暗号資産同士の交換取引およびICO(新規発行トークンの取得取引)によって生じた利益が、所得税法36条1項の「収入すべき金額」に該当することを認め、法定通貨に交換していなくても課税対象になる との判断を示しました。あわせて、無申告加算税・重加算税の賦課、税務調査手続、決定処分の通知書の理由附記についても、いずれも課税庁側の主張を認めています。
事案の概要 原告は、親族名義の口座から出金した資金を原資として、平成28年から暗号資産(資金決済に関する法律2条14号参照。なお、令和元年法律第28号による改正前は「仮想通貨」とされていました。本記事では現在の呼称である「暗号資産」で統一します)であるビットコイン等の売買取引を行っていました。平成29年中には、暗号資産同士の交換取引や、ICO(保有する暗号資産を使用して新規発行暗号資産を取得する取引)を行い、「Lendroid Support Token」(LST)と「Medical Chain」(MTN)という2種類のトークンをICOで取得しています。原告は、この年、暗号資産から外国通貨を含む法定通貨への交換取引や、暗号資産による物品購入は行っていません。
原告は平成29年分の所得税等の確定申告をしませんでした。処分行政庁(春日部税務署長)は、これらの取引による利益を雑所得と認定し、平成29年分の総所得金額を1億2,212万9,792円、納付すべき税額を5,102万5,700円とする決定処分を行うとともに、無申告加算税2万2,500円、重加算税2,034万4,000円の賦課決定処分をしました。原告はこれを不服として、国税不服審判所への審査請求を経たうえで、決定処分等の取消しを求めて出訴しました。
本判決は、次の各争点を判断し、原告の請求をいずれも棄却しました。
本件利益が所得税法36条1項の「収入すべき金額」に該当するか(争点1-1) ICOで取得したLST・MTNに係る収益が平成29年分の収入すべき金額に当たるか(争点1-2) 本件利益の帰属先(争点2) 無申告加算税の免除事由である「正当な理由」の有無(争点3) 重加算税の賦課要件である隠蔽・仮装の有無(争点4) 調査手続の違法の有無(争点5) 本件通知書(決定処分・賦課決定処分の通知書)の理由附記の不備の有無(争点6) Q1 暗号資産を交換しただけなのに、なぜ「収入」として課税されるのですか?(争点1-1)
裁判所は、まず所得税法36条1項の解釈として、次のとおり判示しました。
「所得税法36条1項が……『その年において収入すべき金額』とする旨規定していることからすると、同法は、収入の原因たる権利が確定的に発生したときは、現実の収入がなくても、その発生の時に所得の実現があったものとして、当該確定的な権利発生の時の属する年分の各種所得の金額の計算上収入金額とし又は総収入金額に算入すべきものとする、いわゆる権利確定主義 を採用しているものと解される」 また、同項は金銭以外の物や権利その他の経済的な利益であっても収入すべき金額となるとし、同条2項はその額をいわゆる時価とする旨を定めています。そのうえで裁判所は、次のように判示しました。
「資産を譲渡することによって反対給付を取得する場合には、それがどのような態様であったとしても、その譲渡した資産に蓄積し内在していた値上がりによる増加益が具体化したとみられる限り 、総収入金額に算入されることになるものというべきである」 そのうえで、暗号資産の交換とICOへのあてはめについて、次のように判示しています。
「暗号資産を市場において交換することによって他の資産を取得する場合、交換当時において等価値であるものを取得した ものといえる」 「ICOにより発行されたトークンの取引においては、通常、発行者と不特定多数の購入者との間において、新規発行されたトークンの発行価額により取引が成立するものと解されるから、発行価額をもってその市場価格 であるということができる」 「これらの取引によって、原告は、譲渡した暗号資産に係る増加益を具体化したものといえるから、暗号資産の交換による利益(本件利益)は、所得税法36条1項の『収入すべき金額』に当たる というべきである」 原告は、①実際に利得が納税者のコントロール下に入ったか否かという管理支配基準で判断すべきである、②暗号資産を交換しただけでは担税力が増加したとはいえない、③LST・MTNについては経済的価値の流入を否定する特段の事情がある、と主張しました。これに対し裁判所は、①管理支配基準を採用したとしても新たな資産が原告の管理支配下に入ったといえること、②暗号資産には一般に市場が存在して法定通貨に換金でき、暗号資産移転請求権を対象とする強制執行も可能であるから担税力の増加がないという主張はその前提を欠くこと、③については次のとおり判示して、いずれも退けました。
「暗号資産について十分な法規制が整備されていなかった時期があり、上場に至らなかったり、上場した後にほぼ無価値となったりしたものがあるといった事実が認められるとしても、一度経済的価値が流入し、譲渡した資産に蓄積し内在していた値上がりによる増加益が具体化したものとして所得税法上の収入に該当するものとされた以上、その後の事情によって経済的価値の流入を遡及的に否定することは相当でない 」 暗号資産を交換した時点で新たな資産を取得している以上、その後の値下がりを理由に、収入への該当性が遡って否定されることはありません。
