被相続人が暗号資産を保有していたことは、相続人も承知している。ウォレットに多額の暗号資産があることも把握できた。しかし、秘密鍵が見つからない。

このとき、相続税はどうなるのでしょうか。

結論から申し上げると、原則として、その暗号資産を相続財産に含めて相続税を計算しなければなりません。国会でも、相続人が被相続人の設定したパスワードを知らない場合であっても課税対象になる、という趣旨の答弁がされています。

しかし、多くの方が納得しにくさを覚えるのではないでしょうか。一円も動かせない財産に、その時価に応じた税を負担することになるからです。しかも、暗号資産による物納は認められていません

この居心地の悪さは、単なる実務上の不便ではありません。法的な構造の問題です。

スペインの国際私法研究者であるSantaolalla氏は、デジタル資産の相続について、「誰が権利を承継するか」と「誰が実際に支配を行使できるか」は別個の法律問題であり、両者を混同することが問題の大半を生んでいると論じています。この切り分けを持ち込むと、日本の相続税が抱える問題の輪郭がはっきりします。

この記事では、日本の取扱いを確認したうえで、その枠組みから何が見えるのかを整理します。

Q1秘密鍵がわからない場合、相続税はどうなりますか
A1

原則として、その暗号資産を相続財産に含めて相続税を計算しなければなりません。

相続税の課税価格は、取得した財産の価額によって構成されます。この場合の財産の価額は、その取得の時における時価、すなわち客観的交換価値です(相続税法11条、11条の2、21条、21条の2、22条)。市場を通じて不特定多数の当事者間の自由な取引により市場価格が形成されている場合には、これを時価としてよいと考えられます。

活発な市場がある暗号資産であれば、相続時の時価評価は容易です。問題は、秘密鍵を知らない場合、そのウォレットで管理されていた暗号資産を売却・換金できないことにあります。

この点について、平成30年3月23日の参議院財政金融委員会において、国税庁次長が答弁を行っています。要旨は次のとおりです。

まず、相続税法上、個人が金銭に見積もることができる経済的価値のある財産を相続または遺贈により取得した場合には相続税の課税対象となるところ、暗号資産(当時の呼称は仮想通貨)は資金決済法上、代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができる財産的価値と規定されているため、相続税が課税される。

そのうえでパスワードとの関係について、一般論として、相続人が被相続人の設定したパスワードを知らない場合であっても、相続人は被相続人が保有していた暗号資産を承継することになるため、その暗号資産は相続税の課税対象となる、という解釈が示されました。

この答弁からすれば、実際に秘密鍵やウォレットのパスワードを把握できず、相続財産である暗号資産を処分できないとしても、これを含めて相続税の申告を行う必要がある、ということになります。

Q2課税庁は、なぜ秘密鍵を知らなくても課税されると考えているのですか
A2

答弁の論拠は、二段構えになっています。ここを分けて理解しておくことが重要です。

第一の論拠は、承継が生じているということです。 相続人がパスワードを知っているかどうかにかかわらず、相続人は被相続人が保有していた暗号資産を承継します。秘密鍵は、その権利を事実上行使するための手段であって、権利そのものではありません。したがって、秘密鍵を知らないことは、権利を承継していないことを意味しない、という理屈です。

第二の論拠は、執行上の困難と課税の公平です。 答弁では、暗号資産に関連するビジネスがまだ初期段階にあり制度整備も途上であるという前置きのうえで、パスワードを把握しているかどうかは当事者にしかわからない、いわば主観の問題であり、課税当局として真偽を判定することは困難である、と述べられています。そのため、相続人からパスワードを知らないという主張があった場合でも課税対象財産に該当しないと解することは、課税の公平の観点から問題があり適当ではない、という結論が導かれています。

この二つは、性質の異なる論拠です。

第一の論拠は、相続税法の解釈として、承継の有無を基準に置くものです。第二の論拠は、そう解さなければ課税を免れるための虚偽の主張を招き、公平が損なわれるという、執行上の要請に基づくものです。

