この記事の結論

国税庁は、AIを活用した予測モデルによって調査必要度の高い法人を抽出し、最終的な調査実施の要否は調査官が判断していると説明しています。この「AIが抽出し、人が判断する」という構造は、オランダで差別と認定されたリスク判定モデルと同じ形をしています。オランダでは、職員による手作業の審査が入っていたにもかかわらず、選定の入口に置かれた指標が偏っていたために差別が生じました。他方、米国では、内国歳入庁が納税者の人種を収集していないにもかかわらず、黒人納税者の調査率が非黒人の2.9〜4.7倍にのぼることが実証されています。原因は隠れた差別ではなく、何を成果指標に置くかという設計上の選択でした。「国籍や人種を使っていません」という説明は、答えになっていません。

(公開:2026年8月6日)

本記事は、税務行政におけるAI・機械学習アルゴリズムの利用について、拙稿(千葉商大論叢59巻1号49頁、2021年)で提起した論点を出発点に、その後に明らかになったオランダ・米国の事例を踏まえて整理したものです。拙稿の記述は2021年6月時点のものであり、本記事では、その後の国税庁の公表資料を別に確認したうえで、時点を区別して述べています。

📋 この記事でわかること

  • ✔ 国税庁がAIで調査対象を抽出していることの公表内容と、実際の数字
  • ✔ 過去の調査データが偏る6つの理由
  • ✔ 偏りが自己強化されるしくみ—2021年に提起した仮想例
  • ✔ その仮想例が現実に起きたオランダの事例と、275万ユーロの制裁
  • ✔ 人種を収集していない米国でも格差が生じた理由
  • ✔ なぜ自分が選ばれたのかが説明されない法的な理由
  • ✔ 偽陽性と偽陰性のどちらを重視すべきかという難問

📑 目次

Q1. 国税庁は、調査の相手をどう選んでいるのですか?

Q2. 調査対象に選ばれること自体に、法的な問題はあるのですか?

Q3. AIが学ぶ過去の調査データは、なぜ偏るのですか?

Q4. 選定の偏りは、どのように自己強化されるのですか?

Q5. その仮想例は、オランダで実際に起きていたのですか?

Q6. AIが選んだ調査対象を、最後に人が判断すれば足りるのですか?

Q7. 国税庁のAIの選定基準や選定理由は、公開されるのですか?

Q8. 調査対象の選定では、偽陽性と偽陰性のどちらを重視すべきですか?

Q9. 調査対象の選定に国籍や人種を使わないことにすれば、問題は解決しますか?

Q10. 調査選定AIについて、何が必要ですか?

まとめ:残された問い

税務調査を受けた方から、しばしば同じ問いを受けます。「なぜ、うちだったのでしょうか」

この問いは、これまでも答えにくい問いでした。事前通知で知らされるのは、調査の目的や対象となる税目・期間までです。なぜその納税者が選ばれたのかは、通常、説明されません。

そして今、答えにくさの質が変わりつつあります。選定の一部をAIが担うようになったからです。

本記事は、拙稿「税務行政におけるAI(人工知能)・機械学習アルゴリズムの利用と法的問題—調査選定システムの検討を中心として—」(千葉商大論叢59巻1号49頁、2021年)で提起した論点を出発点に、その後に明らかになった2つの事例を突き合わせて整理するものです。一方は、国籍を指標に使って差別と認定された事例。もう一方は、属性を使っていないのに数倍の格差が生じた事例です。

Q国税庁は、調査の相手をどう選んでいるのですか?
A

この設問の結論

国税庁は、AIを活用した予測モデルで調査必要度の高い法人を抽出し、そのうえで調査官が調査実施の要否を最終的に判断していると説明しています。所得税についても、選定にAIを活用したことを公表しています。ただし、モデルが何を入力とし、何を重視しているかは公表されていません。

国税庁は、令和6事務年度の法人税等の調査事績について、次のように説明しています。

国税庁においては、AIを活用した予測モデルにより調査必要度の高い法人を抽出し、予測モデルが判定した不正パターンに加え、申告書や国税組織が保有する様々な資料情報等を併せて分析・検討した後、調査官が調査実施の要否を最終的に判断しています。調査官の知見にAIの分析結果を組み合わせることにより、効率的で精度の高い調査を実施しています。

国税庁「令和6事務年度 法人税等の調査事績の概要」(令和7年12月)

所得税についても、同じ事務年度の公表資料が「選定にAIを活用するなど、効率的かつ的確に調査等を行った結果」と述べています。AIによる選定は、もはや将来の話ではありません。

▼ 実際の数字を見る

令和6事務年度の所得税の調査等の状況は、次のとおりです。調査の形態によって、性格が大きく異なることが分かります。

区分件数非違があった件数割合
実地調査46,89639,17883.5%
簡易な接触689,440329,54947.8%
調査等合計736,336368,72750.1%

出典:国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」(令和7年12月)。割合は公表件数から算出したものです。

実地調査では、10件のうち8件以上で申告漏れ等の非違が見つかっています。臨場して行う調査は、選ばれた時点でかなりの確度をもって選ばれている、ということです。

追徴税額はどうでしょうか。国税庁は「国税庁におけるAIの活用」(令和8年7月)において、AI・データ分析の活用を説明したうえで、次の数字を参考として掲げています。

税目調査等による追徴税額国税庁の評価
所得税1,431億円過去最高
法人税・消費税3,672億円直近10年で最高
相続税962億円簡易な接触の事績の公表を始めた平成28事務年度以降で最高

出典:国税庁「国税庁におけるAIの活用」(令和8年7月)。いずれも簡易な接触を含む「調査等」による数値です。法人税・消費税の3,672億円は、実地調査による3,407億円と簡易な接触による265億円の合計にあたります。実地調査に限った3,407億円についても、国税庁は直近10年で最高値としています(国税庁「令和6事務年度 法人税等の調査事績の概要」)。

国税庁自身が、留保を付けています

この数字には、次の注記が添えられています。「調査対象の全てが予測モデルを活用した事案ではない」。過去最高の追徴税額が、そのままAIの成果を意味するわけではない、ということです。この留保は、国税庁の側から付されたものです。

「非違があった割合が下がった」という読み方には注意が必要です

調査等合計の割合は、前事務年度の51.4%(605,077件中311,264件)から50.1%へと下がっています。しかしこれは、選定の精度が落ちたことを意味しません。同じ期間に、割合の低い「簡易な接触」が55万8千件から68万9千件へと23.7%増えています。全体の割合が下がったのは、主として接触形態の構成が変わったためです。実地調査と簡易な接触を分けずに論じると、この点を見誤ります。

なお、公表資料から確認できるのはここまでです。予測モデルがどのような入力を用い、どの要素を重く見ているかは、公表されていません。この点は、Q7で改めて扱います。

ポイント

AIが抽出し、調査官が最終判断する。この2段構えは、国税庁自身が公表しているところです。本記事は、この2段構えが十分な歯止めになるのかを、Q6以降で検討していきます。

▶ 関連記事:税務調査でAIはどう使われているのか?

▶ 関連記事:AIが法人税務調査をどう変えたか(追徴税額3,407億円)

Q調査対象に選ばれること自体に、法的な問題はあるのですか?
A

この設問の結論

あります。選定は、課税処分の前段階であっても、質問検査権の行使に必要とされる調査の客観的必要性(国税通則法74条の2等)に関わります。さらに、選定に用いられる要素によっては、個人の尊重・幸福追求権・平等原則を掲げる憲法13条・14条や、適正手続を保障する31条・84条等への抵触問題に発展しうるものです。

「選ばれただけで、まだ何の処分も受けていない。課税処分の適法性さえ確保されるのであれば、その手前の選定は問題にしなくてよいのではないか」という考え方はありえます。しかし、拙稿はこれを採りませんでした。

これらの点も踏まえて,これまで指摘した法的問題というのは,調査の必要性要件(税通 74 の 2 等)に関係するばかりでなく,個人の尊重,幸福追求権,平等原則を基本原理として掲げる憲法 13 条や 14 条,あるいは適正手続を保障する 31 条や 84 条等に抵触する恐れもある重要な問題であることを強調しておきたい。

拙稿・前掲78頁

理由は3つあります。

▼ 第一に、選定は法律上の要件に関わります

質問検査権の行使には、調査について客観的な必要性が求められます。ところが、AIが確たる理由は不明のまま「不正行為の可能性が高い」と判断し、それに従って調査対象が選ばれた場合、この必要性の要件を満たしているといえるのかという問題が生じます。