この判示は、国税庁が従前FAQ「仮想通貨に関する所得の計算方法等について(情報)」(平成29年12月1日)で示していた見解に沿うものです。
Q2 ICOで新規トークンを取得した時点で、なぜその年の収入とされたのですか?(争点1-2)
原告は、平成29年12月にLST・MTNを取得するためにビットコイン・イーサを事業者に送信しましたが、その年のうちにトークンそのものの交付は受けておらず、実際の配布は翌年になってからでした。このため、送信した時点ではまだ収益は発生していない、という主張がされています。
これに対し裁判所は、次のとおり判示しました。
「原告は、本件取引において、平成29年中に、LST及びMTNを取得するためにその保有するBTC及びETHを送信しており……上記送信の時点で、原告が取得するLST又はMTNの取引量が確定したものと認められる。そして、この時点で原告が取得することになるLST及びMTNの価額は、原告が提供したBTC及びETHの価額に相当するものというべきであって、原告は、現実にLST及びMTNを取得するに至っていなくても、LST及びMTNの対価相当額の所得の実現が確定した ものというべきである」 「権利証に相当するものは権利が確定的に発生するための要件ということはできない 」 送信によってトークンの取得数量が確定した以上、現実の交付を待たずにその年の収入すべき金額に当たる 、という判断です。
Q3 利益は原告本人に帰属すると判断されたのはなぜですか?(争点2)
原告は、暗号資産取引の一部について、原告の母(原告母)と協議しながら意思決定を行っていたとして、取引主体は原告ではなく原告親子であると主張しました。裁判所は、実質所得者課税の原則(所得税法12条)について、次のとおり判示しています。
「所得税法12条は、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして同法を適用する旨規定し、実質所得者課税の原則 を採用している」 そのうえで、本件取引における関与の度合い、用いられた名義、暗号資産の保管状況、購入費用の負担、利益の配分、帰属についての認識・意向などを総合考慮し、次のように結論づけました。
「原告は、自らの判断で、自らの名義で暗号資産取引を行い、自らのウォレットで取得した暗号資産を管理し、本件取引による利益は自らに帰属するものであるとの認識及び意向を有していたのであるから、本件利益は原告に帰属するものと推認することができる。……したがって、本件取引から生ずる収益は、実質的に原告に帰属するもの というべきである」 原告母が取得資金の一部を提供していたことは認めつつも、これは単なる資金提供にとどまるとして、自らの判断・名義で取引を行い、利益は自らに帰属すると認識していた事実が、帰属の判断を決定づけました。
本判決とは別の事案ですが、暗号資産取引の実質的な帰属が争われた例として、国税不服審判所令和5年2月17日裁決を紹介した記事「
暗号資産の売買益(仮想通貨の売買益)は誰に帰属するかが争われた事例 」もあわせてご覧ください。なお、本判決自身も、原告が国税不服審判所に対して審査請求を行い、令和4年3月23日付けで棄却の裁決を受けたのちに提訴されたものであり、上記令和5年2月17日裁決とは別件です。
Q4 申告しなかったことに「正当な理由」は認められなかったのですか?(争点3)
国税通則法66条1項は、申告期限までに申告しなかったことについて「正当な理由があると認められる場合」には、無申告加算税を賦課しない旨を定めています。原告は、平成29年当時、暗号資産の交換が課税対象になることが十分に周知されていなかったこと、税務署職員からも換金しなければ課税対象にならないと説明を受けたことなどを理由に、申告しなかったことについてこの「正当な理由」があると主張しました。裁判所は、正当な理由の意義について、次のとおり判示しています。
「通則法66条1項ただし書にいう『正当な理由があると認められる』場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情 があり、無申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に無申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である」 そのうえで、平成29年12月1日には国税庁のFAQ(平成29年FAQ)がウェブサイトに掲載され、遅くとも同月21日までにはリンクも掲載されて調査可能な状態にあったこと、原告自身も同年12月に暗号資産同士の交換が課税対象となることを認識していたことなどから、次のように判断しました。
「原告が期限内に申告書を提出しなかったことについて正当な理由があるとは考えられない ものというべきである」 税務署職員から換金しなければ課税対象にならないと説明を受けたとの主張についても、正当な理由の有無は申告期限を基準に判断すべきところ、その説明を理由に申告しなかったわけではないとして、退けられています。国税庁のFAQが申告期限前に周知されていた以上、認識の欠如を理由に正当な理由は認められません。
Q5 なぜ重加算税の対象となる「隠蔽・仮装」が認定されたのですか?(争点4)