そして答弁は、あくまで「一般論として」と述べています。ここから、個別の事例によっては相続税が課されないこともありうるのか、という疑問も生じます。

Q3相続した暗号資産の評価はどのように行いますか
A3

暗号資産の評価方法については、財産評価基本通達に定めがありません。そのため、評価通達5(評価方法の定めのない財産の評価)に基づき、評価通達に定める評価方法に準じて評価することとされています。

活発な市場が存在する暗号資産については、活発な取引が行われることによって一定の相場が成立し、客観的な交換価値が明らかとなっていることから、外国通貨に準じて、相続人等の納税義務者が取引を行っている暗号資産交換業者が公表する課税時期における取引価格によって評価します。

ここでいう活発な市場とは、暗号資産取引所または販売所において十分な数量および頻度で取引が行われており、継続的に価格情報が提供されている場合の市場をいいます。

実務上、次の点も押さえておくとよいでしょう。

  • 「交換業者が公表する課税時期における取引価格」には、交換業者が納税義務者の求めに応じて提供する残高証明書に記載された取引価格が含まれます
  • 販売所において購入価格と売却価格がそれぞれ公表されている場合には、売却価格で評価して差し支えないとされています
  • 複数の交換業者で取引を行っている場合には、納税義務者が選択した交換業者が公表する価格によって評価して差し支えないとされています

活発な市場が存在しない暗号資産の場合には、客観的な交換価値を示す一定の相場が成立していないため、その暗号資産の内容や性質、取引実態等を勘案して個別に評価します。売買実例価額や精通者意見価格等を参酌する方法などが考えられます。

なお、業界団体からは、上場株式と同様に、相続日の最終価格のほか、相続日の属する月以前3か月間の平均額のうち最も低い額を選択できるようにすべきという要望が出されていますが、令和8年度税制改正では実現していません。この点は、今後の通達改正の動向を注視する必要があります。

Q4相続税を暗号資産で納めることはできますか
A4

できません。

国税の納付は金銭によることが原則です(国税通則法34条1項)。相続税に限っては、金銭による納付が困難な場合に、一定の相続財産による物納が認められています。しかし、物納に充てることのできる財産は、国内にある不動産・国債・地方債・株式・社債・動産など、法律に定められた種類の財産に限られており、暗号資産はそこに含まれていません(相続税法41条)。したがって、暗号資産による物納はできません。

そもそも物納の対象として定められていない以上、秘密鍵がわかるかどうかにかかわらず、暗号資産で納めることはできません。仮に物納が認められる種類の財産であったとしても、秘密鍵がわからず換価も引渡しもできない財産は、管理処分に適さない財産として物納には適さないと考えられます。いずれにしても、相続税は金銭で納めることになります。

なお、暗号資産による納税に関する質問主意書(2019年11月26日)に対する政府の答弁書では、暗号資産による物納は認められていないものの、暗号資産は現行法上、差押えを禁じられた財産には該当しないことが説明されています。差し押さえることはできるが、納税者の側から物納することはできない、という非対称な構造になっています。

Q5相続税額を取得費に加算できますか
A5

相続により取得した財産を一定期間内に譲渡した場合には、その財産に係る相続税額の一部を取得費に加算できる特例があります(措置法39条。相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)。相続税と所得税の二重の負担を調整するための制度です。

暗号資産についても、譲渡所得に区分される場合には、この特例の適用があります

適用の可否は所得区分で決まる

ここは正確に理解しておく必要があります。措置法39条は所得税法33条3項の譲渡所得の取得費に関する特例です。したがって、その適用の可否は、その譲渡が譲渡所得に区分されるかどうかによって決まります。

令和8年度税制改正により、暗号資産は譲渡所得の基因となる資産になりうることとなりました。その結果、暗号資産はこの特例の適用要件の一つを満たすことになります。

注意すべきは、分離課税か総合課税かという区別は、この特例の適用と関係がないということです。分離課税の対象となる譲渡であっても、譲渡所得に区分される以上、適用があります。分離課税と総合課税で大きく異なるのは、税率と損失の取扱いです。