拙稿は、この点をより具体的な形でも提起しています。調査件数が伸び悩んでいる集団、あるいは深度ある調査ができていない集団が存在する場合に、その集団に属していることのみをもって、あるいはそのことを強調して調査対象に選ぶことが、不合理な差別に当たらないか、調査の必要性要件を満たすのか、という問い方です。

▼ 第二に、選定された時点で、負担はすでに生じています

Q1でみたとおり、実地調査は選ばれた時点で83.5%が非違に至ります。逆にいえば、選ばれなければ、その負担は生じません。選定は、負担を配分する行為です。課税処分の適否とは別に、誰にその負担を負わせるのかという問題が、そこにあります。

▼ 第三に、選定の段階は、争いにくい段階です

課税処分であれば、不服申立てや訴訟という道があります。しかし「なぜ自分が選ばれたのか」という問いには、そもそも争う枠組みが用意されていません。負担が生じる場面でありながら、争えない場面でもあるということです。

選定の段階で問題が起きても、外からは見えません

課税処分であれば、その適否は最終的に裁判所の判断を受けます。判決が積み重なれば、どのような扱いが違法とされるかが社会に共有されます。しかし選定の段階では、その積み重ねが生じません。仮に偏った選定が続いていたとしても、それが表に出る経路が乏しいのです。

この点は、Q5でみるオランダの事例が示すところでもあります。オランダで問題が表沙汰になったきっかけは、税務行政の争訟ではありませんでした。

▶ 関連記事:国税庁のAIの法的問題

QAIが学ぶ過去の調査データは、なぜ偏るのですか?
A

この設問の結論

過去の調査データは、ランダムに選ばれた標本ではないからです。調査は必要性があると認められる場合に行われ、その必要性の判断自体が一定の基準に基づいています。加えて、調査しやすい相手・見つけやすい非違に偏る、調査してもすべての非違を見つけられるわけではない、といった事情が重なります。

機械学習は、過去のデータからパターンを学びます。したがって、学習の元になるデータがどう作られたかが決定的に重要になります。

拙稿は、国税庁に蓄積された過去の調査データについて、留意すべき点を6つ挙げました。以下は、その内容を平易に整理したものです(見出しは本記事で付したものであり、拙稿には項目名は付されていません)。

偏りの原因内容
選定が非ランダムであること調査の必要性要件(国税通則法74条の2等)があるため、過去の調査は一定の基準で選ばれたものになる。多額の非違が把握された業種や、帳簿から把握しやすい非違(期ズレ等)に偏り、逆に精巧な不正スキームや新規性の高い取引のデータは不足する
調査が及びにくい集団があること反社会的勢力、政治家等の権力者、調査に非協力の納税者など、件数が伸び悩む、あるいは深度ある調査ができていない集団については、データが質的・量的に劣る可能性がある
従順な納税者に偏ること争いを避けたい、税理士が関与していない、外国人で税制に明るくないといった事情から、調査に協力的な納税者のデータに偏る可能性がある
調査しても見つからないことがあること非違を発見できない、見逃す場合がある。ノルマを達成している、事務年度末で翌年度に繰り越したくないといった理由から、本来は深度ある調査が必要なのに申告是認としているケースもある
課税要件を満たさない処理が含まれうること組織風土や調査ノルマを背景に、課税要件や重加算税の賦課要件を満たしていないのに満たしているかのような処理が時折行われてきた事実がある。多くの事案は争訟に至らず、司法審査を受けない
情報源が偏ること情報源が、国税庁からみて入手しやすいもの、すなわち国内のもので、かつ申告書類・法定調書・源泉徴収データ等に偏る可能性がある

出典:拙稿・前掲63〜64頁。表の整理は本記事によるものです。

5番目は、元国税職員としての経験を踏まえて書いたものです。多くの事案が争訟に至らず、司法審査を受けないまま確定していきます。その処理の記録が、そのまま「正解」として学習データになってよいのかという問いが残ります。

▼ 何が起きるか

拙稿は、こうしたデータの性質がもたらす結果を、次のように述べました。

……例えば,調査対象者が国税庁からみて “税金を取りやすい”,すなわち調査に協力的な又は国税庁に従順な納税者集団に偏る一方,国税庁からみて “税金を取りにくい”,すなわち反社会的勢力,政治家等の権力者,税務調査に非協力な者といった納税者集団は調査対象として選定されにくい,という結果をもたらしうる。ともすると,“弱い者イジメ”,“誤認選定”,“特権階級優遇”,“弱腰行政” と揶揄される事態にもなりかねない。

拙稿・前掲64頁

重要なのは、ここに悪意は必要ないという点です。誰も差別しようとしていなくても、データの作られ方が偏っていれば、そこから学んだモデルの出力も偏ります。

他の分野でも同じことが起きています

過去のデータから学んだアルゴリズムが既存の偏りを再現するという問題は、税務に固有のものではありません。米国の再犯予測ツールをめぐるProPublicaの調査や、予測的警察活動をめぐる研究、オーストラリアの債務回収システム(いわゆるRobodebt)など、複数の分野で報告されています。拙稿51〜56頁で、これらを検討しています。

Q選定の偏りは、どのように自己強化されるのですか?
A

この設問の結論

偏ったデータから生まれたアルゴリズムの判断は、その偏りを共有している調査官の経験とよく合います。だから受け入れられ、調査資源が集中し、その結果がまたデータとして戻ってきます。拙稿は、これをエコーチェンバー現象になぞらえ、特定の国籍にフラグが立つまでの過程を仮想例として示しました。

Q3でみた偏りは、一度きりのものではありません。それ自体を強めていく回路があります。

学習用データに存在するバイアスが,アルゴリズムを通じて再現されるにとどまらず,延々と繰り返され,エコーチェンバー現象というべきかのように,バイアスの程度が濃縮されていく可能性もあるのではないか。

拙稿・前掲64〜65頁

これを具体的に示すため、拙稿は次の仮想例を置きました。2021年に書いたものです。

⚠ 仮想例(2021年)

 例えば,税務調査において,特定の業種に係る事業を営む法人で,かつ,その代表者が特定の国籍を有しているものについて,法人税や消費税の申告に関して不正行為を行っている事例が,複数,把握されたとする。そこで,国税庁は,当該業種に係る事業を営む法人で,かつ,その代表者が当該国籍を有しているものについては,同様の不正行為を行っている可能性が高いとして,類似の法人に対して,全国的に優先的かつ深度ある調査を実施するよう指示を出し,多くの調査日数・人員を注ぎ込み,大量のデータを収集したとする。これによって,税務職員の中で,特定の国籍を有する個人や当該個人が代表者となっている法人は不正行為を行っているというイメージが固まる。このことから,その後も,これらの者は,調査対象として選定される確率が高まり,実際に多くの調査が実施されたとする。これらの調査においては,時として,担当調査官がノルマ的なプレッシャーなどから無理に不正取引の認定を行ったり,調書に多少の脚色を施したりすることもあったとする。

 かように,ある種,偏りのあるデータが蓄積されて学習用データとしてセットされると,場合によっては,調査必要度の判定,コンプライアンスリスクの判定の際に個人や代表者の国籍を重視する,特定の国籍にフラグを立てて,重要視するようなアルゴリズムが生成されうる。当該アルゴリズムによる選定結果は,当然ながら調査官の経験とよく適合する。よって,調査官は当該アルゴリズムに共感し,これに従って調査選定し,調査を実施する。それなりに結果が伴うこともあれば,時には結論ありきで強引な認定・処分等も行われる。かように,構造上,アルゴリズムによる調査選定が採用されやすくなり,そこにますます限りある調査資源が集中投下され,その調査結果がアルゴリズムにフィードバックされ,取り込まれて,バイアスが繰り返され,より強くなっていくことになりはしないか。ここでは,後述する自動化バイアスの存在により,人間である調査官がシステムの判断に盲従するようになる危険性にも配意すべきである。

拙稿・前掲65頁

▼ この回路の要点は、どこにあるのか

この仮想例で最も重要なのは、アルゴリズムの出力が調査官の経験とよく合う、という一点です。

合うからこそ、調査官はそれを受け入れます。受け入れるからこそ、そこに調査資源が集中します。集中するからこそ、その集団からより多くの非違が見つかります。そして、その結果がまたデータとして戻ってくる。

つまり、「当たっている」という手ごたえが、回路を回す燃料になります。手ごたえがあるかぎり、誰もこれを疑う理由を持ちません。

外国人については、負担が二重になります

拙稿は、この仮想例に続けて、外国人納税者の立場に触れました。租税犯の刑に処せられた場合、重加算税を賦課された場合、租税を滞納している場合など、納税義務を適正に履行していないことは、国籍法や出入国管理及び難民認定法との関係で、外国人に多大な不利益をもたらしうるものです。そこに言語の問題も加わります。選ばれやすい立場にある人ほど、選ばれたときの不利益が大きいという関係が生じます。