原告は、「節税スキーム」を提供する会社(H社)に本件利益相当額を伝え、H社から一時的に提供された同額の現金を自己名義の口座に入金したうえで、同額をH社に送金し、これをコンサルティング料金の支払として扱っていました。裁判所は、重加算税の賦課要件について、次のとおり判示しています。
「重加算税を課するためには、納税者のした無申告そのものが隠蔽、仮装に当たるというだけでは足りず、無申告そのものとは別に、隠蔽、仮装と評価すべき行為 が存在し、これに合わせた無申告がされたことを要するものである」 そのうえで、H社との現金授受の経緯、契約日をH社の設立日より前の日付とした業務委託契約書の作成、知人に対して利益額をコンサルタントフィーとして経費化する旨を伝えていたことなどから、次のように判断しました。
「原告は、暗号資産の交換による利益について、H社に対し、実際にはコンサルタント業務を依頼していないのに、それがあるように装って、コンサルティング料金の支払という事実の仮装に及んだもの と認めることができる」 実際には依頼していない業務があるように装って送金した行為が、重加算税の対象となる隠蔽・仮装と評価されました。
Q6 税務調査の手続に問題はなかったのですか?(争点5)
原告は、税務調査を担当した関東信越国税局の職員(判決文ではJ・Kと表記されています。Jは当時同局課税第一部資料調査第一課の主査、Kは同課の総括主査です)から脅しや利益誘導を受けたこと、質問応答記録書を閲読させずに署名させられたことなどを理由に、調査手続に重大な違法があると主張しました。裁判所は、調査手続の違法が処分の取消事由となる場合について、次のとおり判示しています。
「税務調査の手続は、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法 を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り、その処分に取消原因があるものと解するのが相当である」 そのうえで、担当職員の発言は不動産差押えの可能性等を伝える一般的な説明にとどまること、原告及び原告母が質問応答記録書を閲読したうえで署名押印していることなどから、次のように結論づけました。
「原告が主張するようなJやKによる脅しや利益誘導が税務調査中にあったとは認められない 」 社会通念上相当の限度を超えるような重大な違法は認められず、本件各処分は適正な調査に基づくものと判断されました。
Q7 決定処分の通知書の理由の書き方に不備はなかったのですか?(争点6)
原告は無申告であったため、処分行政庁は、修正すべき申告書を前提とする「更正処分」ではなく、税額等を新たに確定させる「決定処分」を行い、無申告加算税・重加算税の賦課決定処分とあわせて、その内容を記載した通知書(本件通知書)を原告に送付しています。原告は、この本件通知書について、収入金額・取得原価・譲渡費用の算出根拠が具体的に示されていないこと、隠蔽・仮装と評価した理由や無申告との因果関係が示されていないことなどを理由に、理由附記に不備があると主張しました。裁判所は、必要とされる理由の程度について、次のとおり判示しています。
「不利益処分をする場合に示すべき理由の内容及び程度は、当該処分の根拠法令の規定内容、当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮して決すべき である」 そのうえで、損益計算に用いた本件ツールへの言及や所得額計算に用いられた数値の記載があること、隠蔽・仮装と評価すべき具体的な事実(H社への送金の経緯等)が記載されていることなどから、次のように結論づけました。
「原告において、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して本件各処分がされたかをその記載自体から了知することができた ものというべきである」 損益計算に用いたツールへの言及や隠蔽・仮装の具体的事実の記載がある以上、理由附記に不備はないと判断されました。
まとめ 東京地判令和7年6月3日は、暗号資産同士の交換とICOによる利益がいずれも所得税法36条1項の「収入すべき金額」に該当すること、そしてICOについては暗号資産を送信した時点で収入が確定することを明らかにしました。法定通貨への交換や暗号資産による決済をしていなくても課税対象になるという結論は、国税庁の従前FAQに沿うものであり、実務上とくに目新しいものではありません。もっとも、収入計上の理由づけを判決文の形で示した点、そしてICOで取得したトークンの発行価額をもって市場価格とみなし、送信時点で収入を確定させた点は、今後の同種事案を検討するうえで参照される可能性があります。
ICOで投資家が取得する権利は個別の契約関係によって内容が異なりうるため、本判決が専ら暗号資産の送信という事実行為の完了をもって所得の実現を導いた点には、なお検討の余地が残ります。また、本件では、無申告加算税に代わる重加算税の賦課、税務調査手続、理由附記の各争点についても課税庁側の主張が認められており、暗号資産取引に係る節税スキームの利用や税務調査への対応のあり方を考えるうえでも参考になる事例です。
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清文社/2026年8月14日発行/A5判292頁
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