米国IRSの行政データ1,740万人分の分析により、暗号資産の売却益を申告しているのは保有者全体の32〜56%にとどまることが判明しました。申告者は若年・低所得・税理士未利用の傾向があります。IRSのForm 1040チェックボックス政策は申告率向上に一定の効果がありましたが、申告ギャップは依然として大きく、日本でもCARF導入後の課題を示唆しています。
暗号資産(仮想通貨)を売却して利益が出たとき、きちんと確定申告している人はどれくらいいるのでしょうか。
2026年3月に公表された米国の学術論文(Hoopes, Menzer & Wilde, 2026)は、IRS(米国歳入庁)の行政データ約1,740万人分を分析し、暗号資産の売却益を申告している人が保有者全体の32〜56%にとどまるという結果を示しました。
この「申告ギャップ」は日本にとっても他人事ではありません。
本記事では、この論文の主要な知見を紹介し、日本の確定申告制度への示唆を考えます。
出典:Hoopes, J. L., Menzer, T. S., & Wilde, J. H. (2026). Who reports cryptocurrency to the IRS? Review of Accounting Studies, 31, 453–488.
https://doi.org/10.1007/s11142-025-09932-1
この研究では、米国成人の暗号資産保有率を外部調査と照合しています。
| 調査元 | 保有率 | 推計保有者数 |
|---|---|---|
| 連邦準備制度理事会(FRB)調査 | 12% | 約3,100万人 |
| Pew Research Center | 16% | 約4,130万人 |
| YouGov調査 | 21% | 約5,430万人 |
一方、IRSの税務データで暗号資産を何らかの形で報告した人は約1,740万人(全納税者の約6.5%)にとどまります。
外部調査の保有者数と比較すると、IRSで捕捉できているのは全体の32〜56%程度と推計されます。半数近くの保有者の取引が税務当局に報告されていない可能性があります。
米国の税制は「実現主義」を採用しており、暗号資産を保有しているだけでは申告義務は生じません。売却や交換など課税対象となる取引(実現事象)があって初めて報告義務が発生します。したがって、保有しているが売却していない人は、この「ギャップ」には含まれません。
この論文の興味深い点は、暗号資産を申告した人の属性を、株式のみを売却した投資家と比較していることです。
| 項目 | 暗号資産投資家 | 株式のみの投資家 |
|---|---|---|
| 平均年齢 | 36歳 | 57歳 |
| 課税所得(中央値) | 約38,000ドル | 約67,000ドル |
| 学生比率 | 16.6% | 3.3% |
| 項目別控除の利用 | 12.0% | 41.3% |
| 有償申告代理人の利用 | 41.6% | 68.3% |
筆者はこれを「金融的洗練度(Financial Sophistication)が低い」傾向と表現しています。ただし、これはあくまで「申告した人」の中での傾向です。
さらに、この傾向は時間とともに強まっています。
2013年時点での暗号資産申告者の平均年齢は45.2歳、平均課税所得は約296,000ドルでしたが、2021年には平均年齢34.1歳、平均課税所得は約94,000ドルにまで下がっています。
2017年以前は、暗号資産を申告した投資家のほうが株式投資家よりも高所得でした。暗号資産が広く普及するにつれて、投資家層が大きく変化したことがわかります。
FRB調査の所得階層別保有率とIRSの報告率を比較すると、以下のようになります。
| 所得層 | FRB調査(保有率) | IRS報告率 | 捕捉率 |
|---|---|---|---|
| 25,000ドル未満 | 10% | 5.0% | 50% |
| 25,000〜49,999ドル | 10% | 7.0% | 70% |
| 50,000〜99,999ドル | 11% | 7.9% | 72% |
| 100,000ドル以上 | 16% | 9.9% | 62% |
低所得層については、そもそも確定申告義務がない場合もあるため、必ずしも「脱税」を意味しません。一方で高所得層の低い捕捉率について、論文ではDeFi(分散型金融)などを利用した意図的な申告回避の可能性も指摘されています(De Simone et al. 2024参照)。
所得25,000〜99,999ドルの層では、捕捉率が70〜72%に達しています。給与所得があり、確定申告に慣れている層が、暗号資産の利益もあわせて報告している可能性があります。
2019年、IRSは確定申告書に「仮想通貨に関する質問」を新設しました。
2020年からは、この質問がForm 1040(日本でいう確定申告書A・Bに相当)の冒頭に移動され、個人情報の入力直後に回答を求められるようになりました。
研究では、チェックボックス導入前後で差の差分析(Difference-in-Differences)を行い、税理士なしの自力申告者において報告が増えたことを確認しています。
この結果は何を示唆しているのでしょうか。