拙稿はこの箇所を、次のように結んでいます。統計的・確率的にみて合理的な推論に基づいていたとしても、元のデータの誤りや偏見がアルゴリズムによって再現ないし増幅され、個々の納税者が属性によって類型化されたうえで、調査必要度が高い者と判断され続ける可能性を、度外視することはできない、と。

フィードバックの回路そのものは、公表資料から確認できる

データ活用推進第三次中期計画(令和6年6月20日)は、機械学習等により構築された各種モデルについて、ユーザーからのフィードバック等を通じた運用方法の見直しや、学習データの追加等によるモデルの再学習・再構築を行うとしている。結果を取り込んで学習し直すという回路の存在は、公表資料から確認できる。もっとも、計画が述べているのは精度の維持・向上のための再学習であって、上の仮想例が描いたバイアスの濃縮ではない。回路が存在することと、そこでバイアスが濃縮することは、別の事柄である。

ポイント

以上は、2021年の時点では仮想例でした。日本でこのような事態が起きているという主張ではありません。

ところが、これとよく似たことが、実際に起きていました。欧州で、行政制裁の対象となった記録が残っています。次の設問で、その事例をみます。

Qその仮想例は、オランダで実際に起きていたのですか?
A

この設問の結論

オランダのデータ保護当局は、税務当局が給付申請を自動的にリスク判定するモデルの指標に「オランダ国籍か否か」を用いていたことなどを理由に、税務当局における個人データ処理の責任者である財務大臣に対し、総額275万ユーロの制裁金を科しました。国籍はEUの一般データ保護規則(GDPR)9条の「特別な種類の個人データ」には含まれませんが、差別を招きやすいデータとして、通常以上に慎重な取扱いが求められると判断されています。

Q4の仮想例の相当部分にあたることが、すでに欧州で起きていました。

▼ 何が起きたのか

オランダ税務当局(Belastingdienst)の給付部門は、児童保育給付の申請について、2013年から自己学習型のアルゴリズムによるリスク判定モデルを運用していました。このモデルは毎月すべての申請を評価し、リスクスコアの高い上位100件を職員の手作業審査に回す仕組みです。少なくとも2016年3月から2018年10月まで、その指標の一つに「オランダ国籍か否か」が含まれていました(オランダ国籍を含む二重国籍の場合は、オランダ国籍とみなされていました)。

オランダのデータ保護当局(Autoriteit Persoonsgegevens、以下「AP」)は2021年11月25日付の決定で、国籍に関する3件の個人データ処理をいずれも違法と認定し、そのうち2件については差別的であり、個人データを公正に処理すべき原則にも反すると判断しました。決定は同年12月7日に公表され、税務当局における個人データ処理の責任者である財務大臣に対し、総額275万ユーロの制裁金が科されました。

違反とされた処理制裁金差別の認定
オランダ国籍者の二重国籍データを、2014年1月以降も保持し続けたこと75万ユーロ本決定では認定なし
リスク判定モデルの指標として国籍を用いたこと100万ユーロあり
組織的不正の探知のために、申請者の国籍データを処理したこと100万ユーロあり

出典:Autoriteit Persoonsgegevens「Besluit tot boeteoplegging」(2021年11月25日)。2018年5月時点で、給付システムには約140万人分の二重国籍が登録されたままでしたが、このうち何人がオランダ国籍者で、かつ児童保育給付の申請者であったかは、税務当局によれば特定できないとされています。

第2・第3の制裁金が第1の制裁金より高いのは、差別的な処理であったことを理由に、APが制裁の区分を一段階引き上げたためです。APは、行政機関が差別的なデータ処理を行ったことをきわめて重大とみています。

児童保育給付をめぐるこの問題は、いわゆるオランダ給付金問題(Toeslagenaffaire)の一部として社会問題化しました。決定書は、不要な国籍の処理によって、申請者が誤って不正受給者とみなされる危険が高まり、一部の世帯が受給済みの給付について数万ユーロの返還を求められ、長年にわたって深刻な経済的困難に陥ったと述べています。

▼ 国籍を扱うこと自体が禁じられたわけではありません

ここは誤解されやすいところです。APが問題としたのは、国籍というデータそのものではありません。決定書は、児童保育給付の受給資格が「オランダ国籍を有するか、または適法に居住する外国人であるか」によって決まる以上、受給資格の判断のために国籍を処理することは、税務当局の公的な職務にとって必要であると明言しています。

必要性を欠くとされたのは、目的との関係で説明のつかない処理です。リスク判定モデルについて、APの理由づけは具体的でした。「オランダ国籍か否か」という指標は、その申請者が受給資格を満たすかどうかを正確に示すものではありません。受給資格には、オランダの市町村に登録されているか、適法に滞在しているかといった要素が関わるからです。APは、より正確な指標として「オランダ国籍を有するか、EU国籍でオランダの市町村に登録があるか、EU域外国籍で有効な在留資格を持つか」を挙げ、より侵害の少ない代替手段が存在した以上、国籍のみを指標とすることは必要性の要件を満たさないとしました。

つまり、目的(受給資格の正確な判定)と手段(国籍という指標)の間にずれがあったというのが、違法性の中核です。

税務当局自身も、この指標が適切かつ客観的に裏づけられたものではなかったことを認め、オランダ国籍を持たない申請者は、その申請が手作業審査に選ばれる可能性が相対的に高くなっていたこと、そしてそれは決して起きてはならないことだったと述べています。

どの規定に違反したのか

問題の行為は2013年から2020年にわたり、GDPRの適用が始まった2018年5月25日をまたぐ。そこでAPは、同月24日以前についてはオランダの旧個人データ保護法(Wbp)6条・8条を、同月25日以降についてはGDPR5条1項a号を6条1項e号と併せて適用した。両者は同一の法益を保護しており、この点について実質的な法改正はない、というのがAPの説明である。

GDPR5条1項a号は、個人データが「そのデータ主体との関係において、適法であり、公正であり、かつ、透明性のある態様で取扱われなければならない」と定める。6条1項e号は、取扱いが適法となる場合の一つとして「公共の利益において、又は、管理者に与えられた公的な権限の行使において行われる職務の遂行のために取扱いが必要となる場合」を挙げる(邦訳は個人情報保護委員会の仮日本語訳を参照した)。

3件の処理は、いずれもこの必要性を欠くとされた。このうちリスク判定モデルと組織的不正の探知の2件については、さらに差別的であり、5条1項a号の公正性の原則にも反すると判断された。もっとも、公正性違反について別個の制裁金は科されていない。同じ事実がすでに適法性違反として処罰されているためであり、代わりに違反の重大性として制裁金の額に反映された。

なお、このリスク判定モデルの利用は、GDPR4条4号のプロファイリングに該当すると認定されている。同号は、これを「自然人と関連する一定の個人的側面を評価するための……個人データの利用によって構成される、あらゆる形式の、個人データの自動的な取扱い」と定義する。

▼ 国籍は「特別な種類の個人データ」ではないのに、なぜ差別とされたのか

国籍は、GDPR9条の「特別な種類の個人データ」には含まれません。同条が列挙するのは、人種的若しくは民族的な出自、政治的な意見、宗教上若しくは思想上の信条、労働組合への加入、遺伝子データ、生体データ、健康に関するデータ、性生活・性的指向に関するデータです。国籍はここにありません。

それでもAPは、国籍を「差別を招きやすい個人データ」と位置づけました。人を不必要に集団へ分類するおそれが通常より高いことがその理由で、通常以上に慎重な取扱いが求められるとしています。

差別に当たるかどうかの判断は、5条1項a号の「公正性」の原則を経由して行われました。「公正」は抽象的な概念であり、それだけでは具体的な判断基準が明らかではありません。APは、公正性の原則を差別禁止規範と結び付けて判断しています。参照されたのは、EU基本権憲章21条、自由権規約26条、欧州人権条約第12議定書1条、人種差別撤廃条約1条、そしてオランダ憲法1条です。

そのうえでAPは、次の4つを累積的な基準として掲げ、すべてを満たす場合に差別に当たるとしました。

1. 対置される利益が、関連する点において十分に比較可能であること

2. それらの事案の間で区別がなされたこと

3. その区別が取扱い上の不利益をもたらしたこと

4. その区別が合理的かつ客観的に正当化されないこと(正当な目的を欠くこと、又は区別と目的との間に合理的・比例的な関係がないこと、あるいはその両方)