また、適用の可否は譲渡した相続人等の側で判定します。被相続人がその暗号資産を事業所得の基因となる資産として保有していたことは、適用を排除する事由とはされていません。

雑所得に区分される場合は適用がない

一方、雑所得に区分される場合には、この特例の適用はありません。分離課税の対象は、暗号資産取引業を行う者に対する特定暗号資産の譲渡等に限られるため、分散型取引所や海外の取引所を通じた譲渡などは、引き続き雑所得に区分される可能性があります。

なぜ雑所得だと使えないのか。この点については、Q1でも触れた平成30年3月23日の参議院財政金融委員会において、財務省主税局長が答弁しています。要旨は次のとおりです。

土地や株式の譲渡による所得は原則として譲渡所得に区分されるが、暗号資産の譲渡による所得は原則として雑所得に区分されるものであって、性質が異なる。また、雑所得は他のいずれの所得にも該当しない所得であり、様々な内容の所得が含まれうるため、どういった考え方に基づいて雑所得の計算上相続税額を控除するのか、筋道立った整理がなかなか難しいという課題がある。

つまり、この特例が譲渡所得の特例であることには理由があり、その理由は改正後も、雑所得に区分される譲渡については変わらないということです。同じ暗号資産を相続しても、どの経路で譲渡するかによって、取得費加算の可否が分かれることになります。

なお、譲渡所得に区分される場合であっても、限定承認をしたときや、代償分割によって他の共同相続人から取得したときなど、この特例の適用がない場面があります。個別の事情によって結論が変わりますので、実際の適用にあたっては専門家に確認することをおすすめします。

適用時期に関する留意点

暗号資産の譲渡が譲渡所得等として分離課税の対象になるのは、暗号資産規制を金融商品取引法へ移管する改正法の施行日の属する年の翌年1月1日以後の、暗号資産取引業を行う者に対する特定暗号資産の譲渡等からです。それより前の譲渡は、原則として雑所得に区分されることになります。

他方、取得費加算の特例は、相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの譲渡について適用されます。

この二つを重ねると、相続の時期と譲渡の時期の組合せによっては、同じ相続財産であっても、いつ・どの相手方に譲渡するかによって、譲渡所得に区分されるか雑所得に区分されるかが分かれ、その結果として取得費加算の可否も分かれる場面が生じうることになります。個別の事案では、譲渡の時期と相手方の双方について、慎重な検討が必要です。

取得費加算(措置法39条)の可否

場面措置法39条の適用
相続した暗号資産の譲渡が譲渡所得に区分される場合あり
相続した暗号資産の譲渡が雑所得に区分される場合なし
贈与により取得した暗号資産なし

※どの譲渡が譲渡所得に区分されるか(分離課税の対象となるか)は、譲渡の相手方が暗号資産取引業を行う者か、その暗号資産が特定暗号資産かといった要件によって決まり、取引所の種類だけで一律に決まるものではありません。また、譲渡所得に区分される場合であっても、限定承認や代償分割の場合など、適用がない場面があります。

Q6秘密鍵がわからないのに課税されることに、法的な問題はないのですか
A6

ここまでを整理すると、秘密鍵がわからない暗号資産については、次の状態が生じうることになります。時価に応じた相続税が課され、その暗号資産では納付できず、そもそも譲渡できない以上、取得費加算による調整を受ける機会も訪れません。

相続税は、相続または遺贈により財産を「取得」した場合に納税義務が生じます。また、相続税の課税価格は、相続または遺贈により「取得」した財産の価額の合計額です(相続税法1条の3、11条の2)。

そうすると、次の主張が考えられます。暗号資産自体は相続財産であるとしても、実際に秘密鍵がわからず、管理も処分もできない以上、これを「取得」していないのではないか。

ハードルは高いと言わざるを得ません。Q2で見たとおり、課税庁の解釈は承継の有無を基準に置いており、執行上の要請もこれを支えています。しかし、条文が「取得」という語を用いている以上、争う余地はあるように思われます。