チェックボックスという「小さな介入」で報告が増えたということは、意図的に隠していたのではなく、そもそも暗号資産の売却益に申告義務があることを認識していなかった納税者が一定数いたことを示唆しています。
確定申告書の設問設計を工夫することで納税者の行動変容を促す手法は、「スマート・リターン(Smart Return)」と呼ばれ、税務行政の分野で注目されています(Bankman et al. 2015)。
米国では、資産を1年超保有してから売却すると、長期譲渡所得として低い税率が適用されます。
最高税率の納税者の場合、短期売却では40.8%課税されるのに対し、長期保有後なら23.8%と、約40%の税負担軽減になります。
したがって、合理的な投資家であれば「あと少し待てば長期譲渡所得になる」というタイミングでは売却を先延ばしにするはずです。
株式投資家(暗号資産を持たない投資家も、暗号資産投資家が保有する株式も)では、52週目(1年超)に売却が集中する「バンチング」が明確に観察されます。しかし、暗号資産の売却については、この傾向がはるかに弱いことが確認されました。
ただし、論文はこの結果を「暗号資産投資家が無知である」とだけ解釈しているわけではありません。
暗号資産には株式と異なる取引慣行があること、たとえば1月1日購入・12月31日売却のパターンが多いことなども指摘されています。
▼ ミーム株との関連性
暗号資産投資家のポートフォリオを調べると、いわゆる「ミーム株」(GameStopやAMCなど、SNSの盛り上がりで価格が急騰した銘柄)の保有比率が、他の投資家よりも有意に高いことが確認されました。
株式投資家と比較して、暗号資産投資家のポートフォリオに占めるミーム株の割合は2.5〜5.8ポイント高くなっています。暗号資産とミーム株に共通する投機的な取引パターンが存在する可能性が示唆されています。
日本でも同様の申告ギャップは推察されますが、正確な数値を出すには2つの壁があります。
▼ 第1の壁:納税義務者の特定が難しい
ごく一部の暗号資産を除き、IPアドレスで利用者の居住地を追跡するのは困難です。
国内・海外のKYC(本人確認)付き取引所と接触しないウォレットや、海外取引所のアカウントを日本の納税義務者と推定するのも容易ではありません。
▼ 第2の壁:損益計算の推計が困難
日本では、国内取引所から税務署に自動的に取引履歴が送付されるわけではありません。
加えて、ブロックチェーン上の履歴の分析にはハードルがありますし、すでに閉鎖した取引所など、履歴の入手自体が難しいケースもあります。
日本には、給与所得者で暗号資産の利益が20万円以下の場合に確定申告が不要となる制度があります。暗号資産を保有・取引していても、この基準を下回れば申告義務はありません。
▼ 日本版「暗号資産チェックボックス」の提案
米国のチェックボックス導入で申告が増えたことを踏まえれば、日本でも確定申告の際に「暗号資産を保有しているか」「取引があるか」を一問一答形式で確認する仕組みを検討すべきです。
現在、国税庁のホームページから確定申告をする場合、「申告する所得の選択等」のところに以下のような記載があります。
「雑(業務・その他)※:原稿料、講演料、シルバー人材センターやシェアリング・エコノミーなどの副収入による所得、生命保険等の個人年金や暗号資産取引などの他の所得に当てはまらない所得が該当します。」
しかし、これはあくまで「申告する所得の選択」にすぎず、目立ちません。
申告漏れリスクの高い重要な種類の取引・所得について、一問一答形式で確認する設計・様式にすれば、もともと確定申告をして納税する方や還付申告をする方は、暗号資産の取引も適正に申告するのではないでしょうか。
米国は原則として全員が確定申告をする制度ですが、日本はそうではありません。確定申告書の設計改善だけでは、そもそも申告をしない人には届きません。この層にどう働きかけるかが、日本固有の課題として残ります。
・米国IRSのデータでは、暗号資産の売却を報告しているのは保有者全体の32〜56%にとどまる
・申告している暗号資産投資家は、株式投資家に比べて若く、所得が低く、税理士の利用も少ない傾向がある
・確定申告書に「暗号資産チェックボックス」を追加しただけで、自力申告者の報告が約16%増加した
・日本でも申告ギャップは推察されるが、全員申告制ではないため、米国とは異なるアプローチも必要である
・低コストで実行可能な施策として、確定申告書の設計改善(一問一答形式の導入)は検討に値する
出典
Hoopes, J. L., Menzer, T. S., & Wilde, J. H. (2026). Who reports cryptocurrency to the IRS? Review of Accounting Studies, 31, 453–488.
https://doi.org/10.1007/s11142-025-09932-1
本論文は、IRSの機密性の高い行政データを用いた実証研究であり、2013年から2021年の全米の確定申告データ(2億2,100万人以上の納税者)を分析しています。筆者の一人であるTyler S. Menzerは、IRS内の共同統計研究プログラム(JSRP)を通じてデータにアクセスしています。