リスク判定モデルについては、④に該当する—すなわち、区別を正当化する理由が存在しない—と判断されました。適法な居住の有無を見るべき場面で、オランダ国籍の有無だけを指標とすることに、客観的な正当化理由はなかったというのが結論です。

▼ 「疑わしい区別」—特定の国籍への一括照会

組織的不正の探知については、さらに踏み込んだ判断が示されています。決定書によれば、税務当局は2013年7月9日以降、特段の端緒がないまま定期的に、給付の申請者全員の国籍について照会を行い、国籍ごとの申請件数を把握していました。また、不正の兆候があった場合には、国籍を含む照会を行い、その結果を表計算ファイルに出力していました。さらに、調査に値する兆候があった場合には、2014年以降、その結果を表の形にまとめ、「クイックスキャン」と呼ばれる内部文書として記録していました。2018年5月25日から2019年2月14日までの間だけで、213件の照会が行われ、そのすべてで国籍が照会されています。

そして2014年には、特定の国籍を持つ者全員について、一括して照会を行った事例が2件ありました。一つはガーナ国籍で2013年1月1日以降に給付を申請した者、もう一つはブルガリア国籍で2013年6月1日から2014年1月1日までの間に給付を申請した者です。照会の結果、児童保育給付を申請していたことが判明したのは、それぞれ6,074人363人でした。決定書は、これらの申請者がオランダ国籍を併せ持っている場合もあり、オランダ国籍を有するにもかかわらず、他方の国籍を理由に不正の審査対象となる可能性があったと指摘しています。

APはこれを「疑わしい区別」と評価しました。欧州人権裁判所の確立した判例によれば、疑わしい区別が許されるのはきわめて重大な理由がある場合に限られますが、税務当局はそのような理由を主張できませんでした。

さらにAPは、税務当局が用いた照会とクイックスキャンは、不正の探知にとって国籍が関連性のあるデータであるという見解を何ら支えるものではなかったと述べています。税務当局自身も、調査の過程で、不正の兆候を受けて申請者の国籍を照会し使用したことについて、補充性と比例性の要件に対する配慮が不十分であったこと、そして不正への対応が行き過ぎていたことを認めています。

選定指標の妥当性は、その指標が実際にどの程度適切にリスクを識別したかによって検証されうる—この点は、日本の税務行政を考えるうえでも示唆的です。

▼ FSVにおける差別—職員への指示

同じ税務当局は、2022年4月にもう一つの制裁を受けています。不正の兆候を記録する内部ブラックリスト「FSV」の運用について、APは、それまでに同機関が科した最高額となる370万ユーロの制裁金を科しました。法的根拠の欠如、処理目的が事前に特定されていなかったこと、データの不正確性、保存期間の超過、安全管理措置の不備、そしてデータ保護影響評価(DPIA)についてデータ保護責任者への諮問が1年以上遅れたことという6件の違反が認定されています。約27万人がこのリストに登録され、違反は6年以上にわたって続いていました。FSVは2020年2月に運用が停止されています。

税務当局自身の調査からは、職員が、不正のリスクを国籍や人の外見といった事柄にも基づいて判断するよう指示を受けていたことが明らかになりました。APのウォルフセン長官は、次のように述べています。

あなたがトルコ、モロッコ、あるいは東欧の国籍を持っていたとしよう。すると、その国籍ゆえに、正当な理由もなく詳しい調査の対象とされた。この差別は容認できるものではない。また税務当局は、例えば、モスクへの寄付や、東欧風の姓を持つ人々の高額な薬代についても、あらかじめ不正のリスク要因として挙げていた。

オランダデータ保護当局「Boete Belastingdienst voor zwarte lijst FSV」(2022年4月12日)。訳は筆者による。

ここでAPの公表文が具体的に指摘したのは、アルゴリズムの指標ではなく、職員に対する組織的な指示による差別でした。リスク判定モデルの事案では、国籍がアルゴリズムの指標に組み込まれていました。これに対しFSVでは、職員が国籍や外見に基づいて不正リスクを判断するよう、組織として指示されていたのです。

国籍による選別は、アルゴリズムによる場合にも、人による場合にも起こりうる。同じ税務当局において、それが相次いで明らかになったことになります。

▼ 監督機関への説明も問われました

もう一点、透明性の観点から見過ごせない事実があります。決定書によれば、税務当局の事務総長は2017年7月18日、APに対し、オランダ国籍の児童保育給付申請者の二重国籍に関するデータは保有していないと述べ、また、これらの申請者に対して重点的な監督を行うために国籍を選定基準として用いてはいないと述べていました。

給付部門の事務局長が、これらの説明は不正確又は不十分であったと認めたのは、2019年4月になってからでした。APは、これらの不正確な説明によって誤った方向に導かれ、その後の調査が困難となり遅延したと述べています。あわせて、2019年7月8日付の情報提供要求に対する回答が、当初の期限を3回延長してもなお得られず、同年9月13日にAPが情報提出を正式に要求せざるを得なかったことも考慮されています。

税務当局が、自らのデータ保有や選定基準について監督機関に正確かつ速やかに説明できなかったことも、制裁金の額を判断する際の不利な事情として考慮されたのです。

Q4の仮想例と照らす

拙稿の仮想例は、①特定の国籍について不正が把握される、②その集団に調査資源が集中する、③国籍にフラグを立てるアルゴリズムが生成される、④結果がフィードバックされる、という順序を描いたものでした。オランダの事案で確認されたのは、③にあたる部分と、それが差別と評価されたという事実です。①②④にあたる過程が同じであったかどうかは、APの決定書からは分かりません。仮想例のすべてが再現されたと述べることはできません。それでも、国籍が指標として組み込まれ、それが法的に差別と認定されうるという一点は、もはや仮想ではありません。

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QAIが選んだ調査対象を、最後に人が判断すれば足りるのですか?
A

この設問の結論

足りるとはいえません。オランダでは、リスク判定モデルが選び出した案件を職員が手作業で審査する仕組みが存在していました。それでも差別は生じました。人が審査する前の段階で、誰が審査対象になるかがすでに偏っていたからです。加えて、人は自動化されたシステムの判断を信頼しすぎる傾向(自動化バイアス)を持ちます。

Q1でみたとおり、国税庁は「調査官が調査実施の要否を最終的に判断しています」と説明しています。この説明は、人の判断が入ることを歯止めとして示すものです。

では、それで足りるのでしょうか。

▼ オランダでも、人は判断していました

人的審査があっても差別は生じました

決定書によれば、リスク判定モデルが選び出した案件は、自動的に正式な処分に変換されてはいませんでした。職員が手作業で審査する仕組みが存在していたのです。それでも差別は生じました。理由は、人的審査が行われる前の段階で、誰が審査対象になるかがすでに偏っていたからです。

オランダ国籍を有しないことが指標の一つに組み込まれていたため、他の指標との組合せによって、オランダ国籍を持たない申請者は手作業審査に選ばれる可能性が相対的に高くなっていました。

人が最後に見ても、見る対象を選んだのがアルゴリズムであれば、偏りはそのまま通過します。審査担当者は、目の前の案件が適切かどうかを判断することはできますが、目の前に来なかった案件について判断することはできません。

▼ 人は、機械の判断を信頼しすぎます

もう一つの問題があります。拙稿は、これを自動化バイアスとして論じました。

人は、自動化されたシステムをエラーに強いものとみなし、コンピューターの出した答えを信頼する傾向があります。その結果、答えと矛盾する情報を探すことが少なくなります。

米国テキサス州で導入された社会福祉手当の受給資格判定システム(TIERS)では、人間の資格審査担当者がコンピューターの判断をレビューし最終決定を下すことになっていました。それにもかかわらず、誤った判定が数多くなされました。拙稿が引いた文献は、この失敗について、完全に自動化されたシステムと、人が介在する混合システムとの実際的な区別は誇張されるべきではないと指摘しています。担当者がコンピューターを直感的に信頼してしまうことが、人の参加の価値を下げているのです。

ロボットに従って、入ってきた出口とは別の方向へ歩いた実験

ジョージア工科大学の実験では、被験者はロボットに案内されて会議室に入り、そこで作業をしている最中に火災報知器が鳴り、廊下に人工の煙が充満するという状況に置かれた。「緊急時誘導ロボット」と表記されたロボットが動き出す。

26人の被験者は、全員がロボットに従った。しかも、そのうち半数は、直前に同じロボットが誘導に失敗するのを見ていた。多くの被験者は、自分が入ってきた経路から安全に退出するという選択をとらなかった。著者らは、避難の途中でロボットが誤作動する条件などを加えた追加の実験も行っているが、そこでもなお従い続ける被験者がいた。

Paul Robinette, Wenchen Li, Robert Allen, Ayanna M. Howard & Alan R. Wagner, Overtrust of Robots in Emergency Evacuation Scenarios, HRI ’16: The Eleventh ACM/IEEE International Conference on Human-Robot Interaction (2016).