そして、この主張には理論的な裏づけを与えることができます

冒頭に触れたSantaolalla氏の議論は、まさにここに関わります。同氏は、デジタル資産の相続には三つの異なる問いが含まれていると整理します。第一に、誰が被相続人の権利を承継するのか。第二に、承継が生じた後、誰が法的に承認された権限をその資産に対して行使できるのか。第三に、被相続人は何を望んだのか。そのうえで、相続法が答えているのは第一の問いだけであり、第二の問いには断片的にしか答えていないと指摘します。

第二の問いに答えるための概念として提示されるのが、「死後の支配(post-mortem control)」です。これは、資産にアクセスする力、保全する力、管理する力、処分する力を指します。相続法はこれらの権利があることを認めますが、誰が実際にそれを行使できるかは決めていないというのが同氏の指摘です。

そして同氏は、この区別が、大陸法が古くから持っていた ius ad rem(物に対する権原)と ius in re(物に対する支配) の区別に対応するものだと述べます(Santaolalla, p. 13)。相続法は前者を与えますが、後者を保証しません。

ここで念のため申し添えると、Santaolalla氏の議論はデジタル資産の相続一般を扱うものであって、日本の相続税を論じたものではありません。以下は、その枠組みを日本の相続税に当てはめてみた場合の整理であり、筆者の見方です。

この整理を借りれば、日本の相続税をめぐる問題は、次のように言い換えられます。承継(ius ad rem)は生じているが、相続人が現実に手にしていない死後の支配(ius in re)は生じていない。その乖離した状態で、承継のみを捉えて課税している、と。

そうすると、「取得」していないという主張は、この乖離を、相続税法1条の3および11条の2の「取得」という文言に読み込もうとするものだと位置づけることができます。承継(ius ad rem)があれば「取得」があるのか、それとも「取得」というためには支配(ius in re)まで必要なのか。条文の解釈問題として、正面から立てることができる論点だということです。

もとより、これは容易な主張ではありません。課税の公平と執行可能性という論拠は重く、これを乗り越えるには、当該事案において秘密鍵が現実に失われていることを客観的に示す必要があるでしょう。実務において、この主張がそのまま認められると期待するのは現実的ではありません。ここで述べているのは、「争えば通る」という実務的な見通しではなく、相続税法の「取得」という文言に関して、こうした解釈上の論点を立てることができる、という学問的な問題提起です。

そのうえで確認しておきたいのは、現在の取扱いが不当だということではありません。承継と支配が構造的に乖離しうる資産が登場したことによって、相続税が暗黙に置いてきた前提が問い直されている、ということです。

承継と死後の支配

承継(ius ad rem)死後の支配(ius in re)
問い誰が権利を承継するか誰が実際に行使できるか
生じる時点相続開始の時(法律上当然)現実にアクセスできた時
決まり方相続法(法定相続・遺言)技術(秘密鍵)、契約(利用規約)、規制(カストディ規制)
日本の相続税これを捉えて課税課税上は考慮されない
争点「取得」(相法1の3、11の2)といえるか
Q7諸外国では、どのような問題が起きていますか
A7

この「承継と支配の乖離」が最も鮮明に現れたのが、ドイツのフェイスブック事件(BGH III ZR 183/17)です(Santaolalla, pp. 10–11)。

亡くなった娘のフェイスブックアカウントへのアクセスを両親が求めた事件で、ドイツ連邦通常裁判所は2018年7月12日、利用契約上の地位はドイツ民法1922条1項の包括承継により相続人に移転すると判断しました。死者の個人データにはGDPRが適用されない(前文27項)ため、これも障害にならないとされています。

注目すべきは、相続そのものは死亡によって法律上当然に生じていたにもかかわらず、プラットフォームがアクセスを認めるかどうかをめぐって争いが続き、決着までに相当の年月を要したことです。Santaolalla氏は、これを制度の勝利ではなく構造的な失敗として読みます。相続法は権利の移転を生じさせましたが、その権利を私的な仲介者に対して実現するための道具を、相続制度は用意していなかった。承継は直ちに生じたのに、支配は容易に及ばなかったわけです。

