(公開:2026年7月31日 最終更新:2026年7月31日)
日本政府は、生成AIを使う政府情報システムに対して、各府省庁に「AI統括責任者(CAIO)」を置き、リスクの高さを3つの軸で判定し、高リスクと判断されたプロジェクトは「先進的AI利活用アドバイザリーボード」に報告する、という仕組みを整えています。この枠組みは、国税庁が検討している生成AIチャットボットの刷新にも及びます。ただし、このガイドラインが直接規律するのは政府情報システムであり、民間の税理士や納税者の生成AI利用そのものを縛るものではありません。
Q1. このガイドラインはどのような位置づけのものですか
「デジタル社会推進標準ガイドライン DS-920 行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」は、政府情報システムの整備・管理に関するルールとして遵守すべき内容を定めた文書です。デジタル社会推進会議幹事会が決定するもので、初版は2025年5月27日、直近の改定は2026年6月12日に行われています。
目的は、生成AIの利活用促進とリスク管理を「表裏一体」で進めることです。便利だから使う、危ないから使わない、という単純な二択ではなく、リスクを理解した上で積極的に使っていく、という立場を取っています。対象となるのは、入力がテキスト・音声、出力がテキスト・画像・音声である生成AIを構成要素とする政府情報システムです。特定秘密、重要経済安保情報、行政文書管理ガイドラインに定める秘密文書を扱うシステム、および安全保障・公共の安全秩序に関わる機微な情報を扱うシステムは、全面的に対象外とされています。
本ガイドラインの施行日は2026年9月1日です。ただし、AI統括責任者(CAIO)に関する対応事項は2026年6月30日までに、AIガバナンスの枠組みの対象拡大(画像・動画等を扱う生成AIやAIエージェント等への適用)は2026年7月1日から、それぞれ先行して適用されます。
Q2. 「AI統括責任者(CAIO)」とは何をする人ですか
各府省庁は、AI統括責任者(CAIO:Chief AI Officer)を置くことになっています。想定されているのは、各府省庁の「デジタル統括責任者」またはそれを補佐する「副デジタル統括責任者」級の職員です。
CAIOの役割は幅広く、生成AIシステムの企画・調達・利活用・運用状況の一元的な把握、リスク管理の徹底、高リスクの判定、職員向けの研修、そして後述するアドバイザリーボードへの報告の要否の決定などを担います。各府省庁の中に、生成AIのリスク管理を一手に引き受ける責任者を置く、という設計です。
米国のIRS(内国歳入庁)は、税務調査で使う生成AIツールを個別に「ハイインパクトAI」に分類する仕組みを採っています(詳しくは別記事「IRSが『税務調査AI』を『ハイインパクトAI』に分類した」で紹介しています)。これに対して日本は、各府省庁に置くCAIOと、政府横断の中央組織(後述のアドバイザリーボード)を組み合わせる二層構造を採用しています。どちらが優れているという評価をする材料は本記事にはありませんが、個別ツールを分類する米国型と、組織の責任者を置く日本型という、制度設計の違いとして押さえておく価値があります。
Q3. 生成AIの「高リスク」はどうやって判定するのですか
ガイドラインは、次の3つのリスク軸を示しています。
- A. 適用業務の性格――生成AIの生成物に誤りがあった場合、国民の基本的権利や安全、法人の事業に重大な影響を及ぼす業務かどうか
- B. 利用範囲――不特定多数の一般国民が使うのか、政府職員が府省庁内で使うのか
- C. 出力結果の判断――生成AIの出力を、職員が内容の適切さを判断してから使うのか、判断せずそのまま使うのか
この3軸に沿って、CAIOが企画者と連携しながらリスクレベルを判断します。判断を助けるツールとして「高リスク判定シート」という別紙も用意されています。
ガイドライン本文には、次のような具体例が挙げられています。