▼ 裁判官も、例外ではないかもしれません

拙稿は、この点をさらに一歩進めました。調査の必要性要件(国税通則法74条の2等)の充足を判断する裁判官においても自動化バイアスが働き、司法による救済を期待できない可能性を、視野に入れておきたい、と。

「AIがそう判断したのだから、それなりの理由があったのだろう」という受け止め方は、調査官だけのものではありません。

▼ 何ができるか

拙稿は、対策の一例として、人間の調査官による選定なのか、機械学習アルゴリズムによる選定なのかを伏せて候補者をリスト化し、そのうえで人に判断させるという工夫を挙げました。どちらの出力かが分からなければ、機械だから信頼するという反応は生じにくくなります。

いずれにせよ、「最後は人が判断します」という一文だけでは、歯止めの説明として足りません。どのような条件のもとで人が判断するのかが問われます。

Q国税庁のAIの選定基準や選定理由は、公開されるのですか?
A

この設問の結論

説明されません。日本では、選定の着眼点や還付保留の基準は、情報公開・個人情報保護審査会の複数の答申と裁判例において、いずれも不開示とすることが妥当とされてきました。納税者本人が「調査着手時にどのような資料情報を持っていたのか」を尋ねた事案では、その存否を答えること自体が拒否され、それが妥当とされています。

はじめに、区別しておくべきことがあります。国税庁がAIの活用について何も語っていないわけではありません。Q1でみたとおり、AIを使っていること、その成果とされる数字、留意すべきリスクは公表されています。しかし、どのような基準で誰が選ばれたのかは、別の問題です。この設問で扱うのは、後者です。

拙稿は、この問題を2つに分けました。技術的要因によるものと、法制度的要因によるものです。

▼ 技術的要因—仕組み上、分からない

調査対象として選ばれた納税者は、無数の納税者のなかでなぜ自分が優先的に選ばれたのかを知りたいと思うはずです。しかし、次の3点は、技術的に知ることが難しい可能性があります。

・そのアルゴリズムは,どのようにして,調査必要度の判定を行うのか。どの入力変数(特徴量)を重要視するのか。

・なぜ自分が,アルゴリズムによって,調査必要度が高いと判断されたのか。どの入力変数(特徴量)が重要であったのか。

・入力変数(特徴量)と調査必要度との間にどのような因果関係があるか。

出典:拙稿・前掲69頁

ディープラーニングを用いる場合には、人間が思い付かないような選定理由の採用や特徴量の抽出が行われる可能性があります。拙稿は、極端な例として、AIが「決算月の平均気温」や「納税者の生年月日」を重視する場合を挙げました。そのとき、調査の必要性要件を充足しているといえるのでしょうか。

▼ 法制度的要因—分かっても、開示されない

技術的な不透明さが仮に解消されたとしても、もう一つの壁が残ります。その情報は、公開されず、当該納税者にも開示されません。

これは推測ではありません。日本には、すでに積み重ねがあります。

判断対象結論
富山地裁 平成17年1月12日判決
(控訴審:名古屋高裁金沢支部 平成17年10月12日判決)
消費税の還付保留基準・還付保留チェック表不開示情報に該当する
東京地裁 平成19年8月28日判決移転価格税制における比較対象取引の選定過程不開示情報に該当する
平成19年度(行個)答申第1号所得税・消費税の調査選定に当たっての具体的選定理由等が記載される欄不開示が妥当
平成30年度(行情)答申第474号国税総合管理システム(KSK)による還付申告機械チェックにおける還付保留基準不開示が妥当
令和2年度(行情)答申第240号移転価格調査における調査対象法人の選定の際の情報収集の方法等不開示が妥当
平成18年度(行個)答申第12号納税者本人に対する調査について、調査着手時に保有していた資料情報存否を明らかにしないで拒否したことが妥当

拙稿・前掲70〜72頁で検討した答申・裁判例に、平成18年度(行個)答申第12号を加えたものです。ほかに令和2年度(行個)答申第58号があります。

平成19年度(行個)答申第1号は、選定理由が記載された欄について、次のように述べています。これらは「国税当局が調査対象者を選定するに当たっての着眼点とも言うべき情報」であり、明らかにすれば税務調査の手の内を明かす結果となる、と。

▼ 存否すら、答えられません

最も重いのは、表の最後の答申です。

この事案で、納税者は、自分が受けた調査について「調査着手時に保有していた資料情報」の開示を求めました。自分が選ばれた直接の原因となった資料は何だったのか、そこまでやらなければならない理由が本当にあったのかを知りたい、というのが請求の理由です。

審査会は、その存否を答えること自体を拒否した決定を妥当としました。理由は次のとおりです。

資料情報が申告納税制度の下で国税当局が適正・公平な課税を実現する上で不可欠な役割を担っていることを考慮すれば,本件対象保有個人情報2のような納税者本人に係る資料情報の存否に関する情報について,逐一,開示請求に応じて答えていくとした場合には,税務調査の手の内が明らかになることにより,資料情報制度そのものの実効性を損わせ,ひいては税務行政の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものと認められる。

情報公開・個人情報保護審査会 平成18年5月22日答申(平成18年度(行個)答申第12号)。「損わせ」は原文ママ。

「なぜ自分が選ばれたのか」という問いに対しては、答えが返ってこないだけでなく、答えるための材料があるかどうかも、明らかにされません。

この結論には、それなりの理由があります。選定の基準が公になれば、それを回避する行動が可能になるからです。富山地裁判決は、還付保留基準が公になれば、基準に該当しない還付申告書を作成することも可能になり、何らの調査を受けることなく不正還付を受けられるようになると述べました。この懸念は、抽象的なものではありません。

問題は、その理由が、AIによる選定にもそのまま及ぶことです。

訂正を求める権利は、どうなるのでしょうか

拙稿は、次の問題を指摘しました。個人情報の保護に関する法制には、自己に関する情報の訂正を請求する権利が定められています。しかし、訂正の対象となる自身に関する情報が開示されないのであれば、この訂正請求権は実効性を失うのではないか、と。誤ったデータに基づいて選ばれていたとしても、そのデータが何かを知ることができなければ、直しようがありません。
※ 拙稿は当時の行政機関個人情報保護法27条を引いていますが、同法は令和3年改正により個人情報保護法に統合されています。

▼ 「国籍が〇〇であるから」と説明されたとき

拙稿は、この問題を突き詰めたところで、次の場面を想定しました。

例えば,「国籍が〇〇であるから,AI が不正行為を行っている可能性が高いと判断した」という理由で,調査対象として選定することの是非は議論の余地がある。国籍の代わりに,前記 2(2)イで挙げた特定の属性を入れて思考実験を進めてみてもよい。

拙稿・前掲77頁

そして、そのすぐ後に、次の一節が続きます。

また,「理由は明確ではないが,AI が,あなたは不正行為を行っている可能性が高いと判断しているから,今回,調査対象として選定されました」と当該納税者に対して説明しても納得を得られないので,かような実際の選定理由を伏せておき,取って付けたような別の理由を用意して,当該納税者に対して説明するような調査官が出てくることも予想される。

拙稿・前掲77頁

説明が求められ、しかし本当の理由を説明できないとき、何が起きるか。この問いは、透明性の議論が現場で行き着く先を示しています。

Q調査対象の選定では、偽陽性と偽陰性のどちらを重視すべきですか?
A

この設問の結論

拙稿は、納税者の権利保護を考慮して、偽陽性(実際にはリスクが低いのに高いと誤判定される割合)を低く抑える方針を明示的に採用すべきだと述べました。ところが、米国の実証研究は、「空振りを減らせ」という設計こそが、特定の集団への集中を生みうることを示しています。この2つは、正面からぶつかります。

選定の誤りには、2種類あります。

誤りの種類内容誰が困るか
偽陽性実際にはリスクが低い納税者を、高いと誤判定する納税者(見込み違いによる権利侵害)
偽陰性実際にはリスクが高い納税者を、低いと誤判定する国庫・他の納税者(脱漏の放置)