同種の問題は、各国で繰り返し現れています。米国では、遺産管理人が故人のメールの内容を取得することを認めた判断(Ajemian v. Yahoo!, 478 Mass. 169 (2017))がある一方、2015年の統一法(RUFADAA)がほぼ全州で採用され(Santaolalla, p. 9)、相続権が自動的にアクセス権を与えるわけではないという認識が制度化されています。英国では、暗号資産のような資産が財産権の客体となりうることを2025年の法律(Property (Digital Assets etc) Act 2025)が制定法として確認しましたが、財産として承認されても、死後に誰がアクセスできるのかという問題は解決していません(Santaolalla, pp. 8–9)。そして、いかなる裁判所の命令によっても、失われた秘密鍵そのものを復元することはできません(Santaolalla, p. 11)。

日本にとっても示唆的です。暗号資産の法的性質をどう構成するかという議論は、それ自体として意義がありますが、性質決定が済んでも、相続人が現実に資産を扱えるようになるわけではありません

Q8被相続人が取引所を使っていた場合はどうなりますか
A8

被相続人が暗号資産交換業者を利用して暗号資産を保有していた場合には、事情が異なります。この場合、秘密鍵は交換業者が管理しており、相続人は交換業者に対して手続を行うことになります。

各業者が定める手続を確認したうえで、残高証明書等を活用して相続税の申告手続を進めることが有効です。国税庁も、残高証明書等を活用した暗号資産残高に係る相続税申告手続について案内を示しています。ここでいう残高証明書等には、被相続人の生前の取引履歴に関する取引明細書も含まれます。

ただし、次の限界があります。

第一に、被相続人が管理していたすべてのアンホステッドウォレット(自己管理型のウォレット)を把握できるかという問題です。交換業者に照会すれば、その業者における残高は判明しますが、自己管理のウォレットは把握の手がかりが乏しくなります。

第二に、あるウォレットが被相続人に帰属すると断定できるかという問題です。ブロックチェーン上のアドレスは公開されていますが、それが誰のものかは、それ自体からはわかりません。

なお、海外の取引所を利用していた場合には、手続がさらに不透明になります。相続税法は、納税義務者の判定や課税財産の範囲を決定する際に財産の所在を問題とし、財産の種類ごとに所在を判定することとしています(相続税法10条)。しかし、ブロックチェーン上の暗号資産の所在をどう捉えるかは、それ自体が検討を要する問題です。

Santaolalla氏も、この点を国際私法上の中心的な難題として扱っています。ブロックチェーンはそのノードがあるところすべてに存在し、すなわちどこにでもあり、どこにもない(Santaolalla, p. 7)。技術によって資産を所在させようとする連結点は、恣意的な結果を生む、というのが同氏の指摘です。そこで同氏は、どの法律問題に答えようとしているのかを特定し、その問いにふさわしい連結点を選ぶという機能的なアプローチを提案します。相続人の確定には常居所を、規制されたカストディアンの義務にはその設立地と規制枠組みを、プラットフォーム契約上の権利行使にはその契約の準拠法を用いる。そして暗号学的な支配の行使については、法は連結点を提供できず、事前の準備を促すことしかできないと述べます(Santaolalla, p. 17)。

Q9生前にできる準備はありますか
A9

法が解決できない部分がある以上、事前の準備が決定的に重要になります。

Santaolalla氏の提案の中心は、死後支配証明書(Post-Mortem Control Certificate)という新しい証書です(Santaolalla, pp. 20–21)。EU相続規則が定める欧州相続証明書は「誰が承継したか」を証明しますが、「誰に対して、どのような権限を主張できるか」には答えていない。前者は裁判所や公証人に向けて設計されたもので、生存中の顧客を前提に内部手続を組み立てている私的な仲介者に対する請求として機能するようには作られていない、というのが同氏の診断です。