- 生成AIの誤りが行政手続の結果に影響し、法人の事業活動の停止等の大きな影響を与える場合 → 高リスクの可能性あり
- 個人向けの検索要約サービスが、対象を絞った上で具体的な手続ページへ誘導するだけのもの → 低リスク
- 相手のメール内容に応じた返信を、職員の確認なしに自動送信するもの → 高リスク
「出力を人が確認するかどうか」が、リスク評価の重要な分かれ目になっていることがわかります。
Q4. 「先進的AI利活用アドバイザリーボード」とはどんな組織ですか
CAIOが高リスクの可能性が高いと判断した生成AIプロジェクトは、「先進的AI利活用アドバイザリーボード」に報告することになっています。事務局はデジタル庁が務め、AISI(AIセーフティ・インスティテュート)も構成員や事務局機能への参画を通じて関わります。
アドバイザリーボードの役割は、各府省庁の生成AI利活用状況の把握、高リスク案件への助言、ベストプラクティスの共有、生成AIシステム特有のリスクケースの把握と再発防止の助言、各府省庁における生成AIの効果的な利活用や機能性・品質・費用対効果の向上のための助言、そしてガイドライン自体の見直しの検討です。
このアドバイザリーボードが実際にどう動いているかは、ガイドライン本文だけでは伝わりにくいところです。デジタル庁が公表した別の資料(「先進的AI利活用アドバイザリーボード 第1回ワーキング・グループ実施報告」2026年1月13日)によれば、国税庁が検討している生成AIチャットボットの刷新も、このアドバイザリーボードの下のワーキング・グループで相談された案件です(2025年11月21日実施)。具体的にどのような論点が議論されたかは、別記事「生成AI・AIチャットボットで税務相談をするリスク」で紹介しています。
Q5. 調達・契約では事業者にどんなことを求めていますか
生成AIシステムを事業者から調達する際には、「調達チェックシート」「契約チェックシート」という2つの別紙が用意されています。調達チェックシートは、事業者のAIガバナンス体制、データの取扱い、有害情報の出力制御、偽誤情報の防止、公平性、個人情報・知的財産の保護、セキュリティ、説明可能性など、多岐にわたる項目を「基本項目」(原則必須)と「任意追加項目」(加点項目)に整理したものです。
セキュリティの項目では、「直接プロンプトインジェクション攻撃」「間接プロンプトインジェクション攻撃」「DoS攻撃」への対策が具体的に例示されています。直接プロンプトインジェクション攻撃は、生成AIへの入力そのものに細工をして不正な出力をさせるもの、間接プロンプトインジェクション攻撃は、生成AIが参照する外部データに細工を仕込むものです。政府の公式文書にこうした技術的な攻撃手法が具体的に記載されている点は、AI×税務の実務家にとっても目新しい情報かもしれません。
Q6. 民間の税理士や納税者にとって、このガイドラインは何を意味しますか
まず押さえておきたいのは、このガイドラインが直接規律するのは政府情報システムであり、民間の税理士事務所や納税者が生成AIを使うこと自体を縛るものではないという点です。
ただし、国税庁のような税務行政を担う組織が、今後どのような手続を経て生成AIを導入していくのか――誰が責任を持ち、どんな基準でリスクを判定し、どこに報告するのか――を知る手がかりにはなります。世界58か国・地域の税務当局のAI活用状況(別記事参照)や、米国IRSの分類方法(別記事参照)とあわせて読むと、各国・地域の税務行政がAIガバナンスにどう向き合っているかを比較する材料になります。
まとめ
日本政府は、生成AIの利活用とリスク管理を両立させるため、各府省庁にAI統括責任者(CAIO)を置き、3つの軸で高リスクを判定し、必要に応じて先進的AI利活用アドバイザリーボードに報告する、という枠組みを整えています。この仕組みは、国税庁が検討している生成AIチャットボットの刷新にも及ぶものであり、税務行政の今後を占う手がかりの一つといえます。