拙稿は、この2つが対等ではないと考えました。

予算を投じた以上,目に見える成果を求める国税庁(と委託を受けてアルゴリズムを開発する企業)には,偽陽性率を閑却して偽陰性率を重視するバイアスが生じるのではないかという懸念がある。(中略)権利侵害の危険がより深刻となる場面においては,偽陽性率を低く抑えるよう細心の注意を払うべきである。手続的保障の原則や納税者の権利保護を考慮して,偽陽性の割合を低く抑えることを重視するという方針を明示的に採用すべきであるが,この点に関する国税庁の見解は明らかではない。

拙稿・前掲72〜73頁

ここまでは、素直な議論に見えます。ところが、話はここで終わりませんでした。

▼ 「空振りを減らす」という設計が、格差を生む

米国の内国歳入庁(IRS)は、還付付き税額控除である勤労所得税額控除(EITC)の申告について、大部分を自動化された仕組みで選定しています。その中核であるDependent Database(DDb)というプログラムの予測モデルは、少なくとも部分的に、是認率(no-change rate)を最小化するように調整されているとされています。是認率とは、調査の結果、納税者が申告した税額に変更が生じなかった割合(いわば空振りの割合)です。

Elzaynらの研究は、この設計の効果を検証しました。彼らは、税務当局が観測できる情報を用いて2つのモデルを作り、比較しています。

モデル何を予測するか黒人納税者の調査率
回帰モデル過少申告の金額非黒人より低い
分類モデル100ドル超の過少申告があるかないか非黒人より高い

出典:Hadi Elzayn, Evelyn Smith, Thomas Hertz, Arun Ramesh, Robin Fisher, Daniel E. Ho & Jacob Goldin, Measuring and Mitigating Racial Disparities in Tax Audits (Jan. 30, 2023) (unpublished manuscript) 36頁。両モデルの差は統計的に有意(p<0.001)とされています。公刊版は140 Q.J. Econ. 113 (2025)。

理由は、こう説明されています。過少申告税額が最も大きい納税者は非黒人である傾向がある一方、利用可能なデータのもとでは、分類モデルが「過少申告がある確率」を最も高いと評価する納税者は、非黒人より黒人のほうが多くなる、というものです。

目的関数を「当たったかどうか」に置くと、少額でも確実に当たる層に調査が集中します。そして、その層は均等に分布していませんでした。

「偽陽性が黒人に偏った」という話ではありません

誤解しやすいところなので、確認しておきます。この研究が示したのは、モデルが黒人納税者を誤って選んだということではありません。格差の大半は、不遵守を検知する感度の差—つまり、不遵守のある黒人納税者のほうが選ばれやすいこと—に由来し、偽陽性率の差の寄与はごく小さいとされています。誤って選ばれたのではなく、少額の不遵守を高い確率で当てにいく設計が、結果として特定の集団に集中したのです。

▼ 日本の「打率」に引きつけると

ここから先は、拙論の当てはめです。Elzaynらの研究は、日本の税務行政について何も述べていません。

Q1でみたとおり、日本では調査等の成果が、非違があった件数の割合という形で公表されています。実務ではしばしば「打率」と呼ばれます。是認率の最小化とは、要するに打率の最大化です。

そうだとすれば、何を成果指標に置くかという選択が、誰を調べるかを決めていることになります。金額の大きい脱漏を狙うのか、確実に当たる案件を狙うのか。この選択は、技術的な設計事項の顔をしていますが、実質は政策判断です。

▼ 絞り込めば、指標は上がります

この関係は、日本の公表データにも現れています。実地調査における調査1件当たりの追徴税額(法人税・消費税)と、不正発見割合(法人税)。この2つの指標の直近10年の最高値は、いずれも令和2事務年度です(7,806千円・26.5%)。コロナ禍で実地調査件数が2万5千件まで落ち込んだ年であり、AIの本格導入前です。絞り込めば両方の指標が上がるという関係自体は、AIとは無関係に成り立ちます。

もっとも、令和2事務年度の絞り込みは、的確だったから生じたのではなく、そうせざるを得なかったから生じたものです。同じ形の数値の動きを、別の年についてだけAIの成果と読むことはできません。この点は、法人税務調査の「打率」を検証した別記事で詳しく扱っています。

研究ノート:納税者保護の要請が、格差を生みうるという逆説

拙稿は、偽陽性を低く抑える方針を明示すべきだと述べた。空振りの調査は、非違のない納税者に負担を課すだけだからである。この主張自体は、いまも維持できると考えている。

しかし、Elzaynらの知見を踏まえると、この要請は無条件では成り立たない。是認率の最小化は、偽陽性を減らす方向の要請である。ところが、それを目的関数として定式化すると、少額かつ高確率の不遵守が集まる層に調査が集中し、結果として集団間の格差が拡大しうる。納税者一般の負担を減らすための設計が、特定の集団の負担を増やす。

この逆説は、単純な処方箋を許さない。偽陽性を抑えよ、という要請と、集団間の格差を生むな、という要請は、同時に満たせるとは限らない。少なくとも、両者が衝突しうることを認識したうえで、どちらをどの程度重視するのかを明示する必要がある。「精度を上げます」という説明は、この選択を語っていない。

Q調査対象の選定に国籍や人種を使わないことにすれば、問題は解決しますか?
A

この設問の結論

解決しません。第一に、国籍を入力から外しても、氏名・業種・地域・取引先などから推定されるか、推定したのと同じ結果になります。第二に、米国では、内国歳入庁が納税者の人種を収集していないにもかかわらず、黒人納税者の調査率が非黒人の2.9〜4.7倍でした。「使っていません」という説明は、答えになっていません。

最も自然な対応策は、問題になりそうな属性を使わないことです。国籍を入力変数から外す。人種を収集しない。それで解決するのでしょうか。

▼ 第一段:外しても、推定されます

仮に,バイアス問題に対処するために納税者の国籍に代表されるような特定の属性に係る情報を考慮しない,学習用データに組み込むことを禁止するような仕組みを採用するとしても,データマイニングが国籍による不公正な影響を与えるためには国籍を明示的に考慮する必要はないことに注意を要する。本人や家族の氏名のほか,業種・地域・取引先などから納税者の国籍を自動的に推定するか,推定したのと同じ結果になることが想定されるのである。

拙稿・前掲73頁

これは2021年の指摘です。そして拙稿は、この箇所の註で、ある米国の論文を引いていました。Jeremy Bearer-Friendの「内国歳入庁はあなたの人種を知るべきか」という論文です。

拙稿がそこで示したのは、次の視点でした。国籍や人種のように差別につながりうる要素について統計データを公表しないことは、差別や不平等が現に存在している場合に、その事実を覆い隠し、検証を妨げ、現状の維持を招来しかねないのではないか、と。

その検証が、その後に行われました。

▼ 第二段:使っていない米国で、何が起きていたか

Elzaynらは、財務省との連携により、2014年分の約1億4,800万件の申告と、通常の執行として行われた780,627件の調査(operational audits)、および2010年から2014年までにNRP(National Research Program)調査の対象として無作為抽出された71,878件の申告のデータを用いて、人種による調査率の差を推定しました。

内国歳入庁は納税者の人種を収集していません。著者らも、人種を直接には観測できません。そこで、名・姓・国勢調査ブロックグループから人種の確率を推定する手法を用い、真の格差を上下から挟み込む推定を行っています。

推定された結果

・全納税者:黒人の調査率は非黒人の2.9〜4.7倍と推定される

・この範囲は、性格の異なる2つの推定量から得た下限と上限。確率的推定量による調査率は黒人1.24%・非黒人0.43%

・全体の格差の78%は、EITCを請求した納税者の中での選定に由来すると推計されている

・EITCを請求した納税者の中でみると、黒人は非黒人の2.9〜4.4倍

・所得、家族の人数、世帯構造では説明しきれず、過少申告額の各十分位の中でもなお黒人の調査率が高い

出典:Elzayn et al.・前掲1頁、4頁、18頁、24頁、26〜27頁。全納税者の2.9〜4.7倍と、EITCを請求した納税者の中での2.9〜4.4倍は別の数値です。

▼ 第三段:原因は、隠れた差別ではありません

ここが、この研究の核心です。

著者らは、EITCの調査選定が大部分自動化されており、内国歳入庁が人種を観測していないことから、現状の格差が、調査対象の選定段階における差別的取扱いによって生じている可能性は低いと述べています。誰かが黒人納税者を狙っているわけではない、ということです。