そこで、承継の証明とは別に、行使できる権限の範囲、対象となる資産の類型、そして故人が生前に残した指示を記載した証書を発行し、仲介者に対して一定期間内の応答(アクセスの付与か、書面による拒絶理由の提示か)を義務づけることを提案します。フランスが2016年のデジタル共和国法によって、個人が死後の個人データの取扱いについて拘束力ある指示を残せる仕組みを既に設けていることも、先例として挙げられています(Santaolalla, p. 15)。

日本において実務的に重要なのは、次の点だと考えられます。

第一に、どこに何を保有しているかの記録です。取引所の口座なのか、自己管理のウォレットなのか。相続人が資産の存在すら知らなければ、相続財産の把握そのものができません。逆に、存在は判明したが動かせないという状態は、Q1からQ6で見た問題を直撃します。

第二に、アクセスの手段を、安全性を確保したうえで承継可能な形にしておくことです。秘密鍵をそのまま書き残せば生前の盗難リスクが生じますし、まったく残さなければ死後に永久に失われます。このバランスをどう取るかは、資産の規模と保管方法によって異なります。

第三に、取引所を利用している場合には、その取引所の死亡時の手続を確認しておくことです。国内の交換業者であれば相続手続が整備されている場合が多いのに対し、海外の取引所では手続が不明確なことがあります。

なお、日本には、フランスのような死後のデータの取扱いに関する指示の制度も、Santaolalla氏が提案するような証書の制度もありません。当面は、遺言や、信頼できる者への情報の託し方といった既存の手段を工夫するほかないのが現状です。

この記事のまとめ

  • 秘密鍵がわからない場合でも、原則として暗号資産を相続財産に含めて相続税を計算する必要があります。平成30年3月23日の参議院財政金融委員会では、パスワードを知らない場合でも相続人は暗号資産を承継するため課税対象になる、という解釈が示されています
  • その論拠は二段構えです。承継が生じていることと、パスワードの把握は主観の問題で真偽の判定が困難であり、課税の公平の観点から適当でないことです
  • 評価は、評価通達5に基づき、活発な市場があるものは外国通貨に準じて、納税義務者が取引を行っている交換業者が公表する課税時期の取引価格によります。上場株式並みの3か月平均との選択は実現しておらず、通達改正の動向を注視する必要があります
  • 暗号資産による物納は認められていません
  • 相続税額を取得費に加算する特例(措置法39条)は、譲渡所得に区分される場合に適用があります。分離課税か総合課税かの区別ではなく、所得区分で決まります。雑所得に区分される経路では適用がありません(このほか限定承認や代償分割など、適用がない場面があります)
  • 相続税法は「取得」した財産に課税します。秘密鍵がわからず管理も処分もできない以上、これを「取得」していないと主張して争う余地はあります
  • この主張は、承継(ius ad rem)と死後の支配(ius in re)の区別として理論的に位置づけることができます
  • 諸外国でも、権利は承継されたが支配が及ばないという事態が繰り返し生じています。英国が2025年にデジタル資産の財産性を制定法で確認しても、支配の問題は残ります
  • 法的整備がない以上、生前の準備が実務上決定的に重要です

出典

  • 参議院財政金融委員会(平成30年3月23日、第196回国会)における国税庁次長および財務省主税局長の答弁(国会会議録
  • 国税庁「残高証明書等を活用した暗号資産残高に係る相続税申告手続」
  • 暗号資産による納税に関する質問主意書(2019年11月26日)に対する答弁書
  • Cayetana Santaolalla Montoya, Post-Mortem Control of Digital Assets — Beyond Succession: Legal Authority, Custody, Access, and Identity in Cross-Border Digital MarketsSSRN)。本文で言及した各国の裁判例・立法(ドイツ連邦通常裁判所の判断、米国RUFADAA・Ajemian判決、英国2025年財産法、EU相続規則、フランス2016年デジタル共和国法等)は、同論文が引用・整理するものであり、記載は同論文の該当頁に依拠している。