では、何が原因なのか。著者らは、無作為抽出の調査データを用いて、別の選び方をしたらどうなるかを検証しました。

検討したいずれの調査割合においても、真の過少申告額の大きい順に選んだ場合、黒人納税者の調査率はむしろ非黒人より低くなります。観測可能な情報から過少申告額を予測する回帰モデルを用いた場合も同じでした。しかもその回帰モデルは、同じ調査割合のもとで現状の約2倍の過少申告額を検出しています。

つまり、過少申告の検出を最大化することと、格差を避けることは、両立しえたのです。

では、何が格差を生んでいたのか。著者らが構築した反実仮想の選定モデルにおいて、次の3つの選択が、黒人納税者の調査率を高める方向に働きました。

1. 是認率(no-change rate)を最小化するようアルゴリズムを設計すること

2. 過少申告額全体ではなく、還付付き税額控除の誤請求を狙うこと

3. より複雑なEITC申告を調査対象に選べる割合に上限を設けること

出典:Elzayn et al.・前掲1頁(要旨)。3は、事業所得のある申告の調査には相応の経験を持つ調査官が必要であるという運用上の制約から生じるものとされています。

著者らは、これを「一見技術的に見えるアルゴリズム設計上の選択が、重要な政策上の価値やトレードオフを組み込みうる」と要約しています。

言い換えれば、こういうことです。何を予測させるか、どの誤りをより避けるか、どの類型の申告を何割まで選べることにするか。これらはモデルの設計に関する技術的な事項の顔をしていますが、実際には「誰にどれだけの負担を負わせるか」を決めています。技術者が技術として決めているうちに、政策判断が済んでしまう。著者らが問題にしているのは、この点です。

▼ 対になる、2つの実例

ここまでで、本記事には2つの実例が並びました。

属性の扱い結果
オランダ国籍を指標に使った差別と認定。総額275万ユーロの制裁
米国人種を収集していないそれでも2.9〜4.7倍の格差

この2つを並べると、一つのことが分かります。

「うちは国籍や人種を使っていません」という説明は、答えになっていません。使っていないことは、格差が生じていないことを意味しないからです。答えになるのは、何を最大化するように設計したのかを述べ、その結果として誰が選ばれているのかを示すことです。

そして日本では、その設計上の選択の中身が開示されません。Q7でみたとおりです。

研究ノート:推定手法と、著者自身の留保

Elzaynらの研究は、人種が観測できないという制約のもとで行われている。用いられたのは、名・姓・国勢調査ブロックグループから人種の確率を推定する手法(BIFSG)である。

推定した確率をそのまま真の人種として扱えば、結果は歪む。そこで著者らは、性格の異なる2つの推定方法を用いた。一方は真の格差を小さめに、もう一方は大きめに見積もる。どちらがどちら向きに外れるのかを数式で示したうえで、その関係が実際に成り立っていることを、人種の自己申告が得られるノースカロライナ州の有権者登録データとの突合(一意照合率47%・約250万件)によって確かめている。2.9〜4.7倍という値は、点推定ではなく、この2つの推定方法が挟み込む範囲である。

著者ら自身も、いくつかの限界を明示している。第一に、検討したのは黒人納税者についての格差であり、他の人種・民族については将来の課題とされる。第二に、比較したのは格差と検出額のトレードオフであって、抑止効果や透明性といった他の目的は考慮されていない。第三に、選定は税務行政の一断面にすぎず、徴収・不服申立て・和解・情報提供の各場面にも格差がありうる。

なお、格差は主として郵送による調査(correspondence audit)の選定で生じており、調査官が臨場して行う調査やIRSの事務所で行う調査では同程度であったとされる。これは、対面で行うのではなく、原則として郵送による書類のやり取りで進められる調査である。IRS側では手続の多くを自動化できる一方、通知の理解や書類の入手、専門家への相談といった面で、低所得の納税者には大きな負担となりうることが、同論文でも指摘されている。ここから日本の「簡易な接触」を連想したくなるが、両者は制度が異なるため、そのまま重ねることはできない。もっとも、Q1でみたとおり日本でも簡易な接触は急拡大している。どの接触形態でどのような偏りが生じているのかは、接触形態を分けて検証しなければ見えない、ということはいえる。

Q調査選定AIについて、何が必要ですか?
A

この設問の結論

拙稿は、制度設計の段階で納税者の権利利益を保護する装置を組み込む(taxpayer’s rights by design)という発想、独立した第三者機関の設置、技術的デュープロセス、そして透明性を「情報の公開」と「合理的な説明」に分けて考えることを挙げました。海外には、税務当局自身がAIの倫理原則を定めて公表している例があります。

▼ 透明性を、2つに分ける

Q7でみたとおり、選定基準の全面的な公開は、制度上も実際上も難しいところがあります。だからといって、何も説明しなくてよいことにはなりません。

拙稿は、透明性を2つに分けて考えるべきだとしました。

種類意味
fishbowl transparency国民に情報や決定過程を公開すること
reasoned transparency自己の行為の正当化理由を説明すること

出典:拙稿・前掲76頁

企業秘密や公務への支障を理由に前者に制限を設ける場合であっても、後者を満たす方法は探れるはずです。「完全な透明性」が常に求められるわけではありません。第三者機関による監視といった他の制度と組み合わせながら、説明責任を全うすることにつながる透明性が求められます。

▼ 制度の側に、装置を組み込む

拙稿が挙げた方向は、次のとおりです。

1. taxpayer’s rights by design
あらかじめ制度設計の段階で、納税者の権利利益を保護する装置を組み込む。アルゴリズムに検証可能性・可視性・透明性をもたせるとともに、納税者が国税庁の保有する情報にアクセスする権利や、合理的な推論がなされる権利を法制度として整備する

2. 第三者機関
アルゴリズムの調査や理解に必要な専門的知識を、通常の納税者や税の専門家に期待することはできない。支援のための独立した専門組織を設け、監視とレビューの機能を持たせる。国税庁が意思決定をする際に、あらかじめ同組織から情報を得たりピアレビューを受けたりするプロセスを制度化する

3. 技術的デュープロセス
手続的な公正性を確保する伝統的なデュープロセスに加えて、ソースコードの公開や監査のための証拠生成プログラムなど、技術的側面からの公正性を確保する

4. 影響評価の定期的な実施と公表
調査選定システムの利用について、定期的に影響評価を実施し、分析結果を公表する

出典:拙稿・前掲78〜79頁

選定にランダムな要素を入れるという提案

拙稿は、やや変わった提案もしている。調査選定システムの設計にランダムの要素を組み込んだり、同システムとは別にランダム選定を含む調査選定を実施したりすることである。これにより、納税者は自分が選ばれるかどうかの確信を持てなくなる。戦略的に選定を免れようとする試みを挫くことができる。もっとも、調査の必要性要件の充足や選定理由の説明可能性という問題への配慮は必要である。なお、Q9でみたElzaynらの研究が用いた無作為抽出調査(NRP)は、まさにこの種の仕組みであり、検証を可能にする基盤にもなっている。

▼ 税務当局がAIの倫理原則を公表している例

フィンランド税務当局は、AIの利用について倫理原則を定め、ウェブサイトで公表しています。4つの柱からなり、それぞれに具体的な内容が置かれています。

読む前に、前提を1つ押さえておく必要があります。この原則は、AIに独立した決定を認めるのか、それとも職員への提案を生成するにとどめるのかを、ソリューションごとに個別に決めるという枠組みの上に置かれています。つまり、AIが決定を行う場合があることを、あらかじめ想定した設計です。

主な内容
信頼できるデータのみを用いる自らのAIがどのように機能するかを知り、その動作原理を詳細に把握している。データが信頼でき目的に適合すると確信できるまで、AIにアクセスさせない。データの使用中も、これらの点を監視し続ける。データやアルゴリズムに欠陥や歪みがあれば、可能な限り速やかに修正する
AIの運用には常に人が責任を負う人がAIに教えることも、AIが自ら学ぶこともある。自ら学習するAIは常に人が監視する。職員が、AIの生成した提案に必ずしも従うわけではない。意思決定の過程における各段階を事後に追跡し、正当化できない限り、AIが決定を行うことは許されない。AIの運用について責任を負う者を指名し、AIに関するあらゆる事項について連絡を受け付ける
法令に従うAIの利用状況を常時監視・評価し、逸脱があれば直ちに対処する。税務データの機密性や納税者のデータセキュリティを危険にさらさない。納税者およびAIの決定について責任を負う職員の法的保護を危険にさらさない。連携先を慎重に選び、下請けの連鎖全体の運営について責任を負う。他のすべてのITシステムに適用されるのと同じ安全性の原則に従って、AIを試験し選定する
社会への影響を考慮する責任ある倫理的なAIに関する公開の議論に参加する。倫理的に持続可能なAI技術と国際的な手続がフィンランドで採用されるよう促し、法改正にも働きかける。AIを活用している業務について、開かれた形で伝える。AIの利用が環境に与える影響にも注意を払う

出典:Finnish Tax Administration「Finnish Tax Administration’s ethical principles for AI」(最終更新:2025年5月5日)。訳は筆者によるものです。拙稿・前掲81頁は、2021年6月時点の同ページを要旨の形で紹介しています。

Q7でみた技術的要因によるブラックボックスに正面から答えているのは、1つ目の柱です。自らのAIがどのように機能するかを知り、その動作原理を詳細に把握している。なぜそう判定されたのかを説明できない仕組みは、そもそも使わないという立場です。

2つ目の柱にある次の一文も見過ごせません。事後に追跡し正当化できない限り、AIは決定を行えない。ただし、これはAIが「決定」を行う場面についての定めです。日本の調査選定のように、AIが抽出して人が判断する仕組みでは、この条件はそのままでは働きません。

ただし、この一文は裏から読むこともできます

追跡し正当化できるのであれば、AIが決定を行ってよい、という許容規定でもあります。もっとも、同じ当局は別のページで、AIが独立して決定することはなく、最終的な判断は常に人が行うとも述べています。しかもこの説明は、2019年に議会オンブズマンの調査へ提出した追加説明にまでさかのぼります。この条件が実際に作動する場面があるのかは、公表資料からは判然としません。規範として何を掲げているかと、実際に何をしているかは、別に確かめる必要があります。

4つ目の柱の「AIを活用している業務について、開かれた形で伝える」も見過ごせません。選定基準そのものを公開しなくても、どの業務でAIを使っているかを述べることはできるということです。実際、同当局はAIを利用している業務の一覧をウェブサイトで公表しています。

もっとも、フィンランドが法律上の義務として整備したのは、AIではなく自動化された決定のほうでした。倫理原則が自主的な宣言にとどまるのに対し、自動決定については、議会オンブズマンの判断を経て、一般法が制定されています。この点は、別記事「フィンランドの自動化された税務上の決定」で扱っています。

フィンランドが自主的な原則という形をとったのに対し、米国の内国歳入庁は、税務調査の対象選定に用いるAIを「ハイインパクトAI」に分類し、内部規程としてガバナンスを制度化しています。

▶ 関連記事:IRSが「税務調査AI」を「ハイインパクトAI」に分類した

外部の監督機関があれば足りる、というわけでもありません

オランダには、独立した監督機関であるAPが存在していました。しかも、APの前身は2012年の時点で、住民の不要な二重国籍の処理を中止し、そのデータを削除するよう助言していました。2017年7月には、給付部門が二重国籍を使用しているかを照会してもいます。それでも、違反の継続と被害を未然に防ぐことはできませんでした。制裁が科されたのは、被害が生じたずっと後のことです。

▼ 「使わない」という選択肢

最後に、拙稿が置いた一節を引きます。

AI や機械学習アルゴリズムの利用に伴う法的問題に対する最もシンプルな解決策は,これらを利用しないことである。重要な法的問題を解決できないまま利用を推進することのコストは,これらを利用することにより得られる利点を凌ぐ可能性がある。重要な法的問題を解決できないのであれば,利用しないこと,実戦配備しないことも選択肢の 1 つになるはずである。納税者の権利利益への影響がない場面に限定して,利用を開始するようなことも選択肢に入るであろう。

拙稿・前掲80〜81頁

これは、AIの利用に反対する主張ではありません。解決できない問題を抱えたまま進めるのか、それとも解決してから進めるのか、という順序の問題です。

▶ 関連記事:国税庁のデータ活用推進第三次中期計画

Qまとめ:残された問い
A

本記事の出発点は、2021年に拙稿が置いた仮想例でした。特定の国籍にフラグが立ち、そのフラグが調査官の経験と合致し、結果がフィードバックされてバイアスが濃縮していくという回路です。

オランダでは、その一部が現実になり、行政制裁の対象となりました。米国では、属性を使っていないにもかかわらず、設計上の選択によって数倍の格差が生じていました。

日本ではどうでしょうか。分かりません。国税庁の公表資料からは、予測モデルが用いる入力指標も、その重みづけも、選定ロジックの全体も確認できません。日本において同種の問題が生じているかどうかを、外部から判断することはできないのです。

拙稿は2021年の時点で、国税庁がバイアスやブラックボックスへの対応についてどう考えているのか、偽陰性と偽陽性のどちらを重視する調査選定システムを構築するつもりなのか、明らかではないと述べました。

その後、国税庁は「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション—税務行政の将来像2023—」(令和5年6月23日)と「データ活用推進第三次中期計画について(指示)」(令和6年6月20日)を公表しています。後者には、AI・機械学習等の活用に当たり、「人間中心のAI社会原則」に規定する公平性、説明責任及び透明性の確保をはじめ、AIの利用に関する包括的な枠組みやその動向にも留意する、との一文が置かれました。

もっとも、この一文は「その他」の項に置かれた留意事項です。何を公平とみるのか、誰に対して何を説明するのか、どの範囲を透明にするのかは、示されていません。偽陽性と偽陰性のどちらを重視するのかにも、触れられていません。

そのうえ、その2年後の資料でも、具体化は示されていません。国税庁「国税庁におけるAIの活用」(令和8年7月)が、留意すべきリスクとして挙げるのは「セキュリティやハルシネーションなどのリスク」です。もっとも、これらは主として生成AIに固有のリスクであり、調査選定に用いる予測モデルのバイアスや説明可能性とは、別の論点です。公平性・説明責任・透明性が、その後どう具体化されたのかは、なお示されていません。

そして、留意した結果どう実行しているのかも、公表されていません。Q7でみたとおり、選定の着眼点も、還付保留の基準も、選定過程も、不開示相当とされてきました。納税者本人が自分の選定原因となった資料を尋ねた事案では、その存否すら明らかにされていません。

原則への留意は掲げられ、その具体化は示されず、外から確かめる経路も開かれていない。Q10でみた影響評価の公表も、第三者機関も、技術的デュープロセスも、いずれもこの空白を埋めるための装置です。計画は原則を掲げ、装置には触れていません。

残された問い

  • 調査対象の選定に用いる指標について、その根拠や限界はどのように定められているのでしょうか。そして、何を最大化するように設計されているのでしょうか。
  • 国籍や居住地といった属性を選定指標に用いることは、どのような場合に許され、どのような場合に許されないのでしょうか。オランダでは、目的との対応関係と、より侵害の少ない代替手段の有無によって判断されました。日本ではどのような枠組みで判断されるのでしょうか。
  • 属性を用いていないことをもって、問題がないと説明することはできるのでしょうか。米国の実証は、それが答えになっていないことを示しました。
  • 納税者が自らの選定理由を知り、その適否を外部から検証できる仕組みは、誰が担うのでしょうか。オランダでは、税務行政に固有のAIガバナンスではなく、個人データ保護の監督機関が一般法に基づいて調査・制裁を行いました。日本では、個人情報保護法制を含む一般的な監督制度が、税務行政のAIについてどこまで同様の役割を担いうるのでしょうか。それとも、税務行政のAIに固有の外部監督の仕組みが別に必要なのでしょうか。

これらは、いずれも本記事で答えを出せる問いではありません。しかし、AIによる調査対象の選定が現に運用されている以上、問われるべき問いだと考えます。

▼ 「日本では大きな問題は起きない」という見方

もっとも、別の見方もありえます。日本の国税庁は、そもそも思い切った効率化に踏み込まないのだから、オランダのような事態には至らないという見方です。

以下は、元国税職員としての経験に基づく見立てであり、公表資料に基づくものではありません。

国税庁や国税局の内部の事務には、AIで大幅に効率化できる余地が相当あります。しかし、効率化が定員の削減に直結しにくい一方で、それはこれまで安定して仕事をこなしてきた職員から仕事を取り上げることを意味します。そのため、実際には進めづらい。職員の全員が単純な作業を嫌っているわけでもありません。より高度な仕事をこなせるように成長し、訓練を積むだけの時間的・精神的な余裕を持てない職員もいます。

この見方に立てば、日本でオランダのような事態が起きる可能性は、たしかに低いことになります。しかしそれは、制度で歯止めをかけた結果ではありません。踏み込まなかったことの結果にすぎません。踏み込むかどうかは、そのときどきの判断で変わります。

そして、問題が起きてから問うのでは遅いというのが、オランダの事例がもっとも強く示していることではないでしょうか。

主な参照資料


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